人々の祝福を祈ること

皆さん、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか。
年末は、新しいアダムとエバが立てられ、神様とともに新しい時代の幕開けをお祝いしなさいと宣布されました。
そして今年は、「全人類の祝福を祈る年にしなさい」という御言葉をいただきました。
御言葉ーーーーーーー
2025年12月30日(火)
今年は新しいアダムとエバが立てられたことで、6000年続いた堕落の歴史に終止符が打たれ、義人にとっては本格的な祝福の時代が始まった。神様とともに新しい時代の幕開けをお祝いして、新年を迎えなさい。
2026年1月1日(木)
今年は全人類の祝福を祈る年にしなさい。神様は朝も昼も夜も全人類が幸福になることを願いながら生きていらっしゃるから、あなたも神様と心情一体となり、朝も昼も夜も全人類の祝福を祈って生活しなさい。
年末のお祝いの祈りは、今までかつてないくらいの楽しい時間となり、改めて聖三位も天使天軍も大好きだと思いました。
この時期のお正月の雰囲気に一瞬飲まれそうになりましたが、苦しくなって直ちに修正し、信仰生活へ専念しました。
人類が祝福される祈りは、神様にすぐに届きます。
余談になりますが、1月5日、自宅前に彩雲が現れました。
神様はその日「心配はいらない、ひたすら神に祈りなさい」と「正しく生きる者が救われる世の中に変えるには、何らかの機会がなければ変わることはない」とおっしゃいました。
翌日、島根・鳥取で大きめの地震が発生し、新幹線が一時運休となったというニュースが。
怪我人は出たものの、大事には至らなかったようです。
【速報中】鳥取・島根で最大震度5強 けが12人に 断水で給水車出動 気象庁が1週間程度強い揺れに注意呼びかけ


世界情勢では、トランプが好き放題して戦争・混乱の予兆。もう何が起きるかわかりません。
神様の御言葉がなければ、裁きに飲まれて溺れ死んでしまいます。
そうなるから、神様は中心者に予言としてお伝えしているのです。
悪を滅ぼすために、洪水という名の裁きを起こされるのです。心の悪や罪を無くし、変わろうと決めた人を方舟に乗せていくのです。
神様は、地上に神の力が働いているということを人類に知らしめていきます。創造目的である愛の世界と人類の救いのために・・。
それでは、彩雲の様子と、年末にちょこっと散歩に出掛けてみましたので、そちらもご覧ください。








今回は、こちらの記事をおすすめします。
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信仰生活というものは、神様との愛を深めるために行うものです。
ところがこの世のクリスチャンたちは、神様との愛を深めようとすることもなく、「これをやれば救われ、これをやれば裁かれる」という風に、まるで一問一答形式のような信仰生活をしています。
彼らは神様に心情があることを分からず、神様が人間のように傷付いたり、悲しんだり、怒ったり、喜んだりするということが分からないから、そのような形式的な信仰生活ばかりをするのです。
しかし、私たちは神様に心情があると知り、どのようにすれば神様の心情を喜ばせることができるのかを学びました。
そして実際に、神様の心情を喜ばせて、神様との愛の関係を深めていくなら、その人の人生はまさに祝福に満ち溢れます。
なぜなら、神様がその人のことを愛している以上、神様はその人の願うこと全てを叶えてくださるし、困ったことがあれば助けてくださるし、悪人がその人を攻撃してくるならその悪人を倒してくださるからです。
ですから、神様との愛を深めることのできた人は本当に幸いな人だと言えます。
皆さん一人一人が、本当に正しい目的で信仰生活をしているのかどうかを今一度深く考え、真の祝福を主から受けられる者となることを心から願います。
RAPT有料記事472(2020年6月6日)自分の霊肉魂をきちんと作ってこそ、どんな艱難の中にあっても救われる。
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世の中はようやくコロナ騒ぎが収束してきましたが、艱難の時代はこれからもまだしばらく続くと主は仰っています。
そして、その艱難の中でどんな大変な問題にぶつかったとしても、私たち義人に対して主は必ず助けの手を差し伸べてくださるとも仰って下さっています。
では、どのようにして主は私たち義人を助けてくださるのかというと、私たちに必要な霊感や啓示を与え、その霊感や啓示の通りに従うようにさせることで救ってくださいます。
そして、その霊感や啓示は、私たちがきちんと主の御言葉に従って、自分の霊魂をきちんと成長させてこそ確実に受けられるものです。
したがって、どんな艱難の時代が来たとしても、自分の霊魂をきちんと成長させるなら、誰もが確実に救いを受けることができるということなのです。
この御言葉を聞いている皆さん一人一人が、これから迫り来る艱難の時代に、確実に主からの救いを受けて、豊かに祝福され、大きく栄えていくことを心から願います。
RAPT有料記事473(2020年6月8日)主があなたの祈りを叶えるのも、全てには時がある。だからその時が来るまで、焦ることなく、落胆することなく、主を信頼して祈り求めなさい。
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主は私たちの祈りを叶えてくださる方です。
そして、実際にこの御言葉を聞いて信仰生活してきた人たちは、もう既にいくつもの祈りを叶えてもらってきたはずです。
しかし、自分が最も叶えてほしい祈り、今すぐ叶えてほしい祈りに限って、なかなか叶えられないということがあります。
主がなかなか祈りを叶えてくださらないのは、その祈りを叶えるために必要な準備が整っていない、あるいは祈りを叶えるに最善の時ではないからです。
つまり、祈りを叶えるにも全てには時があるということです。
そして、その時が来るまで主を信じて祈りつづけるなら、主がその人のことを義と認めて祈りを叶えてくださり、祝福してくださるでしょう。
例えその祈りがもともと主の御心にかなったものでなかったとしても、主は御心にかなった形で、その人にとってもっとより良い形でその祈りを叶えてくださいます。
ですから、自分の祈りが叶えられるまで忍耐して祈りつづける人こそ、真に祝福された幸いな人だと言えます。
RAPT有料記事474(2020年6月13日)イルミナティも世の人々も主から裁かれているが、主を信じる私たちは彼らの影響を受けることなく、絶えず主に近付き、主の愛を感じられるように努めて生活しなさい。
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今や世の人々は、ユダヤ人たちのでっち上げたコロナパンデミックによって、様々な内的、外的な苦痛を受けて暮らしています。
そのためこの世の中は、以前に比べて遙かに暗い雰囲気に包まれ、重苦しい空気が漂っています。
まさに聖書の予言の通り、人々の愛は冷め、空しさや寂しさに満たされています。
イルミナティたちも、富や名誉さえ積み上げれば幸せになると思い込み、あくせくとそれらを手に入れてきましたが、今や彼らも次々と精神を病み、その顔つきはどこまでも病的になっています。
それだけ主の裁きがこの地で大きく進行しているという証拠です。
しかし主を信じる私たちは、そんな中にあっても、常に主の愛を感じて生きられるので、寂しさや空しさといったものから完全に解放され、むしろ喜びと希望の中で生きられます。
親の愛を受けずに育った動物は、周りの全てのものが敵に見え、常にビクビクと怯えながら暮らさなければなりませんが、親の愛を受けて育った動物は、常に喜んで、伸び伸びと元気に育っていきます。
これと同じように、私たち人間も私たちを創造してくださった主の愛を受けて生きることで、この世で何の恐れもなく、幸せに暮らしていくことができるのです。
RAPT有料記事475(2020年6月20日)私たち一人一人が霊的な恵みで満たされてこそ、この世の状況をひっくり返すことができる。
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今やイルミナティが主から裁きを受けていることは、誰の目から見ても明確に分かるほど、世の中全体が混迷を深めています。
そして、この裁きはこれからもさらに激しく加速していくことは間違いありません。
しかし、イルミナティはまだ完全に滅んだわけではありませんし、イルミナティが完全に滅びなければ、私たち義人がこの世を統治する世界が到来することはありません。
そして、そのような世界が到来しない限り、私たち人類に真の幸福がもたらされることは絶対にありません。
では、そのような世界が到来するためにはどうすればいいのかというと、私たち義人が絶えず霊的な恵みに満たされて生活しなければなりません。
私たちが霊的な恵みで豊かに満たされてこそ、主は私たちに肉的な祝福を豊かに与えてくださるからです。
つまり、主が私たちの願いを全て叶えてくださり、最終的には私たち義人の統治する世界、つまり地上天国を作り上げてくださるのです。
私たちはこの法則をしっかりと胸に刻み、主の御言葉をしっかりと学んで、絶えず霊的な恵みで豊かに満たされるように努めなければなりません。
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去年の今頃は全く考えられなかったことですが、今やイルミナティの滅亡は時間の問題だと言っても過言ではないという状況になっています。
もちろん、今でもまだイルミナティの支配が完全に終わるとはっきりと断言できる状況にはありませんが、去年の今頃から比べれば、確実にイルミナティの衰亡は進んでいると言えます。
このようにして主は、この世に神様が確かに存在しておられ、サタンやイルミナティを確実に裁いておられるということを私たちに見せて下さっているのです。
そもそも、主は過去に一度、ムー大陸という天皇の支配する世界帝国を滅ぼされたことがありますし、第二次大戦のときにも、日本を敗戦させて、天皇を神から人間の地位へと引きずり落とし、日本の政治体制から何から全てをひっくり返して、李家というユダヤ人の野望を完全にへし折られました。
過去にこのような出来事があった以上、今の時代にも同じようなことが起きたとしても何ら不思議ではありません。
私たちはこれら全ての事実を知った上で、主が確実にこの世に存在し、確実にイルミナティを滅ぼそうとされておられることを信じて祈りつづけなければなりません。
主は信じて祈る者の祈りを聞いて下さる方だからです。
RAPT有料記事477(2020年6月27日)主は常に真剣に御心を成そうとしているから、真剣に祈る者、真剣に御心を成す者に共にされる。
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主はご自身の御心をどこまでも真剣に成そうとされておられる方です。
ところが、私たちはともすると心が緩み、日々の信仰生活を適当に行い、心から主を呼び求めず、祈りも適当にするようになってしまうことがあります。
しかし、誰かと対話をするときに、相手が真剣に話をしているのに、あなたが真剣に相手の話を聞かなければ、相手はあなたに愛想を尽かしてしまいます。
これと同じく、主が常に真剣にあなたを救い、あなたと共に御心を成そうとしておられるのに、あなたが真剣に自分を救おうとせず、真剣に主の御心を成そうとしなければ、主はいずれあなたに愛想を尽かして離れていってしまいます。
主は常にご自身と同じように真剣に主の御心を成そうとしてくれる人を探し求めておられます。
そして、実際にそのような人を見付けたら、その人と強力に共にしてご自身の御心を成していかれます。
そして、そのような人が一人でも多く現れてこそ、主の御心が速やかにこの地に成され、義人の統治する愛と平和の理想世界がこの地に成されていくのです。
RAPT有料記事478(2020年6月29日)あなたたち主を信じる義人が、ありとあらゆる分野で真の実力者となり、本物の情報を発信していく者となりなさい。
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世の中には本物の実力者がほとんど誰もいません。
この世で成功した人たちのほとんどが、単に血筋や金の力でのし上がった者たちばかりで、本当に底辺からのし上がってきたわけではないので、真の実力を持っていません。
そしてこれまでの時代は、この世の人々はそのような人たちから話を聞いて学ぶしかなかったので、この世の人たちがどんなに学んで努力しても、真の実力者になることができませんでした。
しかし、私たちは主を通して真の知識を知り、真の実力者になる方法を学びました。
ですから私たちは、自分の個性と才能を最大限に発揮しながら、ありとあらゆる分野を完全に治め、真の知識を得て、真の実力者に成長していくことができます。
そして、それによって本物の情報を発信する者となり、この世の人々を真の実力者に育てていくことすらも可能になります。
私たち主を信じる者たち一人一人がそのような者へと成長し、この世の知識レベルを下げることなく、むしろそのレベルを引き上げて、神の栄光をこの世に速やかに光り輝かせていく者とならなければなりません。
今日のお祈りの時間、「先生」がいらっしゃって、頭と頭をコツンとするようなしぐさをされました。
そして、あることをきっかけに今回の有料記事に導かれたのです。
私の中ではもの凄くピンときた内容で、非常にありがたい出来事でした。
お祈りの前に、新約聖書マタイの福音書、イエス様の「完全な者となりなさい」というシーンのあたりまで読んでいました。
それから、何となしに気になった朝会をおさらいしていましたら、そのイエス様のシーンを話す御言葉にすぐさま辿り着いたのです・・!
初期の重要なお話しですので、お聴きになってみてください。
御言葉ーーーーーーー
2017年12月22日(金)
あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。(人間は完全になれないというサタンの偽りの言葉に騙されるな。)
それでは、彩雲の様子になります。








きれいな彩雲でしたが、途中からそれを裂くような雲が現れました。
天の愛の様子を妨害したい存在がいたのですが、神様の御心が成されるよう、強力に祈りました。
それでは最後に、こちらの記事をどうぞ。
RAPT有料記事988(2026年1月5日)この世の生活を第一にする人はかえって生活が重荷になり、荒れ果てていくが、信仰生活を第一にする人はかえって生活が軽くなり、豊かに潤っていく。
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聖書の中で最も重要な掟は、「心と思いと精神を尽くして神様を愛しなさい」という掟です。
つまり神様は、私たち人間に他のどんなものよりも神様を第一に愛してほしいと願っていらっしゃるのです。
しかし、いざ聖書を学んで神様を信じるようになっても、この世の生活を最優先にして、信仰生活は後回しにするという人が後を絶ちません。
それでは、神様を第一に愛することにはならず、むしろこの世のものを第一に愛することになるので、いつまで経っても神様から喜ばれることはなく、さして祝福も受けられません。
そのため、その人の生活はいつまで経っても何の代わり映えもなく、むしろ信仰のない人たちと同じように生活がどんどん重荷となっていくばかりです。
神様を第一に愛し、信仰生活に没頭してこそ、私たちの生活も軽くなり、むしろ生活が豊かに潤うようになっていきます。
イエス様は「私の軛は負いやすく、私の荷は軽い」と仰いました。
神様の仰る通りに、何よりも神様を第一に愛し、信仰生活に没頭してこそ、私たちはこの世のすべての重荷から解放され、落ち着いた品位のある生活を送ることができるのです。
神様の愛をキャッチできる人が、本当の幸運を得る人になります。

