フリーメーソンと盛和塾と神智学協会、クリスマスとジブリ映画に隠された闇、緑の勢力と第三次世界大戦、軽井沢ビルゲイツの別荘は悪魔崇拝のため、エスペラント語は悪魔崇拝たちの共通言語だった

今回のトークラジオは、一般人にとっては衝撃の内容になっています。夢のある世界の裏側では、悪魔による洗脳が蔓延っていたのです。

自分を成長させようと思って、自己啓発の本を読んだり、セミナーに通ったとしても、得られるものは何一つありません。悪魔的な考え方を教えてもらうだけで、はっきり言ってお金と時間の無駄です。

戦争を清いものなどというような、気が狂った考えを持つ宗教にも騙されてはいけません。

RAPT×読者対談〈第118弾〉この世はどこもかしこもフリーメーソンだらけ。または盛和塾と自己啓発と神智学協会。

今回も「三人」の対談の続きで、主に経済界・ビジネス界についてお話しています。
 
しかも、これらのことについて語っているうちに、この世がいかにフリーメーソンに毒されているかがよく分かってきました。
 
この世の中では、多くの人たちが起業を目指して勉強していますが、起業家になろうとする人は必ずと言っていいほど「自己啓発」にかぶれます。
 
「自己啓発」を学ばなくては、起業家として成功できないかのような風潮が出来上がっているからです。
 
しかし、実際に多額のお金を払って「自己啓発」セミナーなどに参加しても、本当に成功できる人はほんの一握りです。大半の人たちが成功しません。
 
なぜなら、「自己啓発」もまたその源流が悪魔崇拝に過ぎないからです。これについては過去にも一度、以下の対談でお話しました。
 
RAPT×読者対談〈第84弾〉自己啓発もスピリチャル系も悪魔崇拝。
 
要するに、「自己啓発」は何の根拠もないインチキ・デタラメだいうことです。
 
特に今回の対談では、有名なビジネススクールである「盛和塾」についてのお話をしていますが、この「盛和塾」もかなり闇が深いということが分かってきました。(以下のリンクが「盛和塾」のホームページです。)
 
盛和塾 – 経営の王道を学ぶ、企業家のための経営塾 –
 
このサイトにもある通り、「盛和塾」とは「京セラ」の創業者「稲盛和夫」が起業を目指している人、またはすでに起業している人たちを対象に、「経営」について教えるビジネス講座のようなものです。

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〈稲盛和夫〉

で、この「稲盛和夫」は様々な慈善活動を行っていることでも有名らしいですが、ウィキペディアをよく見てみると、以下のような怪しげな慈善活動ばかり行っていることが分かりました。

(以下、こちらから転載)

稲盛財団理事長のほか、ワールドメイトの深見東州(半田晴久)やオリックスの宮内義彦などとともに、パシフィックフォーラム CSISの日本在住理事を務める。

《RAPT註:ワールドメイトも悪魔教「大本教」から派生した新興宗教でしたね。また、オリックスの宮内は郵政民営化の際に、「かんぽの宿」を一括売却されていたことで問題視された人です。》

また、2016年には郷里の鹿児島県と鹿児島市にそれぞれ10億円、計20億円を寄付した。

《RAPT註:鹿児島といえば「島津家」ですから、稲盛和夫も実は「島津家」の親戚かも知れません。》

企業家の育成にも力を注ぎ、1983年には若手経営者の勉強会「盛友塾(現・盛和塾)」を開塾。

1984年には財団法人稲盛財団を設立し、京都賞を創設した。

1986年には京セラ会長に就任。1994年5月から1995年5月まで関西経済連合会副会長を務めた。1994年にはDDIポケット企画(現・ウィルコム)を設立。

1997年には、京セラ・DDIの会長を退き、臨済宗妙心寺派円福寺で得度し僧籍を得た。戒名(僧名)は大和(だいわ)、得度後はテレビ出演などの際に僧衣を纏っていた時期がある。

《RAPT註:やはり仏教にも帰依しています。》

2002年には円福寺の臨済宗最初の専門道場として、220年の歴史を持つ本堂が老朽化していた為、再建に寄進を申し入れ、新たな本堂と庫裏などが建て替えられ、盛大な落慶法要が営まれた。

(転載ここまで)

さらに彼は、「民主党」とも深い関係があります。

例えば、「小沢一郎」と親友であったり、「前原誠司(池田大作の隠し子と言われている人物)」の後援者であったり、「鳩山由紀夫」からはJAL経営再建を依頼されたりもしています。

要するに、天皇家一族とズブズブの関係をお持ちの方ということです。「小沢一郎」も「鳩山由紀夫」も天皇家とはかなり近い親戚ですからね。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

天皇家という闇。日本赤十字社という闇。田布施システムという闇。悪魔崇拝者という闇。

RAPT×読者対談〈第60弾〉現代におけるイルミナティの様々な内部抗争。

しかも、島津家の出身地「鹿児島」の出身で、なおかつ「ワールドメイト」の教祖の「深見東州」とともにCSISの理事を務めている……。

これだけでもう危険人物であることはほぼ確定です。

しかしながら、彼が「盛和塾」を通してたくさんの経営者を育てていることから、世間一般では「稲盛和夫」がまるで経営者の鏡であるかのように認識されています。

そのため、未だに「盛和塾」を受講する人も大勢いて、今現在、「盛和塾」の会員は8000人もいるとのこと。

しかし、この「稲盛和夫」は少年時代に「谷口雅春(生長の家の教祖)」の著書「生命の實相」という書物に衝撃を受け、これが後の「ニューソート」思想の基盤になったとのこと。

(以下、こちらから転載)

少年期に肺浸潤という結核の初期の病に侵されたことがあり、その時隣家の女性に勧められて読んだ谷口雅春の『生命の実相』に衝撃を受け、心のあり方が現象として現れるという考え方(ニューソート)の基盤になったとのこと。

(転載ここまで)

要するに、現在の「稲盛和夫」は「生長の家」と深い関わりがあると同時に、「ニューソート」という思想を持っているということです。

では、「ニューソート」とはどんな思想なのかというと、ウィキペディアにはこう書かれてありました。

(以下、こちらから転載)

ニューソート(New Thought、新思考)は、19世紀アメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつ、一種の異端的宗教・霊性運動で、現世利益の追求を戒めるキリスト教プロテスタント系のカルヴァン主義への反発を背景として生まれ、ラルフ・ワルド・エマーソンの哲学を支えに徐々に社会に浸透した。

アメリカのメスメリスト(催眠治療家)・心理療法家フィニアス・クインビーやクリスチャン・サイエンスの創始者メリー・ベーカー・エディの思想を中心とする。

アメリカの対抗文化の流れを汲むニューエイジの源流のひとつである。

(転載ここまで)

ここに「クリスチャン・サイエンスの創始者メリー・ベーカー・エディ」の思想を中心とする、と書かれてありますが、この「メリー・ベーカー・エディ」がどんな人物なのかというと、ウィキペディアには「フリーメーソンリー」であり、「神智学協会」の設立にも関わっていると書かれてありました。

(以下、こちらから転載)

1879年、ボストンでクリスチャン・サイエンス教会を創立した。

彼女は自らの会員にフリーメイソンリーへの入会を許可し、フリーメイソンリーの雑誌に記事を載せた。

エディの兄姉達は、交霊術の集会を開催しており、そこでエディの同僚でフリーメイソンのヘンリー・スティール・オルコットはヘレナ・P・ブラヴァツキーと出会い、二人は1875年11月にニューヨークで神智学協会を設立した。

(転載ここまで)

ちなみに、「神智学協会」は悪魔教の教団でしたね。ご存じない方は、以下のリンクをご参照ください。

地底都市アガルタ (シャンバラ) が真の地獄であるという幾つもの証拠。

「フリーメーソン」や「神智学協会」など、悪魔教に深く関わりのある人物の思想が「ニューソート」、というわけです。

これだけ見ても、「ニューソート」がいかに危険な思想であるかが分かります。

しかも、「ニューソート」のウィキペディアの記事にはこんなことまで書かれてありました。

(以下、こちらから転載)

ニューソートは、聖書の内容を従来とは違う立場から解釈しようとするもので、「人間の意識は宇宙と繋がっている」と考え、その根拠を聖書に求める思想が主流である。

「そもそも『原罪』は存在せず、あらゆる人々がキリストの力を内包している」「正統的宗教哲学は数百年間過ちを犯し続けてきた」といった主張を展開して異端視されたが、従来の禁欲的キリスト教思想に疑問を抱いていた思想家、労働者、零細農場や工場の経営者らに影響を与えた。

「生長の家」の創設者谷口雅春が光明思想と訳しているように、気持ちを明るく保つことによって運命が開けるというポジティブ・シンキングや、日本でも著作がベストセラーになっているイギリス出身の牧師ジョセフ・マーフィーの成功法則などもニューソートの一環であり、いわゆる成功哲学の著者の多くがこれに属する人々である。
 
心や思考の性向が健康や経済状態として表れる(思いは現実になる)という考え方は、現代の自己啓発やビジネス書の源流である。


日本では、オリソン・スウェット・マーデン(英語版)(1850 – 1924)やウィリアム・ウォーカー・アトキンソン(英語版) (1862 – 1932、別名ヨギ・ラマチャラカ)、ラルフ・ウォルド・トライン(英語版)(1866 – 1958)の翻訳書が明治後期から昭和初期に出版された。

マーデン、アトキンソンは中村天風、トラインは谷口雅春や京セラの創業者稲盛和夫などに影響を与えた。

(転載ここまで)

この危険思想「ニューソート」から「ポジティブ・シンキング」とか「マーフィーの法則」といった「自己啓発」系の思想が生まれたとのこと。

皆さんはこの事実を知っていたでしょうか。

もし知っていたら、「自己啓発」なんかには誰も最初から見向きもしないはずです。

この「ニューソート」思想は、「中村天風」やら「谷口雅春」やら「稲盛和夫」にも影響を与えたとのこと。

念のために言っておくと、「中村天風」に師事した主なメンツが以下になります。

(以下、こちらから転載)

■天風に師事した著名人

東郷平八郎
宇野千代
ロックフェラー三世(John D. Rockefeller III)
双葉山
松田権六
藤平光一
尾崎行雄
稲盛和夫
広岡達朗
永守重信
井上角五郎
大迫尚道
大佛次郎
三島徳七
杉浦重剛
堀越二郎
山中鏆
松本幸四郎 (7代目)
園田直
石川素童
山本英輔
池田寅次郎
長谷川直蔵
重宗雄三
左藤善詮
西竹一
駒形作次
倉田主税
飯田清三
丹羽喬四郎
村田省蔵
渡辺安太郎
北村西望
松田権六
砂野仁
内海倫
庄野五一郎
株木正郎
佐々木義武
都筑馨太
小保方宇三郎
越後正一
植芝吉祥丸
多田宏
山本宗二
安武貞雄
野崎郁子
岩松三郎
杉山彦一
向野達児
島中俊次
尾身幸次
三遊亭圓生 (6代目)
素野福次郎
服部嘉夫
稲松信雄
佐々木の将人
松本光正
松岡修造

(転載ここまで)

錚々たるメンツですね。要するに、この世のありとあらゆる分野が「ニューソート」に毒されているということです。

さらに、この「ニューソート」は「ヨガ」や「ニューエイジ思想」にも関係があるようです。

(以下、こちらから転載)

ニューソートの多くは説得を主な技法としたが、1893年シカゴの世界宗教会議でスワミ・ヴィヴェーカナンダが人気となってから、インドの心身訓練法もアメリカに伝わり、インド人ヨガ行者ラマチャラカを名乗り呼吸法の著作を刊行したウィリアム・ウォーカー・アトキンソン(英語版) (1862 – 1932)のように、ニューソートの中には呼吸法を取り入れたものもあった。

アトキンソンの思想は、西洋エソテリシズム(秘教)の生命エネルギー概念をインド思想に読みこんだもので、分かりやすく実践的であり、当時ベストセラーとなっている。

ラマチャラカ名義の著作は欧米では現在も読まれており、日本では大正期に著作が翻訳され、プラナ療法として霊術など民間療法に取り入れられた。

ニューソート団体の多くは、お互いに緩やかな結びつきの単立のキリスト教会の形を取ることが多い。

その結果、海外ではニューソートの一派としても知られている日本の新宗教、生長の家は、世界最大のニューソート団体ということになっている。

近年ではニューソート思想にニューエイジの概念を付与した形の自己啓発団体も欧米を中心に数々存在している。

日本ではア・コース・イン・ミラクルズ(ACIM、奇跡講座)の分派、ニール・ドナルド・ウォルシュの一派、分派など判別が付かないほどに入り乱れている。

各々の信奉者が集まり勉強会と称した読書会なども盛んである。

(転載ここまで)

「ヨガ」や「ニューエイジ思想」が悪魔崇拝に深く関わりがあることは、過去にも何度もお話しています。例えば、以下のリンクをご参照ください。

RAPT×読者対談〈第88弾〉悪魔崇拝を世界中に広めたニューエイジ・ムーブメントの恐怖。

このウィキペディアの記事を見てみると、「インド人ヨガ行者ラマチャラカを名乗るアトキンソン」なる人物が、西洋エソテリシズム(秘教)とインド思想(ヨガ)を合体させたらしく、この思想が日本でも大正時代に翻訳され、「プラナ療法」として霊術など民間療法に取り入れられたとのこと。

では、西洋エソテリシズム(秘教)とは何なのかというと、ウィキペディアにはこう書かれてありました。

(以下、こちらから転載)

■思想史上の秘教

宗教学・思想史などの学術的文脈においては、エソテリシズムはグノーシス主義、ヘルメス主義、魔術、占星術、錬金術、薔薇十字思想 (Rosicrucianism)、ヤーコプ・ベーメとその追従者たちのキリスト教神智学、18世紀フランスで盛行したイリュミニスム(フランス語版)、メスメリズム (Mesmerism)、スウェーデンボルグ説、心霊主義、ブラヴァツキー夫人とその追従者たちに結び付けられる神智学の諸思潮などを含む、歴史的に関連した一連の宗教的諸潮流を示す。

《RAPT註:「悪魔教」のキーワードばかりでズラリと並んでいますね。》

これらの諸潮流を結びつけている共通的特徴に関してはさまざまな意見があるが、いずれの意見も「内奥性」(霊性)、神秘性、秘密性といったものを決定的な特徴に挙げていない。

オカルティズム(隠秘学)はエソテリシズムとは区別されるべき概念であるが、実際にはエソテリシズムと同じ意味の言葉として使われていることが多々ある。

日本では一般にエソテリシズムの語に秘教という訳語が当てられるが、密教と訳されることもある(たとえばユダヤ教の神知論であるカバラをユダヤ密教と呼ぶ場合がある)。

一般に日本では密教という言葉は「秘密仏教」のことを指し、その英訳が Esoteric Buddhism である。

(転載ここまで)

要するに、西洋エソテリシズム(秘教)とは、西洋版の「密教」ということです。

「密教」といえば完全なる悪魔教でしたね。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

〈閲覧注意〉日本の密教もまた悪魔崇拝そのものです。

このように、「ニューソート」についてちょっと調べただけで、悪魔教との深いつながりが見えてきます。

本当に危険極まりない思想です。

また、インドの思想家「ラマチャラカ」については、このようにも書かれてありました。

(以下、こちらから転載)

日本では明治期に入ると海外の思想や学問、技術が海外から大量に流入し、それらと日本の修験道、呪術の文化などが融合した霊術、精神療法などの民間療法が隆盛した。

霊術や精神療法で行われたものに、プラナ療法(プラーナ療法)がある。

インド人ヨガ行者とされたラマチャラカの正体は、アメリカ人ニューソート教師で、心霊研究家、フリーメーソン団員にして神智学協会会員、ペンシルヴァニア州の弁護士で催眠学の教授であったウィリアム・ウォーカー・アトキンソン(英語版) である。

(転載ここまで)

彼もまた「フリーメーソンリー」であり、「神智学協会」の会員のようです。

これまた「ニューソート」がいかに「フリーメーソン」や「神智学」と切っても切れない関係であるかがよく分かります。

さらにこの「ラマチャラカ」によって普及した「プラーナ療法」の「プラーナ」とは、以下のような意味を表すようです。

(以下、こちらから転載)

プラーナ(梵: प्राण、prāṇa) は、サンスクリットで呼吸、息吹などを意味する言葉である。日本語では気息と訳されることが多い。

インド哲学では、同時に人間存在の構成要素の1つである風の元素をも意味している。

そして生き物 (すなわち息物) の生命力そのものとされ、やがてその存在はアートマンの根拠にまで高められた。

(転載ここまで)

一言で言えば、「プラーナ」とは「アートマン」である、ということ。

この「アートマン」は「ブラフマン」と同一、とのこと。

(以下、こちらから転載)

また、アートマンは、宇宙の根源原理であるブラフマンと同一であるとされる(梵我一如)。

ウパニシャッドではアートマンは不滅で、離脱後、各母体に入り、心臓に宿るとされる。

(転載ここまで)

ブラフマンとは「サナト・クマーラ」、すなわち「国常立尊=ルシファー」の生みの親でしたね。

やはり「釈迦」は紛れもない悪魔崇拝者でした。その確固たる証拠をお見せします。

ということで、これだけ見ても「ニューソート」が「悪魔崇拝」そのものであることがよく分かります。

ということは、「盛和塾」でビジネスを学ぶということは、つまりは「悪魔崇拝」を学ぶ、ということを意味するわけですね。

そのため、「盛和塾」については昔から「宗教臭い」という噂がつきまとっています。

“元祖ブラック企業”稲盛和夫の京セラ〜1週間家に帰れない、奴隷システム、高退職率? | ビジネスジャーナル

とにかく「稲盛和夫」が「神智学」やら「エソテリシズム」やら「インド思想(ヨガ)」やらと深く関わっている以上、「盛和塾」に関わるとロクなことにならないのは明白です。

しかし、世間一般の起業家たちは、なんらかの人生(ビジネス)の指針となるものを欲しがります。

そんな中、メディアが「盛和塾」を大々的に宣伝しているわけですから、多くの人たちが「盛和塾」で学ぼうとするでしょう。

こうして、多くの起業家たちが知らず知らずのうちに「ニューソート」思想、つまりは「悪魔崇拝」にかぶれてしまうことになるわけです。

本当に恐ろしい仕組みができあがっているものです。

いえ、たとえ「盛和塾」に入らなくても、この世の有名な実業家たちはほとんど皆、多かれ少なかれ「ニューソート」にかぶれています。

実業家たちの中で「自己啓発」に関わっていない人はほとんど誰もいないからです。

なので、いざ自分自身が実業家になり、多くの実業家たちと交流を持つようになると、自然と「悪魔崇拝」に関わることになります。

だからこそ、多くの実業家たちがいつしか自然とフリーメーソンリーになり、イルミナティの要員になってしまうわけです。

ちなみに、今回の対談の中でもお話していますように、「稲盛和夫」は「7つの習慣」で有名な「スティーブン・R・コビー」とも大の仲良しで、以下のような対談本も出しています。(ちなみに、アマゾンでは1円で販売されていました。)

いくら「7つの習慣」を一生懸命読んでも、何の役にも立たない理由がこれでよく分かりましたね。

また、今回の対談の中で、「新世紀エヴァンゲリオン」の「新世紀」とは「ニューエイジ」のことではないかとお話していますが、これもあながち間違いではないでしょう。

よくよく調べてみると、経済評論家であるかの「三橋貴明」も、「新世紀のビックブラザーへ」というタイトルでブログを書いています。

三橋貴明オフィシャルブログ「新世紀のビッグブラザーへ blog」Powered by Ameba

彼もまた「ニューエイジ」あるいは「ニューソート」にかぶれている可能性大です。

しかも、「ビックブラザー」という言葉は、かの有名な作家「ジョージ・オーウェル」の小説「1984年」に出てくる登場人物の名前です。

ビッグ・ブラザー – Wikipedia

かのイルミナティ作家「村上春樹」も、「1984年」という小説のタイトルをもじって「1Q84」という小説を書いていますが、それだけイルミナティの連中にとって「ジョージ・オーウェル」は崇敬の対象となっているわけでしょう。

しかも、この「ジョージ・オーウェル」はイギリス人でありながら、その生誕地はなぜか「インド」。しかも、父親は「アヘン」を栽培していたとのこと。

ジョージ・オーウェル – Wikipedia

「イギリス」も「インド」も「神智学協会」と最も深く関わりのある場所でしたね。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

RAPT×読者対談〈第110弾〉インドとガンジーと神智学協会。インド独立運動もやはり源平合戦だった。

要するに、「ジョージ・オーウェル」も「神智学」とは深い関わりがあるということです。まあ、あるに違いありません。

これだけ見ても、「三橋貴明」がいかに神智学にかぶれているかがよく分かります。もちろん、無自覚のうちにかぶれている可能性もなきにしもあらずですが、どうなんでしょうか。

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〈三橋貴明〉

いずれにせよ、「三橋貴明」も向こう側のエージェントだということですね。

さらに、「ニューソート」思想をこの日本に広めたのが「生長の家」の教祖「谷口雅春」だとのことですが、現職の防衛大臣である「稲田朋美」も、「谷口雅春」の著書「生命の實相」をかなり崇めているようです。

そもそも、「谷口雅春」は「戦争は人間の霊魂進化にとって最高の宗教的行事」と、戦争を礼賛しているような危険人物です。

「戦争は人間の霊魂進化にとって最高の宗教的行事」 谷口雅春と稲田朋美と日本会議: 今この時&あの日あの時

このような危険人物を現職の防衛大臣が崇敬している。

しかも現首相の「安倍晋三」は「稲田朋美」を将来の内閣総理大臣にしようとまでしている。

まさに「世も末」ですね。

(以下、こちらから転載)

「戦争は人間の霊魂進化にとって最高の宗教的行事」と、戦争賛美・戦争礼賛ののっけから穏やかでない記事タイトルとなってしまった。

がしかし、かつてこの国でこう説いた者がいたのだ。

生長の家創始者の谷口雅春である。

多分戦時中の論説だったのだろうが、(かつて大正10年の第1次大本弾圧辺りまで谷口雅春も信徒だった)大本の出口王仁三郎が明確に予告していたように、その時期は、日本滅亡を画策する邪神・邪霊が集中的に当時の日本全体に広く蠢動し思うさま世情を乱らしていた時期なのである。

このような大妄説を説いた谷口雅春はその時期、邪神・邪霊に憑依され、そのように言わされもし書かされもしたのだと推察される。

このたび「与党には与しない」旨の明確な声明文を出した現・生長の家は、初代のかかる妄説を誤りだったと認め、2代目の谷口清超、現総裁の谷口雅宣とゆっくり時間をかけて平和路線に変換して今日に至っているわけだから、それはそれでいいのである。

しかし問題は、現・生長の家から離れ、今なお冒頭のような初代の妄説を金科玉条のように信奉している輩がいることである。

要はそういう輩がカルト化し、生長の家本流と称し、今日大問題になっている「日本会議」の中核を占めているのだ。

さて現安倍内閣は安倍総理をはじめ麻生・菅・石破・高市など全閣僚の8割以上が日本会議メンバーであることをもってしても、その深刻さが分かろうというものである。

閣僚ではないが、安倍政権主要幹部の谷垣禎一幹事長や稲田朋美政調会長も同メンバーの一人である。

谷垣は「一丁上がり」と自分から言っているらしいから実害は少ないが、問題は稲田朋美(57)だ。

何たって安倍御大のお気に入りで「自分の後継者」に指名しているほどなのだ。

もっとも最近安倍は「稲田総理の実現は8年後だ」と言っているらしい。

えっ、テメエ、さては後8年総理を続けるつもりか?と、絶句であるが、「安倍体制」が続く限り稲田朋美が女性総理候補であることに変わりはない。

そんな稲田は講演会で『生命の実相』を振りかざすほどカルト的な谷口雅春信奉者らしい。

冒頭の妄説もある講演会で稲田が引用し「ずっと生き方の根本に置いてきた」と語ったというのである。

稲田はまた「男子も女子も自衛隊に体験入隊すべきだ」とも語っている。

ある意味稲田朋美の言動は安倍晋三より先鋭的で危険だ。

いやはや恐ろしいおばはんだこと!今回の参院選の結果次第では、安倍が憲法改悪、国防軍創設などを地均しし、稲田がそのレールに乗っかって実際の戦争に突き進む、そんなおぞましい近未来が待ち受けているかもしれないのだ。

(転載ここまで)

つまり、経済界のみならず、政界もまた「ニューソート(悪魔崇拝)」思想にかぶれきっているというわけです。

ちなみに、「稲田朋美」のホームページも例のごとく「緑」です。

稲田朋美:トップページ

つまり彼女もまた、「3.11人工地震」を起こして大量の日本人を殺害したメンバーのお仲間ということです。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第111弾〉人工地震3.11を起こした真犯人は出雲族である。

あと、今回の対談について、いくつか補足をしておきます。

今回の対談の冒頭で「マネタリーベース」の話をしていますが、これについては以下の対談でもお話しました。

RAPT×読者対談〈第103弾〉イルミナティはもういらない。

「日銀」は金融緩和と称して「マネタリーベース(市場に流通するお金の量)」を三倍に増やしたわけですが、これは「日銀」の持ち金が三倍に増えたことを意味します。

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〈マネタリーベースの推移〉

つまり、「日銀」はお金を刷れば刷るほどお金持ちになっていくわけです。

それなのに、マスコミは口をそろえて「日本は借金大国」だと言い、日本にお金がないかのように宣伝しています。

そして、政治家たちはそれを口実に「増税」やら「医療費の国民負担」やらを口にする……。

もういい加減、こんなつまらない茶番はやめてほしいものですね。

しかし、これがいかにインチキな茶番劇であるかを隠すために、「日銀」に関する解説書はいくら読んでも理解できないようになっています。

そもそも、「日銀」のような中央銀行制度の始まりは「スウェーデン銀行」らしいのですが、この「スウェーデン銀行」は「ノーベル経済学賞」の賞金を拠出しています。

スウェーデン国立銀行 – Wikipedia

この「ノーベル経済学賞」がインチキであることは、もうすでに世間一般にも知られています。

(以下、こちらから転載)

ノーベル賞の季節がやってきた。

ノーベル賞といえば、いうまでもなく科学の世界で最高の栄誉とされ、受賞者はその道で最高の権威として一般の人々からも称賛を集める。

ところが全部で6部門あるノーベル賞の中で、「これは本当はノーベル賞ではない」といわれる賞があるのをご存じだろうか。

おまけにその賞の対象は、文学賞や平和賞は別として、「科学とは呼べない」という批判まで聞かれるのだ。

それはノーベル経済学賞である。

「ノーベル賞ではない」という意見は、別にいいがかりではなく、少なくとも形式的には完全に正しい。

一番わかりやすいのは正式名称だ。

他の賞の正式名称が「ノーベル物理学賞」「ノーベル化学賞」などであるのに対し、経済学賞は「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」という。

スウェーデン国立銀行とは、スウェーデンの中央銀行で、日本でいえば日本銀行にあたる。

他の5部門がダイナマイトの発明者アルフレッド・ノーベルの遺言に基づいて創設され、1901年に始まったのに対し、経済学賞のスタートは20世紀も後半の1968年。

スウェーデン国立銀行が設立300周年を記念してノーベル財団に働きかけ、創設された。だからその名が賞に付けられているわけだ。

経済学賞は、賞金の出所も他の部門とは違う。

他の部門はノーベルの遺産をノーベル財団が運用して得た利益を充てるのに対し、経済学賞はスウェーデン国立銀行が拠出している。

経済学賞の受賞者選考は、物理学賞、化学賞と同じく、スウェーデン王立科学アカデミーが行う。

ノーベルの遺志にない賞の新設に同アカデミーは当初あまり乗り気ではなく、ノーベルの子孫は今でも賛成していないといわれる。

■「偉大な貢献」をしたのか?

形式もさることながら、より重要な問題は内容である。

そもそも経済学とは、物理学や化学、生理学・医学と肩を並べるにふさわしい「科学」といえるのだろうか。

ノーベルは遺言書で、賞の対象者を「人類のために最も偉大な貢献をした人」としている。

物理学をはじめとする自然科学であれば、ノーベルのいう「偉大な貢献」は具体的にイメージしやすい。

たとえば第1回物理学賞を受賞したレントゲンはX線を発見し、医療や工業の発展に大きく貢献したし、生理学・医学賞を受けたワトソンらはDNAの二重らせん構造を解明し、分子生物学の基礎を築いた。

《RAPT註:まあ、これらも結局はすべてインチキだということがRAPT理論で分かってきたわけですが……。》

物理学賞を共同受賞した3人の日本人研究者が発明した青色発光ダイオード(LED)は、照明や携帯電話用バックライト、大型ディスプレイなど幅広く実用化されている。

これに対し、経済学はどうだろう。ノーベル賞を受賞した経済学者が人類のために成し遂げた「偉大な貢献」が、何か思い浮かぶだろうか。

最近の受賞理由をみると、「労働経済におけるサーチ理論に関する功績」「資産価格の実証分析に関する功績」「消費、貧困、福祉の分析に関する功績」など、何やら立派そうな「功績」が並ぶ。

経済学界の中ではすごいことなのだろう。

しかしこの経済学者たちのおかげで労働者の生活が楽になったとか、株や土地の資産バブルを防ぐことができたとか、貧困を減らすことができたとかいう話は聞いたことがない。

それどころか、百年に一度といわれた2008年のリーマン・ショックやその後の世界的な財政金融危機を事前に予測した経済学者は、ほとんどいなかった。

1997年に共同受賞したマイロン・ショールズとロバート・マートンが経営にかかわった投資ファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)は、同年発生したアジア通貨危機による市場の変化を読み誤り、破綻した。

お粗末な話はもっとある。

1980年受賞のローレンス・クラインは世界各国の経済モデルを結びつけ、およそ3000もの方程式で構成されるとてつもなく複雑なモデルを構築。

受賞スピーチでこのモデルに基づく長期予測を披露し、米国で石油価格が上昇し、インフレが続き、財政・貿易収支が赤字から均衡に向かうと予想したが、ことごとく外れた(トーマス・カリアー『ノーベル経済学賞の40年 上巻』<小坂恵理訳/筑摩選書>)。

■「えせ科学」

失敗ばかりをあげつらうのはフェアではないと思うかもしれない。「失敗は成功の母」という言葉もある。

物理学をはじめとする自然科学も、失敗を重ねながら、そこに改善のヒントを見いだし、正しい法則の発見に結びつけてきた。むしろそうした試行錯誤に基づく発展こそ科学の特質といえる。

だが問題は、経済学に自然科学と同じような、失敗から真理を見いだすメカニズムが備わっているかどうかである。

この点について、著名な物理学者のリチャード・ファインマン(1965年ノーベル物理学賞受賞)が1981年のインタビューで厳しい指摘をしている。

経済学を含む社会科学は「えせ科学(pseudo-science)」だと断じているのだ。

ファインマンは言う。

「科学が成功したので、えせ科学が現れました。社会科学は、科学ではない科学の一例です。科学の形式にならい、データを集めに集めるのですが、何の法則も発見できません」

何がいけないのか。ファインマンは続ける。自分は、何かを本当に知ることがいかに大変か、実験を確認する際にどれだけ注意深くなければならないか、人がいかにミスや思い違いをしやすいか、知っている。

ところが社会科学者はそうは見えない。

タイプライターの前に座って法則らしきものをこしらえるが、それが正しいかどうかはわからないとファインマンは言う。

厳格な手続きでデータの測定や推論、検証を求められる自然科学者から見ると、経済学者ら社会科学者のやり方はいかにもいい加減ということだろう。

ファインマンの批判に対し、経済学者にも言い分はあるだろう。

自然科学が扱う物質と違い、生身の人間が動かす経済現象は実験室で実験することはできない。

かといって、実験のために経済政策を行うわけにもいかない。せいぜい過去のデータをあちこちから集め、統計のテクニックを駆使してなんらかの法則らしきものを探るしかないだろう。

ファインマンが言うとおり、20世紀以降、経済学は自然科学、とりわけ物理学の「形式」を熱心にまねてきた。

現代の経済学論文は、まるで理系の本のようにおびただしい記号や数式で埋め尽くされている。

少なくともその見てくれは、あたかも物理学と同格の厳密な科学であるかのようだ。

経済学者は「経済学は社会科学の女王」と自画自賛する。しかしその実情は、物理学者のファインマンに言わせれば「えせ科学」にとどまっている。

■「見せかけの知」

もし自然科学と経済学のこの落差が、前者は物質を扱うが後者は人間を扱うという性質の違いによるものだとしたら、そもそも自然科学の手法をまねることが誤りだったのではないか。そんな疑問が頭をもたげる。

ごく一部の経済学者はその誤りを認識している。その一人は、1974年にノーベル経済学賞を受賞したフリードリヒ・ハイエクである。

ハイエクは「見せかけの知」と題する受賞記念講演で「経済学者が政策をもっと成功裏に導くことに失敗したのは、輝かしい成功を収める自然科学の歩みをできるかぎり厳密に模倣しようとするその性向と密接に結びついているように思われます」と述べた。

そして、自然科学の手法を社会科学に機械的かつ無批判に適用する態度を「言葉の真の意味において決定的に非科学的」(『ハイエク全集』第二期第四巻<嶋津格監訳、春秋社>)だと厳しく批判した。

今の世界経済の混乱は、経済学の混迷と無縁とは思えない。

経済学は自然科学の模倣という「見せかけの知」から抜け出せるだろうか。今年のノーベル経済学賞は10月10日に発表される。

(転載ここまで)

このインチキな「ノーベル経済学賞」を請け負っているのが「スウェーデン銀行」で、中央銀行の始まりが「スウェーデン銀行」。

ということは、「中央銀行制度」自体がインチキであることも疑いようもありません。

また、対談の中に出てくる「宇宙のインフレーション」については以下のリンクをご参照ください。

宇宙のインフレーション – Wikipedia

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〈宇宙のインフレーション〉

「経済学」と「物理学」はちょくちょく同じ数学の公式を使っていますが、「経済学」がインチキである以上、それと同じ公式を使っている「物理学」も、自ずとインチキということになりますね。

あと、「高須クリニック」の院長が「フリーメーソン」である、ということはネット上でもかなり話題になっているようです。

この話題を世間に広めたのが、彼の妻「西原理恵子」の書いた「ダーリンは70歳」という漫画です。

この漫画では、「高須クリニック」の院長の日常がかなり赤裸々に描かれています。

例えば、彼がフリーメーソンの会員で、東京タワーの下にあるフリーメーソンの会館に通っているとか、チベットに行ってダライ・ラマと謁見したりとか、そういった内容が惜しげもなく写真付きで公開されています。

また、今回の対談を通して分かってきたのは、「アインシュタイン」の「アイン」がヘブライ語で「目」を意味し、「シュタイン」が「石」を意味しているということ。

つまり、「アインシュタイン」という名前は、実は「フリーメーソン」を意味しているわけです。

アイン – Wikipedia

シュタイン – Wikipedia

(以下、こちらから転載)

シュタイン(Stein)は、ドイツ語・ドイツ語圏で、原則としてユダヤ人に多く見られる姓である。

英語の「ストーン stone」または「ロック rock」に相応する語で、従って原義は「石」または「岩」。

シュタインの他、英語読みとなったスタイン、オランダ語のステイン Stein, Steyn, Stijn も存在する。

また、アインシュタインや、ウィトゲンシュタイン(ヴィトゲンシュタイン)、バーンスタイン(ベルンシュタイン)のように「―シュタイン」といった姓は、単に「Stein」という姓よりもより一般的に存在する(この方法はまた、「殺風景な」姓を地名姓風にする際にも良く使われた。

例えば、ヴェルトハイム Wertheim という、どこにでもありそうなユダヤ人の姓が -stein を付けられてフォン・ヴェルトハイムシュタイン von Wertheimstein となると、オーストリアのユダヤ系貴族の称号となる)。

本項では、シュタインおよび英語読みのスタイン、ステインの姓の人物とともに、「Stein」にちなむ話題の両方をあつかう。

■関連項目

・シュタイナー(Steiner)- Steinに由来する姓
・ハンマースタイン
・ゴールドシュタイン/ゴールドスタイン
・シルバースタイン (姓)
・en:List of people by name: Stea-Steo#Stein
・STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート) – 2009年に発売された日本のゲーム

(転載ここまで)

このブログに度々登場してくる悪名高き「シュタイナー」も、結局のところ「フリーメーソン」だったということになりますね。

そして、この「シュタイナー」を、「東出融」氏をはじめ、多くの日本人が礼賛し、推奨しているわけです。本当に恐ろしいことです。

また、「目」と「石」の両方を自分の名前に使っているのが、かの有名な作家「夏目漱石」です。

夏目漱石 – Wikipedia

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〈夏目漱石〉

「夏目漱石」がフリーメーソンであることは一部の間では有名な話ですが、実は「夏目漱石」はペンネームを使って自ら「フリーメーソン」であることを仄めかしていたわけです。

また、「アイン」が「フリーメーソン(目)」であるとなると、「アイーン」というギャグを連発していた「志村けん」も、「フリーメーソン」だった可能性大です。

きちんと意味を分かった上でこのギャグを改めて見てみると、かなり気持ちが悪いですね。

また、「志村けん」が所属していた「ザ・ドリフターズ」も、日本語に直訳すると「漂流者」という意味です。

ザ・ドリフターズ – Wikipedia

「漂流者」といえば「ユダヤ民族(偽ユダヤ人)」です。

「ユダヤ民族」は世界で唯一、国家を持たない「漂流民族」だからです。(イスラエル建国時まで。)

この「ザ・ドリフターズ」を一躍有名にしたのが「8時だよ。全員集合」というテレビ番組ですが、なぜ「8」なのか、なぜ「全員集合」なのか。

改めてよく考えてみると、やはり悪魔崇拝と深く関わりがあることが分かります。

「8」については以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第82弾〉カタカムナこそルシファー信仰の源流である。

また、「ユダヤ人」を日本に集合させて、ユダヤ人国家を建国する「河豚計画(蝦夷共和国)」については、以下のリンクをご覧ください。

ジョン・タイターの予言は既に着々と実現しています。「蝦夷共和国」はユダヤ人を北海道に移住させる「河豚計画」の一環として誕生する予定です。

このように、一見、何の意味もないように見える芸人たちのギャグにも、実は「悪魔崇拝」の要素が散りばめられていたわけです。

あと、対談に出てくる「スバル」のロゴマークが以下になります。

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「スバル」の前身である「富士重工」のロゴマークも、やはり「フリーメーソン(目)」でした。

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この世の中、どこもかしこもフリーメーソンだらけですね。

不思議なことに、我々はずっとこんなことにも気付かなかったわけです。

RAPT×読者対談〈第119弾〉日本の支配者も有名人もほとんど全員、清和源氏。

今回の読者対談も「三人」の対談の続きになります。
 
今回の対談も内容がかなり多岐に渡っていますが、まず冒頭では前回も少し話題になりました「稲田朋美」について話をしています。

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天皇が即位した後、初めて行う収穫祭を「大嘗祭」と呼びますが、この「大嘗祭」では天皇が「稲」に「精子」をかける儀式が行なわれます。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
 
天皇が行う「大嘗祭」はまさに悪魔崇拝そのものです。
 
古代エジプトの壁画にも豊穣の神「ハピ」が稲に精子をかける場面が描かれているそうですが、イルミナティの連中は「稲」を豊作や豊穣のシンボルとして表現することが多々あります。
 
ハピ – Wikipedia
 
「早稲田大学」もまたその名に「稲」とつき、校章にも「稲」がシンボルとして描かれています。
 
〈早稲田大学の校章〉

おそらく「早稲田大学」の「稲」も、その名前の由来は「古代エジプト」などの悪魔崇拝にあるのでしょう。

「稲田朋美」も「早稲田大学」の出身であり、名字の「稲田」に「早」をつけると「早稲田」になります。

また、「稲田朋美」が崇敬している「生長の家」の教祖「谷口雅春」も「早稲田大学」の出身だそうです。

この辺にも何かしら深いつながりがありそうですね。

谷口雅春 – Wikipedia

そして、この「稲田」という名前は、実は「清和源氏」にその由来があるとのこと。

(以下、こちらから転載)

稲田宮主、清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏)、中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)道兼流、秀郷流などにもみられる。

徳島藩稲田氏はあわへの路という意をもつ現淡路島全島領有。

(転載ここまで)

要するに「稲田朋美」も「清和源氏」と関係があるということです。

「清和源氏」といえば、現在の日本を実効支配している「島津家」「毛利家」もともに「清和源氏」でしたね。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

フランシスコ・ザビエルと田布施システムの怪。明治維新は「清和源氏」の末裔による権力獲得のためのクーデターでした。

やはり「稲田朋美」も、現在の日本の権力の中枢にかなり近いところにいる人物だと考えられますね。

とはいえ、彼女の旧姓は「椿原」で、彼女の夫の名字が「稲田」なので、彼女の夫が「清和源氏」の末裔である可能性が高いと考えられます。

しかも、徳島藩にいた「稲田氏」は、「淡路島」のすべてを領有していたとあります。

この「淡路島」は、後に出てくる「東経135度」とも深いかかわりがある場所で、ある意味、イルミナティ(出雲族)にとっての重要拠点です。

やはり「稲田朋美」は、イルミナティにとってかなりの重要人物であると考えて間違いありません。

しかしながら、彼女の夫「稲田龍示」については、ネットにはほとんどその情報が出ていません。

「稲田朋美」の父親も、その名を「椿原泰夫」だと言われているようですが、ウィキペディアにも「椿原泰夫」については全く何も言及されていません。

稲田朋美 – Wikipedia

「稲田朋美」ぐらい有名な政治家ともなると、その父親(親族)もまた有力者である場合がほとんどですが、にもかかわらず「椿原泰夫」に関する情報はほとんどネットに出てこない……。

こうなってくると、イルミナティの連中は「椿原泰夫」の素性を隠したいと思っているのではないか、という疑いが出てきます。

では、なぜその素性を隠したいのかというと、「稲田朋美」がだれか有力者の隠し子である、という可能性が考えられます。

では、一体、誰の隠し子なのか……。

彼女が「谷口雅春」を大いに崇め、かつ宣伝しているところを見ると、やはり「谷口雅春」の隠し子なのではないか、と疑わざるを得ません。

実際、二人の写真を見比べてみると、かなり面影が似ています。

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〈稲田朋美(左)と谷口雅春(右)〉

「稲田朋美」は現首相の「安倍晋三」のお気に入りで、将来の内閣総理大臣候補とも目されている人物ですが、もし彼女が本当に「谷口雅春」の隠し子であれば、これはただ事では済まされません。

何しろ、「谷口雅春」は悪魔教「ニューソート」を信じ、「戦争は人間の霊魂進化にとって最高の宗教的行事」などと主張していた危険人物なのですから。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

RAPT×読者対談〈第118弾〉この世はどこもかしこもフリーメーソンだらけ。または盛和塾と自己啓発と神智学協会。

しかも彼女は、「男も女も自衛隊に体験入隊すべき」と言ったり、「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」と言ったりして、とにかく戦争をしたくてしたくてたまらないご様子です。

ポスト安倍・稲田朋美が「男子も女子も自衛隊に体験入学すべき」! 過去には「国に命をかける者だけに選挙権」発言も|LITERA/リテラ

参拝中止の裏で…稲田朋美防衛相が語っていた靖国神社の恐怖の目的!「9条改正後、国民が命捧げるために必要」|LITERA/リテラ

今日のニュースでも、彼女がイギリスの戦闘機「タイフーン」を視察した、とありましたし……。

稲田防衛相、英戦闘機「タイフーン」視察…三沢 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

とにかくこの「稲田朋美」は、どこからどう見てもかなりの危険人物です。

「安倍晋三」も「憲法9条」を改正して戦争を起こそうとしていましたが、やはり彼が選んだ防衛大臣も同じ穴のムジナのようです。

そもそも「安倍晋三」の兄は、兵器製造に精を出している「三菱」の役員です。

安倍晋三の兄は「死の商人」であり、安倍晋三はそのセールスマン。日本は着実に軍国主義の道に向かって進んでいます。

ですから、何が何でも戦争を起こして、自分たちの親族のポケットを潤したくて仕方がないのでしょう。

また、「稲田朋美」は偽造領収書をつくって政治献金をぼったくっていたようですが、大手マスコミはすべてこの事実を完全にスルー。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

稲田朋美防衛大臣が白紙領収書の詐欺・横領罪行為!富山市議が大量辞任! – NAVER まとめ

前都知事の「舛添要一」は政治資金を私的に使ったために、マスコミにボロクソに叩かれて辞任に追いやられましたが、この待遇の違いは一体何なのでしょう。

やはり「稲田朋美」は相当な権力者の娘なのではないでしょうか。

さらに「稲田朋美」は「LGBTパレード」にも出席し、かつ「同性婚」を法律で認めようとしています。

(以下、こちらから転載)

2016年5月に開催されたLGBTのイベント「東京レインボープライド2016」に参加している。

このことについて稲田は「私が参加したら、会場で『えっ!』と驚かれました。また、性的少数者の差別解消を目的としたLGBT法案を検討している時には、『自民党らしくない!』という批判を受けたりしました。

いわゆる保守層である私のファンには『なぜ稲田さんがそんなことを言うの?』と離れた人もいる。LGBTを支持すると、逃げていく人もいるのです」「『左翼』の運動ではなく『人権』の問題と理解してもらうのに苦労しました」と述べている。

また、性的指向は不可逆的なものであるため、LGBT問題は人権問題として考えるべきであるとし、「彼らが誤解に苦しんでいるのなら、自分らしく生きられる社会をつくらねばなりません」

「少子高齢化が進む中で、(自民党は)女性が輝く社会の実現を目指してきているが、LGBTと呼ばれる人々にも同じようにチャンスが与えられるべき」と述べている。

同性婚については、「同性婚。これは欧米各国で激しい議論が行われており、一部の国では同性婚が認められるようになっている。

この問題について、日本で意見が収斂するのはまだ先であろう。

私はこの問題で日本の社会が二分されるのは望んでいない。

あくまでも原点は、生まれながらにおかれた境遇や身体的状況によって差別がなされてはいけないということ。

当事者の意見を聞きながら議論が進んでいくことを期待する」

「渋谷区の(パートナシップ制度の)条例に関しては、憲法上の婚姻の条項や家族のあり方とか、少数者に対する差別をなくすということはその通りなのですけれども、

それをどこまで法的に保護していくかということなどは、憲法に関るような非常に大きな問題なので条例という形ではなくて大きな議論をすべきと考えています」

と述べており、国によって社会状況が異なることから外国の同性婚制度やパートナシップ制度をそのまま日本に導入させるという安易な議論には懐疑的である。

(転載ここまで)

このように「稲田朋美」はこの世の風紀を乱そうと必死になっています。

で、そんな功績が認められて、「フルーツ・イン・スーツ・ジャパン」なるLGBT団体から表彰されたらしいのですが、実はこの「フルーツ・イン・スーツ・ジャパン」、その実態は誰にも分からないとのこと。

稲田朋美防衛が謎のLGBT団体から表彰! 同性婚絶対反対の家父長制論者がなぜ? 関係者の間でも疑問の声

このように存在しもしないLGBT団体から表彰されたということにして、「稲田朋美」の名をこの世に広く知らしめ、かつ「LGBT」をこの世に普及させようというのが、恐らくはイルミナティどもの魂胆なのでしょう。

とにかく「稲田朋美」には要注意です。

ということで、ここで話を少し変えます。

鳥越俊太郎が「ガン」になり、その後、「がん患者団体支援機構」の3代目理事長に就任した、ということは前にも記事にしました。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第102弾〉天皇の生前退位のカラクリ。

現在では彼は「一般社団法人CSRプロジェクト」の会長を務めています。

では、「一般社団法人CSRプロジェクト」がどんな組織なのかというと、やはりこれも「ガン」関連団体でした。

一般社団法人CSRプロジェクトのホームページへようこそ!

「鳥越俊太郎」のような有名人は、このように癌になっただけで、美味しい役職に就くことができます。

しかも、「理事長」とは名だけで、どうせ実質的には何の仕事もしていないのでしょうから、単に名前を貸しただけで年に数百万、数千万の給料を手にしているわけです。

本当に美味しい商売です。

ちなみに、「ガン」という病気が存在しておらず、多くの有名人たちが「ガン」になった振りをしてボロ儲けしている、ということについては以下の2つの対談をご参照ください。

RAPT×読者対談〈第114弾〉癌という病気は存在しない。(前編)

RAPT×読者対談〈第115弾〉癌という病気は存在しない。(後編)

元女子レスラーの「北斗晶」も乳がんに罹っ(たフリをし?)てボロ儲けしている芸能人の一人ですが、彼女は度々北朝鮮に行ってレスリングを行い、そこで現在の夫である「佐々木健介」に出会いました。

(以下、こちらから転載)

アントニオ猪木の主導により北朝鮮で行われたスポーツと平和の祭典で健介と出会い婚約。

1995年6月4日、健介と結婚した後にフリーとなり、WCWを経て1996年、GAEA JAPANに入団。

1998年に長男を出産、一時リングを降りていたが翌年復帰を果たし、団体内グループであるT.NDS(チームノストラダムス)および卑弥呼を結成し、日本初のママレスラーとなった。

(転載ここまで)

日本は「北朝鮮」と国交断絶しているはずですが、なぜプロレスラーたちはこうやって堂々と「北朝鮮」で仕事ができるのでしょうか。

その答えは簡単です。実は、日本と「北朝鮮」は国交断絶などしていないのです。その証拠は以下のリンクをご覧ください。

北朝鮮は天皇のやりたい悪事を代わりに請け負う「代理人」です。

ここで少し「プロレス」にちなんで、「格闘技」の歴史について簡単に解説しておきます。

実は、古代オリンピックの競技種目はそのほとんどが「格闘技」でした。しかも、かなり野蛮なものばかり。

以下が、古代オリンピックの競技種目です。

(以下、こちらから転載)

伝説や考古学的研究によってわかっている古代オリンピックの歴史を、競技種目のあらましによってたどってみましょう。

■ディアロウス競走

紀元前724年の第14回大会から、2スタディオンの距離を走る中距離競走が種目に加わった。ちょうど現在の400mに相当し、スピードと持久力が必要な競技だった。

■ドリコス競走

第15回大会からは長距離競走も実施されるようになりました。その距離は大会によって変更されたようですが、スタディオンの直線路を10往復する競技でした。現在の陸上競技のようにタイムを計測するわけではないので、競技者はスローペースで駆け引きを繰り広げ、最後のスパートで勝負を決したようです。

■ペンタスロン

紀元前708年の第18回大会から、ペンタスロンといわれる五種競技が始まりました 。短距離競走、幅跳び、円盤投げ、やり投げ、レスリングの5種目を一人の選手がこなす競技で、3種目以上を制した者が優勝者と認定されていたようです。

■レスリング

ペンタスロンで行われたレスリングが、紀元前668年の第23回大会から単独の競技として実施されるようになりました。立ったままの姿勢から(投げるために片膝をつくことは認められていた)相手を持ち上げて投げる競技で、正しく美しいフォームで投げなくてはなりませんでした。時間制限はなく、勝敗が決するまでに長い時間がかかる過酷な競技だったようです。

■ボクシング

レスリングと同じ大会から、ボクシングも始まりました。レスリングと同様に時間制限もインターバルもなく、たとえ倒されても敗北を認めない限り相手の攻撃は止まりません。さらに体重別の階級はなく、グローブの代わりに敵へのダメージを大きくするための革ひも(のちに金属の鋲まで埋め込まれた)を拳に巻いての殴り合いだったようです。

■戦車競走

紀元前680年の第25回大会からは、48スタディオンの距離で争われる4頭立ての戦車競走が始まりました。また、第33回大会(紀元前648年)からは競馬競走も行われたようです。こうした競技はスタディオンの南に位置するヒッポドロモスで開催されていたらしいのですが、現在でも未発掘のため詳細はわかっていません。

■パンクラティオン

第33回大会からは、パンクラティオンという格闘技もオリンピック競技に加わりました。ギリシア語で「パン」とは「すべての」を、「クラティオン」は「力強い」を意味します。素手ならどんな攻撃をしてもよいというルールで、間接技や首を絞めることも許され、ボクシングと同じようにどちらかが敗北を認めない限りは勝負が決することのない熾烈な競技でした。

(転載ここまで)

「オリンピック」が天皇派(秦氏・出雲)のお祭りであるということは、これまで何度もお話してきました。例えば以下のリンクをご覧ください。

国連本部のイスラエル移転。CIA閉鎖。ワールドカップとオリンピックの開催国の偏り。何もかもが「天皇派」の思惑通りです。

天皇もロスチャイルドも日本の歴代首相もみんな実はゾロアスター教徒です。

彼らはみんな悪魔崇拝者たちなので、やはり最初のオリンピックもどうしても野蛮なものにしたかったのでしょう。

しかも、このうちの「パンクラティオン」は、もともと相手が死ぬまで徹底的に暴行を加えるだけの恐ろしい競技だったようです。

(以下、こちらから転載)

■パンクラチオンの歴史

古代パンクラチオンは打撃技と組技(グラップリング)を組み合わせた古代ギリシアの格闘技で、試合の勝敗は相手がギブアップすることで決せられた。

競技者は腕を上げることでギブアップしたことを示すことができたが、多くの場合ギブアップは一方の競技者の死亡を意味した。

ルールは“目潰しと噛み付きの禁止”の2つのみで、指や骨を折る行為も許されていた。

この時期にはすでにスポーツ競技となっていたが、競技者達によって多彩な技が開発され、師範(サスカーロス)から弟子(パンクレイティスト)へと何世代にもわたって受け継がれていた。

また、呼吸法を身に着け、打撃力を増強するために東洋武術の型に似た「ピリクス」という稽古法が存在していた。

紀元前648年に古代オリンピックに導入されてからは、若者も参加できる、より安全な競技となった。

泥土か砂地にて勝敗を争い、日没までに勝者が決まらなかった場合には、互いに顔面を順番に殴り合う(避けてはならない)ことで決したと言われる。

(転載ここまで)

つまり、彼らは「格闘技」を通して人々の命を殺し、悪魔への生贄として捧げていたわけです。

実際、以下のようなブログ記事が見付かりました。

(以下、こちらから転載)

古代オリンピックはギリシャの最高神ゼウスを称える競技祭(おまつり=宗教行事)でした。

当時の敬虔なクリスチャンたちにとってみれば、異教の神を崇拝する=サタンを称える行事・祭典の一つだったようです。

クリスチャンであるなしにかかわらず、クリスマスやバレンタインやハロウィンといった行事同様、オリンピックもサタニズム的要素のある祭典と思っていいのかもしれません。

ヨハネの黙示録2:12~13には、イエス・キリストがゼウスについて、サタンと表現し、語った事柄が記されています。

ペルガモにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。
 
『鋭いもろ刃のつるぎを持っているかたが、次のように言われる。
 
わたしはあなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの座がある。
 
あなたは、わたしの名を堅く持ちつづけ、わたしの忠実な証人アンテパスが
 
サタンの住んでいるあなたがたの所で殺された時でさえ、わたしに対する信仰を捨てなかった。 


当時、ペルガモンには世界最大級のゼウスの神殿があり、そのゼウスの神殿をイエスは「サタンの座」と言っていることからも、オリンピックの起源がどういうものだったか理解できそうな気がします。

〈ゼウスの神殿〉

また、<五種競技>幅跳び、円盤投げ、やり投げ、競走、レスリング、<その他の競技>ボクシング、パンクラチオン、馬からも想像がつく通り、古代オリンピックは有力都市が周辺都市へ戦争能力の高さを誇示する為の場であり、戦いの勝利を祝って神に捧げる祭典というのが妥当だったようです。

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〈パンクラチオン〉

別のサイト記事には格闘技は極めて暴力的で、死者も出たようで「その死体を神への犠牲と解釈するならば納得がゆく。」とあります。

(転載ここまで)

ちなみに、イエズス会の宣教師「フランシスコ・ザビエル」の一番弟子だった「ヤジロウ」は、神様のことを「大日(真言密教の大日如来)」と呼んでいたようですが、これが多くの人たちから批判を浴びるようになると、今度は「デウス」と呼び方を変えました。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

イエズス会と真言密教と浄土真宗と人肉食信仰「クロ宗」の奇妙な接点。フランシスコ・ザビエルを日本に招いた「ヤジロウ」から分かる悪魔教の現実。

「デウス」とは、つまり「ゼウス」のことですね。そして、「ゼウス」とは「サタン」のことです。

これだけ見ても、「ヤジロウ」が純粋なキリスト教徒ではなく、確信犯的な悪魔教徒であったことは明らかです。

ちなみに、今回の対談の中で、古代アメリカ文明について軽く触れていますが、この古代アメリカ文明がどれほど残虐、かつ高度な文明であったかについては、以下のリンクをご参照ください。

マヤ・アステカ・インカ文明で行われた残酷な生贄儀式が、すべて日本に起源があるという明確な証拠。

日常的に生贄儀式を行っていたインカ文明の遺跡が、ドルイド教の神官「秦氏」の技術によって作られたとしか思えない理由。

ということで、ここでまた話題を変えます。

「仁徳天皇陵=大仙古墳」は、クフ王ピラミッドや秦の始皇帝墓陵にならぶ「世界三大墳墓」の一つと言われていますが、「宮内庁」はなぜか「大仙古墳」の発掘調査を認可していないようです。

きちんと発掘調査をしてしまうと、膨大な数の生贄の骨が発掘されてしまうからでしょう。その証拠は以下のリンクをご参照ください。

日本の古墳も生け贄儀式を行うためのドルイド教の祭儀場でした。

この「大仙古墳」は「東経135度」にあります。

大仙陵古墳 – Wikipedia

そして、この「東経135度」は、イルミナティにとってとても重要な拠点です。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

RAPT×読者対談〈第80弾〉阪神大震災と原発再稼動と西南戦争を結ぶ中央構造線の謎。

そして、この「東経135度」上に淡路島があり、この淡路島のすべてを「稲田家」が領有していて、その「稲田家」は「清和源氏」と深いつながりがある……。

また、この「東経135度」上には「妙見山(標高660メートル)」があるのですが、実はこの「妙見山」も「清和源氏」と深いつながりがあります。

妙見山 (能勢) – Wikipedia

なぜなら、「妙見山」は「清和源氏」の出身地のような場所だからです。

まず、この「妙見山」には「妙見菩薩」が祀られているのですが、これを祀ったのが「源満仲を祖とする能勢氏」。

(以下、こちらから転載)
 
能勢妙見山(のせみょうけんざん)は、大阪府豊能郡能勢町にある日蓮宗の霊場。妙見山の山頂付近にある。親師法縁。
 
■歴史
 
妙見山の山頂には行基の建立を伝える為楽山大空寺があった。
 
鎌倉時代に入ると源満仲を祖とする能勢氏が領主となりその地に妙見菩薩を祀ったとされる。
 
(転載ここまで)
 
能勢妙見山 (日蓮宗) – Wikipedia
 
では、「源満仲」が何者なのかというと、ウィキペディアには「清和源氏、六孫王経基の嫡男」とありました。
 
つまり、「源満仲」は「清和源氏」なのです。
 
(以下、こちらから転載)
 
源 満仲(みなもと の みつなか)は、平安時代中期の武将。
 
清和源氏、六孫王経基の嫡男。
 
多田源氏の祖で、多田 満仲(ただ の みつなか、ただ の まんじゅう)とも呼ばれる。

(転載ここまで)
 
では、彼の父親である「六孫王経基」とは何者なのかというと、「経基流・清和源氏」の初代の人物なのだそうです。
 
つまり、「清和源氏」の初代の人物の一人、というわけです。
 
(以下、こちらから転載)
 
源 経基(みなもと の つねもと、源 經基)は、平安時代中期の皇族・武将。
 
経基流清和源氏の初代。
 
『保元物語』によれば、父は清和天皇の第 6皇子貞純親王で、母は右大臣源能有の娘。
 
皇族に籍していたとき「六孫王」と名乗ったとされるが、当時の文献には見られない。
 
居館は六宮とも八条御所ともいう。
 
(転載ここまで)
 
ということは、「妙見山」は「清和源氏」にとって、いわば出身地みたいなもの、ということになります。
 
しかも、先程も言いましたように、現在の日本を支配している「島津家」も「毛利家」は、どちらも「清和源氏」の末裔です。
 
つまり、「妙見山」は現在の日本の支配者たちの出生地である、ということです。
 
これでは、イルミナティの連中が「東経135度」を重要視するのも無理はありません。
 
彼らはやはり「東経135度」を何が何でも世界の中心にしたいのです。
 
しかも、「妙見山」は今では多くの幽霊(悪霊)が出る心霊スポットとして有名になっているようです。
 
さすが悪魔崇拝者の出身地だけのことはあります。
 
(以下、こちらから転載)
 
能勢妙見山は、日蓮宗の霊場であるがその一方の危険な場所として噂されている。
 
その妙見山にある「しおき場」は関西最恐心霊スポットとしての呼び声が高い。
 
しおき場一帯は、戦国時代のころ罪人の首を落とす処刑場だったそうだ。
 
ゆえに、「生首谷」「地獄谷」といった名前で呼ばれていたという。
 
霊的な噂としては、首の無い幽霊が出没するという話が多いが、ここで起こる怪奇現象は多岐にわたる。
 
また、罪人だけではなく、地元お家同士の争いの果てに、この場所でお家同士の交換処刑が行われたという話もあるそうだ。
 
(中略)
 
■調査結果
 
この感覚、何年ぶりでしょうか・・・
 
もう既にこのHPを開設して以来300以上のスポットを周りましたが、この感覚に出会えるのはスポットは5%以下ですね。
 
霊感の無い人間にとってはこんなものなのかもしれません。
 
それにしても、こういったリアルに人が大勢死んでいる心霊スポットは、ガチで怖い。
 
「心霊スポットになるべくしてなった廃墟」とは大きく異なります。
 
雰囲気的には恐い廃墟ですが、このしおき場とでは「怖い雰囲気」の質が違います。
 
廃墟→見た目が怖い  しおき場→場の空気が怖い
 
という感じでしょうか・・・(イマイチ適した表現が見つかりません)
 
慰霊の森で体験したような「頭痛・耳なり」とまではいきませんでしたが、それでも強烈な心霊スポットに間違いありません。
 
リアルに心霊現象に遭いたいという方にはかなりオススメのスポットです。
 
(転載ここまで)
 
このように「妙見山」は心霊スポット愛好家の間でも、別格のものとして扱われているようです。
 
しかも、この「妙見山」の郵便番号はあろうことか「666-0101」。(ついでに言っておくと、「妙見山簡易郵便局」の住所は「大阪府豊能郡能勢町野間中661」です。)
 
兵庫県 > 川西市の郵便番号一覧 – 日本郵便
 
妙見山簡易郵便局 (大阪府)
 
一方、「6」を逆さまにした郵便番号「999」には、かの「東出融」氏率いる「あらえびす」があります。
 
(以下、こちらから転載)
 
【名称】
株式会社あらえびす
【代表取締役】
東出 融
【所在地】
〒999-3722 山形県東根市大字泉郷甲808
 
(転載ここまで)
 
「東出融」氏が誰か分からない方は、以下の対談をご視聴ください。一言で言うと、この私を取り込み、かつ叩き潰そうとしたイルミナティのエージェントです。
 
RAPT×読者対談〈第75弾〉あらえびす・東出融の正体(1)
 
RAPT×読者対談〈第76弾〉あらえびす・東出融の正体(2)
 
上に出てきた「源満仲」は、現在の兵庫県(当時の摂津国)の「川辺郡」に、自らの武士団を形成しました。
 
(以下、こちらから転載)
 
中級貴族であった経基の子・源満仲(多田満仲)は、藤原北家の摂関政治の確立に協力して中央における武門としての地位を築き、摂津国川辺郡多田の地に武士団を形成した。
 
(転載ここまで)
 
そして、「東出融」氏の住む山形県にも同じ「川辺郡」という場所があります。これについては、以下の対談でお話しました。(ちなみに、このリンク記事では東出氏のことを「秦氏」と書いていますが、これは間違いです。彼は明らかに「出雲族」です。)

RAPT×読者対談〈第79弾〉カタカムナとあらえびすとイヤシロチ詐欺。
 
さらに言うなら、「源氏」には「東出融」氏と同じ名前をもつ「源融(みなもとのとおる)」という人物がいます。
 
(以下、こちらから転載)
 
源 融(みなもと の とおる)は、嵯峨天皇の十二男。
 
侍従、右衛門督、大納言などを歴任。極位極官は従一位左大臣に至り、また六条河原院を造営したことから、河原左大臣(かわらのさだいじん)と呼ばれた。
 
死後正一位を追贈されている。
 
■略歴
 
嵯峨源氏融流初代。紫式部『源氏物語』の主人公光源氏の実在モデルの一人といわれる。
 
陸奥国塩釜の風景を模して作庭した六条河原院(現在の渉成園)を造営したといい、世阿弥作の能『融』の元となった。
 
また、別邸の栖霞観の故地は今日の嵯峨釈迦堂清凉寺である。
 
六条河原院の塩釜を模すための塩は、難波の海(大阪湾)の北(現在の尼崎市)の汐を汲んで運ばれたと伝えられる。
 
そのため、源融が汐を汲んだ故地としての伝承がのこされており、尼崎の琴浦神社の祭神は源融である。
 
貞観14年(872年)に左大臣にまで昇ったが、同18年(876年)に下位である右大臣・藤原基経が陽成天皇の摂政に任じられたため、上表を出して自宅に引籠もった(『三代実録』及び『中右記』)。光孝天皇即位後の元慶8年(884年)、政務に復帰。
 
なお、陽成天皇の譲位で皇位を巡る論争が起きた際、「いかがは。近き皇胤をたづねば、融らもはべるは」(自分も皇胤の一人なのだから、候補に入る)と主張したが、源氏に下った後に即位した例はないと基経に退けられたという話が『大鏡』に伝わるが、当時、融は私籠中であり、史実であるかどうかは不明である。
 
また融の死後、河原院は息子の昇が相続、さらに宇多上皇に献上されており、上皇の滞在中に融の亡霊が現れたという伝説が『今昔物語』『江談抄』等に見える。
 
現在の平等院の地は、源融が営んだ別荘だったもの。
 
■源融流嵯峨源氏
 
嵯峨源氏において子孫を長く伝えたのは源融の流れを汲み、地方に下り武家となった融流嵯峨源氏である。
 
その代表が摂津(大阪)の渡辺氏であり、祖の源綱は源融の孫の源仕の孫に当たり、母方の摂津国渡辺に住み、渡辺氏は大内守護(天皇警護)の滝口武者の一族に、また瀬戸内の水軍の棟梁氏族となる。
 
(転載ここまで)
 
「源融」は「源氏物語」の主人公「光源氏」のモデルであり、世阿弥作の能「融」の元となった人物です。
 
「東出融」氏もバレエをやっていましたが、「バレエ」も「能」もどちらも「踊り」であり、先ずここに一つの共通点が見られます。
 
また、「源融」は「陸奥国塩釜」の風景を模して、六条河原院(現在の渉成園)を造営したとのこと。
 
「陸奥国」といえば「奥州」のことであり、「あらえびす」もまた「奥州」とは深いかかわりがあります。詳しくは以下のリンクをご参照ください。
 
RAPT×読者対談〈第105弾〉関ヶ原の戦いより千年前に起きた天下分け目の戦いの真相。またはカタカムナと安倍晋三の深いつながり。

〈陸奥国〉

念のために言っておくと、「陸奥国」とは以下のビンク色の場所を指します。

さらに、「源融」の子孫は「融流嵯峨源氏」になったそうですが、その代表が「摂津国」の渡辺氏だとありますね。

「摂津国」といえば、先程も言いましたように「川辺郡」のある場所です。

「川辺郡」という地名が、「あらえびす」のある場所のすぐ近くにもあります。

このように、「東出融」と「源融」とには、たくさんの共通点と接点があるのです。

となると、やはり間違いなく「東出融」氏は「源融」の子孫でしょうね。

ちなみに、「源融」の子孫の一人に、かの「松田聖子」もいるようです。

(以下、こちらから転載)

筑後(福岡県柳川)の蒲池氏も源融の子孫であり、源融の孫の源是茂(源仕の弟)の孫の源貞清の孫の源満末が肥前国神埼郡の鳥羽院領神埼庄の荘官として下り、次子(あるいは孫)の源久直が筑後国三潴郡の地頭として三潴郡蒲池に住み蒲池久直と名のる。

なお、歌手の松田聖子は、蒲池氏の末裔であるため、その意味では源融の子孫であると言える。

(転載ここまで)

つまり、「東出融」と「松田聖子」は遠い親戚だということですね。

しかも、「源融」は「陽成天皇」の後継ぎの候補にまでなったとのことですが、実は「陽成天皇」は「清和源氏」の本当の源流ではないかと噂されている人物です。

(以下、こちらから転載)

この陽成源氏説は明治の歴史学者星野恒が『史学雑誌』に発表した論文「六孫王ハ清和源氏ニ非ザルノ考」において提唱した説で、「清和源氏の祖は実は清和天皇ではなく陽成天皇であるが、暴君であったとされる陽成帝の名を冠せず清和源氏を名乗った」というものである。

石清水八幡宮祠官田中家文書の中に源頼信が誉田山陵(応神天皇陵)に納めたと称する永承元年告文に「先人新発、其先経基、其先元平親王、其先陽成天皇、其先清和天皇」と明記してあることが根拠である。

発表当時は波紋を投げかけたものとなったが、通説の清和源氏説を覆したり長く論争になったりすることはなかった。

(中略)

なお経基が清和源氏でも陽成源氏でも、武士の家となった系統の性質に違いは無い。
 
また「清和源氏」は広く名が知られさらに名称で本質は変わらないため、「陽成源氏」へ名称を変える必要はないとする意見もある。


■系譜

清和源氏説:清和天皇-貞純親王-源経基-源満仲
陽成源氏説:清和天皇-陽成天皇-元平親王-源経基-源満仲  

(転載ここまで)

このように、「源融」は明らかに「清和源氏」の源流の近い人物です。

ということは、「東出融」氏もまた「島津家」「毛利家」と同じ「清和源氏」の一人と考えて間違いないでしょう。

つまり、「東出融」氏はどこからどう考えても「出雲族」のトップのエージェントの一人に違いありません。

ちなみに、前回の記事で、「夏目漱石」が「フリーメーソン」であることを書きましたが、実は「夏目漱石」も「源満仲(清和源氏)」の子孫のようです。

(以下、こちらから転載)

■夏目氏(なつめし)は、日本の氏族の一つ。

源満仲の五弟満快を祖とし、平安時代後期に信濃守として下向した源為公(満快の曾孫)の子である源為邦(村上源判官代)に始まる村上氏の庶流である。

平安時代末期に奥州合戦での功によって信濃国更級郡夏目郷の地頭職を与えられた国忠の後裔が夏目氏を称した。

その後、三河国幡豆郡六栗を本拠として活動した。

戦国時代には夏目吉信などを輩出、徳川家の家臣として行動した。江戸時代にも旗本の家系として存続していた。

文豪夏目漱石も、夏目吉次の次男吉尚の子、吉之を祖とする末裔にあたる。

(転載ここまで)

やはり日本の有名人のほとんどが、きっと「清和源氏」の末裔なのでしょうね。

また、今回の対談に出てくる「ユナイテッド・アローズ」のロゴマークは、以下のように「666」であり、「ホルスの目」でもあります。

top_0s

この「ユナイテッド・アローズ」という会社名は、毛利元就の「三本の矢」の考えを根底にした「束矢理念」から由来する、とウキペディアには書かれてあります。

ユナイテッドアローズ – Wikipedia

この「束矢理念」も、「3つの勢力(つまり「秦氏」「出雲族」「月派」)が結束すれば、向かうところ敵なし」ということを言いたかったのでしょうか。

しかしながら、現実はその理念通りにはなりませんでした。

皆さんもご存知のとおり、悪魔のこの三勢力は昔から現在に至るまで、血みどろの抗争を繰り返し、ただただ破滅に向かって突き進んでいくばかりです。

本当にお気の毒なことです。

また、「毛利元就」の子孫には「吉川晃司」がいますが、彼の父親は、広島に原爆が投下された翌日に広島に戻ったため、その息子である「吉川晃司」は被爆二世と呼ばれています。

(以下、こちらから転載)

吉川の元の実家は原爆投下まで、現在の広島市中心部、原爆ドームと元安川を挟んで真向かいの場所で料亭を営んでいた。

原爆投下1か月前に疎開し難を逃れたが、投下直後に父親は入市したため、入市被爆が認められ吉川自身も被爆二世に当たると言う。

(転載ここまで)

そのため、体はとても病弱で、コンサートでは意地になって空元気を振りしぼり、シンバルを蹴ったりしています。

被爆二世はこのように実に病弱で気の毒な人なのです。
 
何せ、原爆などこの世には存在していませんからね。ですから、この世には被爆二世など一人も存在していないのです。
 
RAPT×読者対談〈第100弾〉原爆はただのマグネシウム爆弾。石油の原料もただの海水。トヨタの水素自動車もただのパクリ。
 
しかも、「吉川晃司」はさすがに「毛利家」の子孫だけのことはあって、芸能界の中でもかなり特別な待遇を受けてきたようです。
 
以下、「吉川晃司」に楽曲を提供していた「大沢誉志幸」のウィキペディァの記事からです。
 
(以下、こちらから転載)
 
なお、当時大沢がレコード作りにニューヨークに行っている時、所属事務所から連絡が来て、「今、渡辺プロダクションでは全力挙げて吉川晃司に金を掛けているので、海の物とも山の物とも分からない奴に金を掛けていられない。帰ってきなさい」と言われ、突然レコーディングが打ち切られたと言う。
 
その後大沢が自身の資金を投じて大沢単独でレコーディング作業を済ませたと言う。
 
(転載ここまで)
 
その当時、「大沢誉志幸」もそれなりのヒットを飛ばしていましたが、その「大沢誉志幸」は「海の物とも山の物とも分からない奴」と言われて事務所から金を出してもらえず、一方のデビューしたばかりの「吉川晃司」には事務所が「全力挙げて金を掛けていた」とのこと。
 
これだけ見ても、「毛利家」がいかに特別扱いをされているかがよく分かります。
 
しかも、どこからどう見ても大根役者でしかない「吉川晃司」の演技を、とあるメディアは大絶賛。
 
下町ロケット吉川晃司 個性派俳優揃う中で存在感際立つワケ│NEWSポストセブン
 
しかし、このようなメディアの報道に違和感を感じた人が、以下のような記事も書いていました。
 
下町ロケットの吉川晃司の演技力は大根?ネットの評判と感想! – 星々の煌めき
 
しかし、結局のところ、この記事でも最終的には「吉川晃司」を大絶賛。
 
やはり現代の支配者の悪口を言うことはご法度のようです。
 
ちなみに、私が「吉川晃司」が「毛利元就」の子孫であることを余りに宣伝しすぎたためか、「吉川晃司」のウィキペディアの記事では、早くも「毛利元就の子孫である」との文章が削除され、代わりに「子孫ではない」との文章が書き加えられていました。
 
以下、今年2016年の1月11日の時点でのウィキペディアの記事です。
 
吉川晃司 – Wikipedia
 
この記事の「その他」のところを見ると、「(吉川晃司は)戦国大名毛利元就の次男、吉川元春の子孫である」とはっきりと書かれてあります。
 
私はこのことを以下の「1月21日」の記事で書き、対談でもお話しました。
 
RAPT×読者対談〈第65弾〉戦後復興もすべては天皇家一族の儲け話。
 
ところが、以下が現在(2016年11月)のウィキペディアの記事です。
 
吉川晃司 – Wikipedia
 
この記事の「その他」のところを見ると、「(吉川晃司は)戦国大名毛利元就の次男、吉川元春の子孫と紹介される場合があるが、史実では、吉川元春の血縁的系譜は吉川経永で絶えておりまちがいである」と書かれてあります。
 
昔はあれだけ「吉川晃司」のことを「毛利元就」だと言って宣伝していたのに、どうして今頃になって自分の素性を隠したがるのでしょうか。
 
やはり以下のような事実がバレてしまったからでしょうか。
 
島津家と毛利家が日本を支配していることの本当の意味。またはハロウィンが「国常立尊」を召喚するお祭りである可能性について。
 
大手マスコミは毎年のように渋谷のハロウィン騒ぎを大々的に報道しています。
 
やはり日本の支配者「島津家」「毛利家」は、自分たちのルーツとも言える悪魔崇拝のお祭り「ハロウィン」を世間に広めたくて仕方がないのでしょう。

RAPT×読者対談〈第120弾〉クリスマスとジブリ映画に隠された闇の真実。または三島由紀夫切腹の真意。

今回は「三人」の対談の最終回になります。今回のテーマは大きく分けて二つあります。
 
一つは「クリスマス」で、もう一つは「ジブリ」です。
 
特に今回はジブリ映画「ラピュタの城」の謎を解明することになりました。
 
また、最後に少しだけ小説家「三島由紀夫」の切腹事件について触れます。
 
この全く関係のない3つのものが、またしても
 
それでは、まず「クリスマス」について。
 
世間一般では「クリスマス」はイエス・キリストの誕生日だと言われていますが、実はこれは真っ赤なウソで、悪魔である「ミトラ」の誕生日です。これについては過去に記事にしています。
 
キリスト教がミトラ教から誕生したという大嘘。ミトラ教は悪魔教であり、悪魔崇拝者たちが悪魔教の要素をキリスト教に混入していったのです。

「クリスマス」に歌われる賛美歌のことを「クリスマス・キャロル」と言うそうです。
 
しかし、この「クリスマス・キャロル」はもともとはキリスト教の賛美歌ではなく、一般民衆が祝歌・讃歌として歌っていたものだそうです。
 
そして、それをマルチン・ルターが無理やりキリスト教の賛美歌として取り入れたとのこと。

(以下、こちらから転載)
 
■教会とクリスマス・キャロル
 
クリスマス・キャロルはキャロル一般がそうであるように、必ずしもキリスト教会と結びついたものではなく、一般民衆が祝歌・讃歌としてうたっていたものである。
 
その意味では世俗音楽に入るが、宗教的な意味がなかった訳ではない。
 
しかし、宗教改革の推進者であったマルティン・ルターが、クリスマス・キャロルを良きキリスト教徒としての人格の涵養の為、肯定的に捉えたように、キリスト教の側で、教会音楽の一端として取り入れる方向へと進んだ。
 
クリスマス・イブの夜、教会に集まった子供たちが街の家々を訪ねて、クリスマス・キャロルをうたう慣習があり、これを「キャロリング (caroling)」と言う。
 
これはクリスマス・キャロルが民衆のうたであると同時に、教会に付属する歌としても取り入れられている例だと言える。
 
(転載ここまで)
 
マルチン・ルターが「クリスマス」を「ミトラ」の誕生日だと知っていて、キリスト教の賛美歌として「クリスマス・キャロル」を取り入れたのだとしたら、マルチン・ルターも純粋なキリスト教徒ではなく、悪魔崇拝者だったということになりますが、果たして真相はどうなのでしょうか。
 
ちなみに、ルター派の教会の紋章は以下のような「ルターの薔薇」だそうです。

s_lutherrose-2

〈ルターの薔薇〉

そして、この紋章について、ルターはこのように語っています。

(以下、こちらから転載)

世界のルーテル教会のシンボルとして、多少の違いがありますが、「ルターの紋章」というものが用いられています。

これは「バラと十字架」によって構成されている紋章です。

1543年のルターの誕生日にカタリーナ夫人がプレゼントとして、家の入口に、「バラと十字架」の紋章を彫らせたと言い伝えられています。

私たちの信仰と神の救いがどのようになされるかをこの紋章を1530年の手紙でこう言ってます。

「私の紋章が正しい意味を表わしているかどうか知りたいということですので、よい交わりのためにも、私の紋章について思っていることをお知らせしましょう。

これは、私の神学の目印です。

第一は十字架です。それは、自然の色をした心臓の中に黒く描かれています。

これによって私たちは自ら、十字架につけられた方を信じる信仰が私たちを救うことを思い起こしたいのです。

なぜなら、人が心から信じるならば、義とされるからです。

これが黒い十字架であるというのは、死のしるしであり、痛みを与えるからです。

しかし、心臓が自然の色をしているのは、本性がだめなのではありません。

十字架は殺すためではなく、生かすためにあります。

義人は信仰によって、それも十字架につけられた方を信じる信仰によって生きるのです。

この心臓は白いバラの真ん中にあります。

信仰は喜びと慰めと平和を与えることを示しています。

それはこの世が与える平和や喜びとはちがいます。

だから、バラは赤くなく、白なのです。

白は霊と天使の色だからです。

このバラは空色の地の中にあります。

霊と信仰における喜びは、やがて到来する天の喜びの始まりです。

今すでにその喜びの中に招かれており、希望によって与えられているが、まだ完全には明かにされていません。

その地のまわりには金色の輪があります。

それは、救いが天では永遠に続くことを示しています。金は最高の、高価な金属だからです」。

(転載ここまで)

「心臓」というと「クロ宗」を連想させます。しかも、十字架の色も「クロ」ですし。「クロ宗」をご存知ない方は、以下のリンクをご参照ください。

イエズス会と真言密教と浄土真宗と人肉食信仰「クロ宗」の奇妙な接点。フランシスコ・ザビエルを日本に招いた「ヤジロウ」から分かる悪魔教の現実。

フランシスコ・ザビエルと田布施システムの怪。明治維新は「清和源氏」の末裔による権力獲得のためのクーデターでした。

さらに、紋章に描かれたバラの色が「赤」ではなく「白」なのは、ルターが「出雲族」だったということを意味しているようにも見えます。

そして何より、薔薇は悪魔崇拝者がなぜかかなり重要視している花でもあります。例えば、フリーメーソンだった鳩山一郎(鳩山由紀夫の祖父)もバラをことさら好んでいました。

以下、「鳩山一郎」のウィキペディアの記事です。

(以下、こちらから転載)
 
文京区音羽の自邸、通称「音羽御殿」は、高等師範学校附属中学時代からの友人で建築家の岡田信一郎による設計。
 
体が不自由だった鳩山は自邸を政治の場に活用し記者会見にも利用した。
 
また、1945年に発表された「ピース(平和)」という名前の品種のバラを気に入り、音羽御殿に100本以上植えさせた。現在は鳩山会館として一般に公開されている。
 
(中略)
 
クリスチャン(キリスト教徒)でなおかつフリーメイソンである。
 
バラの花を好み、総理在任中も休日には「とどろきばらえん」(東京都世田谷区)を訪れバラを観賞し、苗木を購入、自宅の庭に植えさせている。政界引退後はバラ栽培に没頭した。
 
(転載ここまで)
 
しかし、仮にルターが悪魔崇拝者だったにしろ、そうでなかったにしろ、彼のお陰でキリスト教の没落が免れられたのは確かな事実です。
 
もし彼がこの世に登場しなければ、この世にはカトリックしか存在せず、そのカトリックは悪魔に完全に乗っ取られているわけですから、我々がまともにキリスト教を信じることは不可能だったはずだからです。
 
ですから、もし仮にルターが悪魔崇拝者だったとしても、そうでなかったとしても、神様は彼の計画を通して、我々クリスチャンにとって益になるように導いてくださったわけです。
 
そして、これは神様がサタンの悪巧みすらも有益なものに変えることができる、という一つの典型例かもしれません。
 
これについては有料記事をお読みの方なら、よく理解できるかと思います。理解できない方は、ぜひとも以下の有料記事をご覧ください。
 
RAPT有料記事111(2016年10月15日)神様の御心にかなった祈り。
 
いずれにせよ、クリスマスが「ミトラ」の誕生日である以上、イルミナティどもは「クリスマス・キャロル」をキリストでなく、ミトラの生誕を祝う歌として歌っていることは間違いありません。
 
実際、「クリスマス・キャロル」の中には「幼児虐殺」を歌ったものもあるとのこと。
 
(以下、こちらから転載)
 
その他にも、クリスマス・キャロルとして、幼児虐殺の逸話を歌った「コヴェントリー・キャロル」(Coventry Carol)や、ボヘミア公であったヴァーツラフ1世(Wenceslaus I)をモデルにしているとされる「ウェンセスラスはよい王様」(Good King Wenceslas)、チャールズ・ディケンズの作品『クリスマス・キャロル』に出てくる「世の人忘るな」(God Rest Ye Merry, Gentlemen)などがある。
 
(転載ここまで)
 
そして、「キャロル」を歌のタイトルにして歌っている人は、以下のように沢山います。
 
・Carol (チャック・ベリー。ローリング・ストーンズもカバー)
・12番街のキャロル(谷村新司と佐藤隆の合作)
・CAROLS (浜崎あゆみ)
・キャロル(湯川潮音)
・クリスマスキャロルの頃には(稲垣潤一)
 
また、「矢沢永吉」は「キャロル」というバンドを組み、小室哲哉は「キャロル」というアルバムを発売しました。
 
また、イギリスの作家チャールズ・ディケンズも「クリスマス・キャロル」という小説を書いています。
 
彼らの多くが確信犯的に「キャロル」という言葉をタイトルとして使っていることは間違いないでしょう。
 
また、クリスマスには必ず「クリスマス・ツリー」を飾りますが、この「クリスマス・ツリー」もまたキリスト教の神への冒涜を意味するものでした。
 
まずは以下の記事をご覧ください。
 
(以下、こちらから転載)
 
■ツリー本体
 
クリスマスツリーの用材には、常緑の針葉樹のおもに幼木が用いられる。アメリカでは、年間数千万本もの生木のツリーが流通しており、最も生産本数が多いオレゴン州だけでも700万本を超える。
 
(中略)
 
常緑樹が使われるのは、冬の間も緑を保つため、強い生命力の象徴とされたためである。
 
また、『クリスマスの起源』(O.クルマン著)によれば、中世の聖夜の降誕祭の序幕において行われた、アダムとエヴァの堕罪の舞台劇で使われる「知恵の樹(善悪の知識の樹)」として、冬に葉が落ちてしまうリンゴの木の代用に、常緑樹のモミの木が禁断の木の実を飾るために使用されたのが由来ともされる。
 
(中略)
 
■リンゴ
 
アダムとイヴが食べた知恵の樹の実を象徴したもの。現代ではオーナメントボールと呼ばれる飾り(金属光沢のあるメッキボールやガラス製のグラスボール)になっていることが多い。
 
■モール、ガーランド、リボン、ベル
 
モールやガーランドなど金属光沢のある飾りをツリーに直接かけて飾る。また、リボンやベルなどを糸で吊り下げて飾る。
 
(転載ここまで)
 
聖書を読んだ人ならわかると思いますが、キリストの生誕と「もみの木」とは全く何の関係もありません。
 
なのに、キリストの生誕を祝うはずのクリスマスで、しごく当然のように「もみの木」が飾られ、さらにその木にリンゴ(日本ではリンゴの代わりにボール)やベルを飾りつけます。
 
そして、この「もみの木」はアダムとエバを堕落させる原因となった「知恵の木(善悪の知識の樹)」を象徴し、「りんご」はアダムとエバが食べて堕落した「禁断の木の実」を象徴しているとのこと。
 
これだけ見ても、この「クリスマス・ツリー」がキリスト教の神を冒涜するためのものであることは一目瞭然です。
 
何もわざわざ、人類を堕落させ、人類と神との関係を断ち切ったものをシンボルにして飾りつける必要がないからです。
 
しかも、「クリスマス・ツリー」には必ずといって「ベル」を飾り付けますし、さらには「ジングル・ベル」という歌まで歌い、北欧(アメリカやヨーロッパなども)では教会の「ベル」を鳴らすこともあります。
 
しかし、この「ベル」も悪魔「バアル」の象徴です。これについては過去にも記事を書きました。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
 
ハロウィンももともと悪魔崇拝者たちの行う生贄儀式でした。ハロウィンとバアルと秦氏と大正天皇との奇妙なつながり。
 
また、青森県の名産は「りんご」ですが、青森の「弘前市」の市章は「世界紅卍字会」のマークと同じものですし、また青森県は「偽キリスト」の墓があることで有名です。ご存知ない方は、以下のリンクをご参照ください。
 
RAPT×読者対談〈第89弾〉ニューエイジと満州と大本教と蝦夷共和国。背後にいるのは同じ一族。
 
「竹内文書」は悪魔崇拝者によって書かれた天皇礼賛に導くための古代プロパガンダの書です。
 
つまり、「青森県」は悪魔崇拝ときわめて深い関係があるわけですが、その「青森県」が「りんご」を地元の名産として普及させてきたのも、すべてはキリスト教の神を冒涜するためだったと考えられます。

また、「りんご」については、ある読者の方から以下のようなコメントをいただきました。

…………………

いつも勉強になる一般記事を書いて下さり、ありがとうございます。

http://rapt-neo.com/?p=40576

第118弾の読者対談で、プレーンさんからのコメントの返事に対して返信しようと、2回程送信し直していたんですが、反映されない状況でした。

すでにここのページで2回コメントしており、また、RAPTさんにとってあまり載せたくない内容なのかな?と思っていたので気にしていなかったのですが、コメント欄の操作の疑いがあるとの事でびっくりしました。

以下、プレーンさん宛てに送る予定でした返信コメントです。

『確かにPPAPの歌詞を改めて見ると、AppleやPinapple等、リンゴの単語が頻繁に使われてますね。恥ずかしながら、気付きませんでした。恐れ入ります。

リンゴについて調べてみたのですが、

http://fujik5963.la.coocan.jp/labo/apple.htm

このページの「リンゴが象徴するもの」の項目にて、城魔術、卑猥な解釈、五芒星等、悪魔崇拝者(イルミナティ)が何故リンゴを特別視するのかのすべてが説明されている気がしました。

マッキントッシュはもちろん、ビートルズも関係していたのが驚きです。

また、白雪姫の話でも毒リンゴが出てきますし、デスノートという漫画で出てくる死神は何故かリンゴが好物という設定です。

今やアインシュタインと同様、万有引力すらもデタラメではないかと言われているニュートンもリンゴがキーワードです。

リンゴについていろいろと知る事が出来ました。どうもありがとうございます。』

プレーンさんに返信出来ず申し訳無いなと思っていました。宜しければ参考にして下さい。

…………………

とにかく、このブログのコメント欄は何者かによって間違いなく操作されています。

特に「あらえびす」の記事を書くと、必ずといっていいほどコメント欄が操作されます。(もちろん、あらえびす関係のコメントだけが操作されているわけではないと思います。)

しかも、「りんご」と「あらえびす」は深いかかわりがありますから、やはり「りんご」のことを書いたこのコメントも、彼らによって削除されたのかもしれません。

このように、コメント欄にコメントがきちんと反映されない場合、そして何らかの重要情報がある場合は、できれば「CONTACT US」から情報をお寄せください。

お手数をおかけして申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

また、クリスマスには必ず「サンタクロース(の格好をした人)」が登場しますが、この「サンタ」も「サタン」のアナグラムで、「クロース」も恐らくは「クロス」、つまり「十字架」のことを意味しているのではないでしょうか。

つまり、「サンタクロース」とは「サタンの十字架」を意味しているということです。

しかも、アンサイクロペディアを見てみると、「サンタクロース」についてこんなことが書かれてありました。

(以下、こちらから転載)

サンタクロースとは、クリスマスの前夜(12月24日)に一般家庭の住居に不法侵入し、寝ている子どもの寝顔を覗いてまわるという、国際的に有名な小児愛性変質者のことである。

12歳以上の異教徒は殴る。12歳以下なら最悪ペロペロされる程度で済む。

児童の監視行為を日常的に行っており、趣向や行動の全てを知っているといわれる。

職業は露天商であり、世界中のおもちゃ問屋からおもちゃの販売を委託されているが、年末にかけて見境なくなりふり構わず一斉在庫処分に走るため、不法侵入もいとわない。

住居侵入の際に、寝ている子どもの枕元におもちゃを置いていくので、不法侵入をされたのにも関わらず、多くの子ども達はサンタクロースに対して良いイメージを持っているが、そのためにおもちゃを無理やり売りつけられる親はたまったものではない。

親は何とかして安いおもちゃにするよう交渉するため、トミカパーキングではなく、ばったもんのミニカーになるという悲劇が繰り返されている。

また親の無知を逆手に取り、本家製品と同等の金額ながらまったく異なる製品(パチモン、コレジャナイロボなど)をつかまされるケースも多数存在する。

■不審者としての情報

グリーンランドかスカンディナビア半島のどこかに住んでいるとの情報もあるが詳細ははっきりとしていない。岡山県岡山市という説もある。また、なぜおもちゃ問屋から在庫処分を請け負うようになったかの経緯もはっきりしていない。また、君の父親にそっくりだとしも、(検閲により削除)。

■影に暗躍する謎の巨大組織

サンタクロースの背後には世界創造の根幹に関わる謎の人物が暗躍していると言う噂が、中世の東欧より今日の世界まで語り継がれている。

その人物は謎の巨大組織を率いて、世界各国に支部と構成員を抱えているという。徹底した監視行動によってすべての児童の思考、行動を把握している。

そして自らの利益に合致した行動をするものは”良い子”と呼び報償を与え、合致しないもしくは不利益をもたらした者を”悪い子”とよび懲罰を科すという、飴と鞭の恐怖統治をおこなっている。

児童に対してそのような事を行う理由は、彼らの趣向だけに基づくものではなく、彼らによれば人格形成は児童期になされるのであり、将来の優秀な幹部および従順な構成員を作り出すには、その時期から徹底した管理を行わなくてはならない、と考えているからだといわれている。

■日本におけるサンタクロース

日本では、サンタクロースの業務一般を日本のフィクサーと呼ばれる三田家が請け負っている。

サンタクロースの由来は、商品配布業務が非常に激務であるため「三田苦労す」から来ているという説と初代三田家総帥の「三田九郎」から来ているという説がある。

クリスマスの業務を引き受けた理由は明らかになっていないが、研究者の間では隠れキリシタンであったことと、その膨大な資産によるのではないかと推測されている。

(転載ここまで)

「サンタクロース」は小児性愛者であり、常日頃から児童たちをストーカーしながら監視し、その子のためにと言いつつ無駄なおもちゃを強引にその親に押し売りする人たち、のようです。

もっとも、この記事がどこまで本当かは分かりませんが、「サンタクロース」が悪魔どもの作った人物である以上、かなり真実に近い話だと考えられます。

しかも、日本では「サンタクロース」の業務一般を「三田家(みたけ、さんたけ)」が請け負っているとのことですが、「三田」といえば、東京にも「三田(みた)」があり、兵庫にも「三田市(さんだし)」があります。

しかも、兵庫県の「三田市」は前回の対談にも出てきた「妙見山」のすぐ近くにあります。(今回の対談の中では、「妙見山」のことを「六甲山」と言ってしまいました。訂正してお詫びいたします。)

つまり、「三田家」も「三田市」もその名の由来は「サタン」にあるということです。

実際に「三田家」の家紋は「三つ巴」であり、完全なる「666」です。やはりどう見ても「三田家」と「三田市」は「サタン」と関係がありますね。

三田氏 – Wikipedia

三田家 – アンサイクロペディア

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〈三田氏の家紋〉

また、「サンタクロース」の住所は、「グリーンランド」か「スカンディナビア半島」か「岡山県岡山市」のどれか、という説があるとのことですが、「グリーンランド」と「スカンディナビア半島」などの北欧は「ドルイド教」の聖地であり、「岡山県」も「出雲族」が日本の首都にしようとしている場所です。

ハロウィンももともと悪魔崇拝者たちの行う生贄儀式でした。ハロウィンとバアルと秦氏と大正天皇との奇妙なつながり。

RAPT×読者対談〈第111弾〉人工地震3.11を起こした真犯人は出雲族である。

このように「サンタクロース」の住所とされている場所も、悪魔崇拝者と深いかかわりのある場所ばかりです。

ちなみに、スカンディナビア半島は以下の3つの国から成り立っています。

また、村上春樹は「ノルウェーの森」という小説を書き、この小説の装丁を以下のようなクリスマス色に自分でデザインしました。

やはりイルミナティにとって「ドルイド教」の聖地である「北欧」と、「ミトラ」の誕生日である「クリスマス」はとても重要な日なのでしょう。

また、「スタンフォード大学」の校章も紛れもないクリスマス色です。

スタンフォード大学 – Wikipedia

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〈スタンフォード大学の校章〉

この大学を「出雲族」の重鎮である「鳩山由紀夫」も卒業しています。で、先程も出てきた彼の祖父「鳩山一郎」はフリーメーソン……。

また、宇宙に「宇宙旅行士」として飛行し、相変わらず「宇宙は無重力である」と嘘をつきとおしている人たちも、スタンフォード大学からたくさん卒業しています。

以下がその卒業生です。やはりこの大学はかなり怪しいですね。

(以下、こちらから転載)

■宇宙飛行士

マエ・ジャミソン(BS, MA)
エイリーン・コリンズ(MS)
マイク・フィンケ(MS)
ウィリアム・フィッシャー(B.A.)
サリー・ライド(アメリカ人女性初)(BA,BS, MS, Ph.D.)
オーウェン・ガリオット(MS, Ph.D.)
スーザン・ヘルムス(MS)
エレン・オチョア(MS, Ph.D.)
スティーブ・スミス(BS, MS, MBA)
テマラ・ジャーミガン(BS, MS)
グレゴリー・リンテリス(MS)
デイヴィッド・ロー(MS)
エドワード・ルー(Ph.D.)
ブルース・マッカンドレス2世(MS)
バーバラ・マーガン(BA)
スコット・パラジィンスキー(BS, M.D.)
ステファン・ロビンソン(MS, Ph.D.)
ジェフ・ウィスオフ(MS, Ph.D.)

(転載ここまで)

「キャロル」に話を戻します。

「キャロル」といえば「不思議の国のアリス」を書いた小説家「ルイス・キャロル」がいます。

ルイス・キャロル – Wikipedia

「ルイス・キャロル」はペンネームで、本名は「チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン」とのことですから、やはり彼が「キャロル」という名前をつけたのにも、何らかの深い意味があると考えられます。

実際、彼もまた「サンタクロース」と同様、小児性愛者だったようですし。

(以下、こちらから転載)

■ルイス・キャロルによるアリス・リデルの写真(1858年)

1856年3月18日にチャールズはオックスフォードの学友であるレジナルド・サウジーとともにカメラを購入し、写真撮影を趣味とするようになった。

現存するチャールズの写真作品の完全な一覧は、ロジャー・テイラーによる『Lewis Carroll, Photographer』(2002年)ISBN 0691074437 に掲載されている。

テイラーの計算によれば、現存する作品の半分以上は少女を撮影したものである。

カメラを入手した1856年のうちにチャールズは、一連のアリス・シリーズのモデルであるアリス・リデル(当時4歳)の撮影を行っている。

ただし、後述するように、現存する写真はチャールズの全作品の三分の一に満たない。

チャールズのお気に入りの被写体はエクシー(Xie)ことアレクサンドラ・キッチンであった。

エクシーが4歳から16歳までの期間にわたり、約50回の撮影を行っている。
 
1880年にチャールズは16歳のエクシーの水着写真を撮影する許可を取り付けようとしたが、これは許されなかった。


ほぼすべての少女写真では、被写体の名前が写真の角に色付きインクで記されている。

チャールズの作品の中には、少女たちに中国人風やギリシャ人風、物乞い風など様々な衣装を着せて撮影された、今日でいうところのコスチューム・プレイの写真が多数含まれている。

■少女ヌードの撮影

チャールズは少女たちのヌード写真も多数撮影したと考えられているが、それらの写真の大半はチャールズの存命中に破棄されたか、モデルに手渡されて散逸したと推測されている。

これらのヌード写真は長い間失われていたと考えられていたが、6枚が発見され、その内の4枚が公開されている。

チャールズが少女ヌードを撮影していた理由としては、チャールズがロマン主義の影響を強く受けており、神に最も近い純粋無垢な存在として裸の少女たちを見ていたのではないかとの指摘がある。

一方で、彼の少女ヌードの撮影やスケッチは、後の章で述べるように、長らくチャールズを小児性愛者であるとの推測に結び付けてきた。

(転載ここまで)

こうして見てみると、「キャロル」という名前には「小児性愛」の意味が込められているような気がしないでもありません。
 
いずれにせよ、今でも多くの悪魔崇拝者たちがこの「ルイス・キャロル」を崇敬しています。
 
「不思議の国のアリス」は現代でも多くの小説や漫画、アニメなどに多くの影響を与えているからです。
 
例えば、あるとき突然、不思議な世界に入り込んでしまうという設定は、かの「ジブリ」も「千と千尋の神隠し」で取り入れられていますし、「不思議の国のアリス」に出てくる「チェシャ猫」は「トトロ」に出てくる「ネコバス」とそっくりです。

〈チェシャ猫(原本)〉

〈チェシャ猫(ディズニー)〉

〈ネコバス〉

しかも、「天空の城のラピュタ」と「ふしぎの海のナディア」はそっくりと言われていて、この「ふしぎの海のナディア」というタイトルも「不思議の国のアリス」から来ているものと考えられます。

『天空の城ラピュタ』制作秘話!実は『ふしぎの海のナディア』が元ネタだった? – アニメを100倍楽しく観る方法(宮崎駿の映画術)

この「天空の城ラピュタ」は以下のような形をした空飛ぶ城ですね。

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で、以下が「ラピュタの国章」だそうです。

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そして、この城の形はまさに「バベルの塔」と同じです。

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〈バベルの塔〉

「バベルの塔」とは、イスラエル民族が神に反逆して作った建築物であり、神様は怒ってこの「バベルの塔」を破壊してしまいました。

以下、旧約聖書「創世記11章」からの転載です。

…………………

全地は同じ発音、同じ言葉であった。

時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。

彼らは互に言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。

こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。

彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。

時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、言われた、

「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。

彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。

さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。

こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。

これによってその町の名はバベルと呼ばれた。

主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。

…………………

映画の中では、この「バベルの塔」と瓜二つの「ラピュタ」を、主人公パズーが「バルス」という呪文の言葉で滅ぼします。

そして、実はこの「バルス」という言葉も旧約聖書に由来があるようです。

(以下、こちらから転載)

<バルスの語源は「pars」(パルス)・・・?>

「バルス」はジブリ関係者に言語学系が専門の友達が何かがいて、面白半分にもじって使ったんだろ。

実際には「パルスpars」なんだけど、セム系はじめ中東の言語では「分かれる」・「崩壊する」の意味で呪文にも多用される。

「ペルシア」の国名のもとともなる。

印欧語にも伝播してpart(分かれる)等に。

一番有名なのは旧約聖書「ダニエル書」の中で示される呪いの言葉、

「メネ、メネ、テケル、ウ、パルシン。」

ユダヤ教(正統派)では現在でもこの箇所は音読しない。

「バ」ルスで良かった。元の「パ」のままで何万人も同時にツィートなんかしてたら、いろんな意味でシャレにならんわ…。

<「パルシン」について調べてみた。どうやら、バビロンを終わらせた呪いの言葉らしい。>

口語訳聖書 – ダニエル書

神の前から手の先が送られて、この文字が書かれたのです。その書かれた文字はこうです。

「メネ、メネ、テケル、ウ・パルシン。」そのことばの解き明かしはこうです。

「メネ」とは、神があなたの治世を数えて終わらせられたということです。バビロンの国は終わります。

ベルシャツァルは、バビロンを誇り、いつまでも大丈夫と思っていましたが、神は今すぐこの国を終わらせます。

「パルシン」とは、あなたの国が分割され、メディヤとペルシヤとに与えられるということです。」

バビロンはメディヤとペルシヤの連合国によって倒されます。

(転載ここまで)

神様への反逆のために作った「バベルの塔」を、呪いの言葉「バルス」で滅ぼした……。

これが「天空の城ラピュタ」のおおまかなあらすじということになりますが、そうすると、この映画はイルミナティに対する反逆であるような気がしないでもありません。

しかし、この「ラピュタ」についてさらにあれこれ調べてみると、元ネタとして「ガリバー旅行記」が利用されていることが分かってきました。

以下、ガリバー旅行記の「第三編」のあらすじです。

(以下、こちらから転載)

第三篇 ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記

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〈漂流中のガリヴァーと遭遇する巨大な「空飛ぶ島」ラピュータ〉

第三篇を占めるラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本は、学究生活と科学とその他の諸々の事柄を風刺している。ラピュータで扱われているテーマは王立協会への痛烈な風刺と、更にはニュートンへの皮肉であったと広く考えられている。

漂流中のガリヴァーを助けた巨大な「空飛ぶ島」ラピュータは、日本のはるか東にある島国バルニバービの首都で国王の宮廷であり、底部のアダマントに連結された巨大な天然磁石の磁力によって、磁鉄鉱の豊富なバルニバービ国の領空を自在に移動することができる。

ラピュータの全市民は、科学者である。

住民は皆常に科学について沈思黙考しているため、いつも上の空であり、時々正気に戻りまともに道を歩いたり話したりするために、頭や目を叩く「叩き役」を連れている。

表向きは啓蒙的ながら、ラピュータ人の科学は、学問のための学問に過ぎない。

ここで、スウィフトは、科学における啓蒙主義運動を批判している。

スウィフトは、基本的に科学に反対してはいなかったが、科学は人類に貢献すべきであるという見解に立っていた。

したがって、直接に人類に貢献しない仮説的な科学知識は、スウィフトの考えでは無用の学問であり、その追究に時間や資金を浪費するべきではなかった。

ラピュータという名前については、作中では「高い統率者」ないしは「太陽の翼」という意味を持つ古い言葉が崩れてラピュータになったのではないかとガリヴァーが考察をめぐらせているが、La Puta (ラ・プータ)はスペイン語で売春婦を意味する言葉である。

《RAPT註:ということは、「ラピュタ」とは売春婦のことでしょうか? しかも、「太陽の翼」はラピュタの国章にも描かれています。完全にパクリですね。》

地上のバルニバービは、本来豊かな国であったが、天上の首都ラピュータに搾取される存在であり、その住民には生気がなく、最大の都市であるラガードは荒れ果てている。

バルニバービ各地では、領主貴族や農民がたびたび反乱を起こすが、そのたびに国王はラピュータを反乱地の上空に急行させ、太陽や雨を遮り、罰としてその農業を破滅させ飢餓と病を与える。

都市で起こる反乱は、ラピュータが上空から投石し、さらに街ごと押し潰して鎮圧する。

これらのくだりは、ロンドンに搾取されるアイルランドを、また当時実際にアイルランドで起こった反乱を反映しているとされる。

また、バルニバービにはラピュータに上京してラピュータ式科学に完全にかぶれて帰郷した者が多数おり、せっかくの肥沃な田園地帯を更地にし、伝統的な農法をやめてラピュータで開発された実験的な(全く実用的とは思われない)農法を実現すべく励んでいるため、国土は荒廃したままである。

ガリヴァーは、ラグナグと日本を経由してイギリスに戻ろうとするが船便がなく、その間近くの小島グラブダブドリッブへ旅し、魔法使いの種族と遭遇する。

グラブダブドリッブ人の降霊術により、ガリヴァーは歴史上の偉人を呼び出すことができ、その結果彼らがいかに堕落した不快な人物であったかを知ることになる。

《RAPT註:やっぱり降霊術まで出てきますか。》

「修正」された歴史のくだりでは、幾世代間もの人間性の堕落がいかに根強いものであるかを、スウィフトは読者に示そうと試みる。

高貴な時代からの退化という形で人類の進歩を示すことにより、現在の人類は堕落しているが、かつてはその堕落も甚だしくはなく、まだ救済することが可能であったと、スウィフトは言いたかったのかもしれない。

大きな島国であるラグナグ王国に着いたガリヴァーは、不死人間ストラルドブラグの噂を聞かされ、最初は自分がストラルドブラグであったならいかに輝かしい人生を送れるであろうかと夢想する。

しかし、ストラルドブラグは不死ではあるが不老ではないため、老衰から逃れることはできず、いずれ体も目も耳も衰え集中力も記憶力もなくなり日々の不自由に愚痴を延々こぼし、歳を取った結果積み重なった無駄に強大な自尊心で周囲を見下す低俗極まりない人間になっていく。

80歳で法的に死者とされてしまい、以後どこまでも老いさらばえたまま世間から厄介者扱いされている悲惨な境涯を知らされて、むしろ死とは人間に与えられた救済なのだと考えるようになる。

1709年5月21日、ラグナグを出航して日本の東端の港ザモスキに着き、江戸で「日本の皇帝」に拝謁を許されたガリヴァーは、オランダ人に課せられる踏絵の儀式を免除してほしいとの申し出をし、「踏み絵を躊躇するオランダ人など初めて見た」と怪訝な顔をされるもラグナグ王の親書などの効果でなんとか了解される。

ガリヴァーは、ナンガサク(Nangasac, 長崎)まで護送され6月9日オランダ船で出港しイギリスに帰国する。

(転載ここまで)

「ガリバー旅行記」に「日本」がなぜ登場するのか、やや気になるところです。

やはり作者の「ジョナサン・スウィフト」も日本こそが悪魔教の発祥地であることを知っていたのかも知れません。

なにせ彼もまた「ドルイド教」の発祥地アイルランドの作家ですからね。そして、アイルランドと日本は明らかに深いつながりがあります。

日本の古墳も生け贄儀式を行うためのドルイド教の祭儀場でした。

古代ケルトと古代エジプトと古代日本の幾多もの文化的共通点と、日本がドルイド教から誕生したという幾つもの証拠。

古代ケルトのドルメンも日本の神社も同じドルイド教の生け贄儀式の祭儀場でした。

さらに、以下のサイトを見てみると、「ガリバー旅行記」のみならず、インドの叙事詩「ラーマーヤナ」も「天空の城ラピュタ」の元ネタとして利用されていた、とあります。

ソックリすぎる!! 『天空の城ラピュタ』の元ネタになった2つの話(1/2) – ハピズム

インドと言えば、悪魔教である「ヒンズー教」の聖地でしたね。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第110弾〉インドとガンジーと神智学協会。インド独立運動もやはり源平合戦だった。

こうして見てみると、やはり「天空の城ラピュタ」は悪魔教の様々な要素(過去の悪魔文学)をごちゃ混ぜにして作ったコラージュ作品であると言えそうです。

彼らイルミナティは、何か作品を作るたびに、このように過去の悪魔文学のパーツを組み合わせている、というわけですね。

ちなみに、自動車会社「マツダ」も過去に「ラピュタ」という車を開発していますが、これもやはり「ガリバー旅行記」に由来があるそうです。

マツダ・ラピュタ – Wikipedia

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〈マツダ・ラピュタ〉

ちなみに、「マツダ」という社名の由来も「アフラマツダ(ゾロアスター教の神)」だそうです。

また、「ガリバー旅行記」の「第四篇」を見ると、そこには「ヤフー」という名の怪物が出てきます。

(以下、こちらから転載)

■第四篇 フウイヌム国渡航記

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〈フウイヌムとガリヴァー〉

最終篇であるフウイヌム国渡航記は、平和で非常に合理的な社会を持つ、高貴かつ知的な馬の種族に関して述べた物語である。

馬の姿をした種族フウイヌムは戦争や疫病や大きな悲嘆を持たず、エリート主義的かつ官僚的で創造性に欠けた、厳密な種族的カースト制度を保持している。

この制度は、話法や風習、外見において、イギリスの貴族制を風刺している。

フウイヌムは、彼らを悩ませているヤフーと呼ばれる邪悪で汚らしい毛深い生物と対比される。

ヤフーは、ブロブディンナグ国でのサイズの拡大と同様に、人類を否定的に歪曲した野蛮な種族であり、ヤフーの中には退化した人間性がある。

ヤフーは、酩酊性のある植物の根によるアルコール中毒に似た習慣を持っており、絶え間なく争い、無益な輝く石を切に求めている。

ガリヴァーと友人のフウイヌムは、人間とヤフーについての記録を比較し、二匹のヤフーが輝く石を巡って争っている隙に三匹目が石を奪い取るというヤフーの行為と訴訟や、特に理由も無いのに同種族で争い合うヤフーの習性と戦争のような、二種族の類似性を発見する。

ガリヴァーが自国の人間の文明や社会について戦争や貧富の差も含めて語った友人のフウイヌムからは「ヤフーはまだ武器や貨幣を作るような知恵が無いから争いは小規模で済むが、お前達のように知恵をつけたらより凄惨な事態を招くのだろうな」と苦々しげに評された。

ガリヴァーの国における馬が、飼い馬はもちろん野生のものまで荒々しくも誇り高く、ヤフーのように粗野で卑しい存在ではないことも決定打となった。

ヤフーは毛深い体と鈎爪により人間と肉体的に異なっているが、雌のヤフーに性交を挑み掛かられた後に、ガリヴァーは自分はヤフーであると信じるようになる。

それ以来、ガリヴァーはフウイヌムであることを切望するようになった。

しかしながら、ガリヴァーがフウイヌム達の議会において「知恵や理性はあるが結局はヤフーと同一の存在」と判決を受け、常日頃からフウイヌム達がヤフーを害獣として淘汰していく方針を進めていたため、処刑されるかフウイヌム国を出ていくよう言い渡され、ガリヴァーは打ちのめされながらも友人のフウイヌムに申し訳なさそうに見送られ国を旅立った。

故国に帰り着いた後も、ガリヴァーは自分のできる限り人間性(彼からすれば人間≒ヤフーである)から遠ざかろうと考え、自分の妻よりも厩舎の臭気を好んだ。

フウイヌムから習った言語で厩舎の馬達と会話をしている時だけ心が落ち着いたという。

ガリヴァーがイギリスへ帰還する契機となった、ポルトガル人によるガリヴァーの救出はしばしば見過ごされる。

ガリヴァーを乗船させたポルトガル人の船長ペドロ・デ・メンデスは、物語全編を通じた、最も高貴な人間の例といえる。

メンデスは、ガリヴァーを助け出し、船の中に自室を用意してやり、自分が持っていた最高級の着物を与え、リスボンに帰国した後はガリヴァーを自宅に客として滞在させた。

(転載ここまで)

要するに、「ヤフー」とは悪魔みたいなもの、ということです。
 
この「ガリバー旅行記」に登場する「ヤフー」をヒントにして作ったのが「家畜人ヤプー」という小説だそうです。
 
(以下、こちらから転載)
 
■家畜人ヤプー
 
1956年より断続的に発表された沼正三の長編小説。
 
家畜化され、品種改良された日本人を意味する「ヤプー」は、作中でドイツ語のヤーパンから由来したなどの説が語られているが、直接には『ガリヴァー旅行記』のヤフーに由来している。
 
(転載ここまで)
 
で、この「家畜人ヤプー」とは以下のような極めて下品な作品です。
 
(以下、こちらから転載)
 
『家畜人ヤプー』(かちくじんヤプー)は、1956年から『奇譚クラブ』に連載され、その後断続的に多誌に発表された沼正三の長編SF・SM小説。
 
なお、本作品はマゾヒズムや汚物愛好、人体改造を含むグロテスクな描写を含む。
 
■連載から出版
 
『奇譚クラブ』連載時から当時の文学者・知識人の間で話題となっていた。
 
そのきっかけは三島由紀夫がこの作品に興味を示し、多くの人々に紹介したことによる。三島のみならず澁澤龍彦、寺山修司らの評価もあり、文学界では知名度の高い作品となった。
 
『奇譚クラブ』誌上での連載を終えて、誌上の都合で掲載できなかった部分などの作者による加筆の後、都市出版社により単行本が出版され、この際、右翼団体が出版妨害を行い、1名逮捕・2名指名手配という事件にまで発展した。
 
『奇譚クラブ』1956年12月号-1958年4月号までの連載では打ち切りという事情もあり物語は完結せず、都市出版社版、角川文庫版、スコラ版、太田出版版、幻冬舎アウトロー文庫版と補正加筆が行われながら版が重ねられ、完結に至る。このような事情から版により内容に食い違いが存在する。
 
■ストーリー
 
婚約中のカップルである日本人青年留学生麟一郎とドイツ人女性クララは、ドイツの山中で未来帝国EHS人ポーリーンが乗った未来世界の円盤の墜落事故に巻きこまれ、それがきっかけで未来世界へ招待されることとなる。
 
未来帝国EHS(The Empire of Hundred Suns イース = 百太陽帝国、またの名を大英宇宙帝国)は、白色人種(特にアングロ・サクソン系のイギリス人)の「人間」と、隷属する黒色人種の半人間「黒奴」と、旧日本人の家畜「ヤプー」(日本人以外の黄色人種は核兵器と細菌兵器によりほぼ絶滅している)の3色の厳然たる差別の帝国である。
 
(以下、あまりに下品なので省略します。)
 
(転載ここまで)
 
「ガリバー旅行記」の中で「馬の国に住む邪悪で汚らしい生物で、人間にそっくりである」とされる「ヤフー」が、この作品では「日本人」として描かれています。
 
その一方、「白色人種」はその「ヤフー」を家畜として飼っている「人間」として描かれています。
 
この作品をなぜか日本人である三島由紀夫が絶賛していたとのこと。
 
ということは、三島由紀夫は実は「アーリア人至上主義」を唱える「秦氏」ではないかと考えられますね。
 
RAPT×読者対談〈第108弾〉世界はアーリア人(秦氏)とチュルク族(月派・出雲)の抗争の上に成り立っている。
 
実際、よくよく調べてみると、三島由紀夫は「楯の会」なる組織を結成していましたが、この「楯の会」はその後、「赤誠会」と名前を変えたようです。
 
大日本赤誠会愛知県本部 元楯の会 昭和、最後のさむらい 伊藤好雄
 
「赤」と来れば、「秦氏」ですね。
 
しかも、「楯の会」のメンバーたちは皆、一様に赤い服を着ていますし、三島由紀夫が切腹を図った「楯の会事件(三島事件)」においても三島自身、赤い服を着ています。
 
三島事件 – Wikipedia

しかも、「楯の会」という名もまたロスチャイルドの家紋である「赤い盾」から由来している可能性大です。

「三島由紀夫」は紛れもない「秦氏」の傀儡であり、第二次大戦によって「出雲族」に貶められた「天皇」の主権回復のために「楯の会事件」を起こしたと考えて間違いなさそうです。

若い人は「楯の会事件」なんて知らないでしょうが、年配の方々は、有名な作家がいきなり自分の主義主張のために自殺したということで、かなり衝撃を受けた事件だったはずです。

しかし、この事件が起きた原因も、実は「秦氏」と「出雲族」との戦いだったというわけです。

彼らはまさに命懸けで血みどろの戦いを繰り広げているわけですね。

ちなみに、我々は山に向かって「ヤッホー」と呼びかけることがありますが、この「ヤッホー」も実は「ヤフー」のことだそうです。

つまり、山に向かって「ヤッホー」と呼びかけるのは、山にいる「ヤフー」という名の悪魔を呼び出すに等しい行為だということです。

(以下、こちらから転載)

Yahoo : 英語の間投詞。日本語のヤッホー。

ヤフー (Yahoo) : ジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』に登場する架空の生物。馬の国に住む邪悪で汚らしい生物で、人間にそっくりである。

Yahoo! : アメリカ合衆国のインターネット関連サービス企業。また、同社の運営するポータルサイト。

ヤフー (企業) : Yahoo! JAPANを運営するYahoo!の日本法人。

(転載ここまで)

ですから、今後はまかり間違っても山に向かって「ヤッホー」と呼びかけないように注意しましょう。

また、孫正義は「ヤフー」という名の企業を経営していますが、これも決して単なる偶然ではないでしょう。

間違いなく彼は、「ヤフー」という言葉の意味を知った上で、「ヤフー」という会社を経営しているはずです。

なぜなら、彼の弟である「孫泰蔵」は悪魔のゲーム「パズドラ」を作った張本人ですからね。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第117弾〉爆発的に増えたイルミナティ要員に明日はない。

彼ら兄弟はどちらも悪魔を崇拝し、かつ日本人のことを「家畜」と言って馬鹿にしながら、ゲームやインターネットで我々日本人を堕落させようと画策しているのでしょう。

ちなみに、今回の対談の冒頭で「矢沢永吉」についての話をしていますが、驚いたことに、彼もまた「吉川晃司」と同じ広島出身で、父親が原爆によって被爆しています。

(以下、こちらから転載)

矢沢永吉(やざわ えいきち、1949年9月14日 – )は、広島県広島市南区仁保出身のロックミュージシャン。身長180cm、血液型はB型。

母親は永吉が3歳の時、夫と息子を捨てて蒸発。

広島で被爆した父親とは小学校2年生の時に死別。

このため幼少期は親戚中をたらい回しにされ、その後は父方の祖母に育てられ、極貧の少年時代を過ごした。

この頃、近所の裕福な家の子供に「お前の家は貧乏でケーキなんか買えないだろう」とケーキの一部を顔に投げつけられるなどのいじめを体験した。

このような経験が積み重なり「BIGになる」との思いが芽生えたと語っている。

中学時代、ラジオから流れるザ・ビートルズを聴いてロックに目覚め、更にザ・ベンチャーズの広島公演に行ったことで、すっかり感化されスターになることを夢見るようになる。

(転載ここまで)

しかも、「矢沢永吉」も戦後(1949年)生まれなので、「吉川晃司」と同じ被爆二世ということになります。(吉川晃司についての詳細はこちら)

そのため、「吉川晃司」と同じくとても病弱で、コンサートではいつもこのように空元気をふりしぼって大声で歌っています。

「矢沢永吉」も「吉川晃司」もなぜか「布袋寅泰」とコンビを組んで歌っています。恐らく「布袋寅泰」も向こう側のキーパーソンなのでしょう。

実際、彼の父親は「韓国人」で、母親は「日本人とロシア人のハーフ」かつ「アイヌの血を引いている」とのこと。
 
(以下、こちらから転載)
 
自身の著書『秘密』によると、父親は韓国人で、韓国にも家庭があり、母は日本での妻という立場だったとのこと。
 
母親は余市生まれ、ロシア(樺太)育ちの日本人とロシア人とのハーフで、日本国籍とのこと。アイヌの血も引いている。
 
(転載ここまで)
 
いきなり「アイヌ」が出てくるところを見ると、やはりこの人も何か裏がありますね。

RAPT×読者対談〈第121弾〉清和源氏と日本会議と蝦夷共和国と緑の星。

少しややこしい話ではありますが、今回の対談では「清和源氏」と「毛利元就」と「稲田朋美」と「生長の家」と「日本会議」と「蝦夷共和国」が、ものの見事に一つにつながりました。

しかも、これら全てに「緑の星」が関係しています。

これが何を意味するか、勘のいい人はすぐにピンと来るはずです。

現在の日本が「緑色」をシンボルとする勢力によって支配されつつあるということは、これまで何度もお話してきました。例えば、以下の対談など。

RAPT×読者対談〈第111弾〉人工地震3.11を起こした真犯人は出雲族である。

今回の対談では、この「緑色」の勢力が何者なのかを、ついにほぼ完全に解明するに至りました。

念のために言っておくと、現在の日本の政権を握っている「自民党」のホームページは、今や「緑」です。

自由民主党

ちなみに、以下が「2014年」の自民党の選挙ポスターです。

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そして、こちらが「2016年」の自民党の選挙ポスターです。

201606090442342c7

このように、自民党のシンボルカラーがたった二年の間に「赤」から「緑」に変わってしまいました。

これを単なる「自民党」の気まぐれか、心境の変化ぐらいに思う人も多いでしょう。

しかし、新たに都知事として選出された「小池百合子」のホームページも「緑」です。

小池ゆりこ オフィシャルサイト | 小池ゆりこ衆議院議員の公式ホームページです。
 
また、安倍晋三のお気に入りで、次期首相とも目されている「稲田朋美」のホームページも「緑」です。
 
稲田朋美:トップページ
 
また、現首相の「安倍晋三」のホームページは「青」ですが、やはり少し「緑」が混じったような色になっています。
 
衆議院議員 安倍晋三 公式サイト
 
また、我々がずっと「秦氏」だとばかり思ってきた「麻生太郎」のホームページも、今や完全に「緑」となっています。
 
麻生太郎オフィシャルサイト
 
このように、現代の日本を支配している者たちの多くが、自らのシンボルカラーを「緑」にしているのです。
 
一体この「緑」は何を意味しているのでしょうか。
 
これが今の今までずっと謎でした。
 
一応、上の「第111弾」の対談では「緑の党」なる組織が関係しているのではないかとお話しましたが、これだけではピンと来なかった方も多かったと思います。
 
しかし、その後、あれこれと調べてみた結果、意外な事実を発見することになりました。
 
まず、次期首相と目されている「稲田朋美」の夫が「稲田龍示」という人物で、この「稲田家」はもともと「清和源氏」であるというお話をしました。(詳しくは以下の記事をご覧ください。)
 
RAPT×読者対談〈第119弾〉日本の支配者も有名人もほとんど全員、清和源氏。
 
この対談では、日本の支配者のほぼ全員が「清和源氏」ではないかとお話しましたが、どうやらこの推測はかなり的を得ていたようです。
 
まず、「稲田朋美」は「生長の家」の教祖・谷口雅春の著書「生命の實相」を心から崇めていて、さらに彼女自身、谷口雅春の面影ととてもよく似ています。
 
そのため、「稲田朋美」は実は「谷口雅春」の隠し子ではないかという疑いが出てきました。
 
しかも、彼女は「日本会議」に所属していて、実はこの「日本会議」も「生長の家」と深い関わりがあるのです。
 
この「日本会議」こそが現在の日本の政治を動かしている真の黒幕であることは前にもお話しました。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
 
日本会議が目論む「国家神道」の復活。安倍政権は天皇のために戦争できる国作りを目指しています。
 
この「日本会議」を作ったのは「村上正邦」という政治家で、実はこの「村上正邦」は「生長の家」の票で政治家になった人物なのです。

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〈村上正邦〉

以下、「村上正邦」のウィキペディアの記事からです。

(以下、こちらから転載)

国会議員志望の玉置と村上は意気投合し、共同で下水道事業を行う。当時、宗教団体の中で政治に熱心で、候補者を持っていなかったのが生長の家だった。

早川崇は三木武夫の紹介状を持たせ、玉置と村上を生長の家総裁・谷口雅春と初めて会わせる。

(中略)

昭和55年(1980年)第12回参議院選挙全国区で村上は生長の家唯一の推薦候補として立候補し、110万票を得て初当選する。

村上は以後、参議院に4期当選。

当選後、福田派入りを希望するが、自分の派閥を持とうとする玉置と板ばさみになり、結局、無派閥で活動することになる。

(転載ここまで)

彼は政治家になる十年ほど前に「日本を守る会」の国事対策局長に就任しているのですが、この「日本を守る会」がその後、1997年に「日本を守る国民会議」と合併して「日本会議」になったようです。

(以下、こちらから転載)

日本を守る会(にほんをまもるかい)は、1974年から1997年まで存在した日本の民間団体である。

「日本を守る会」は一般的にはほとんど知られていない団体だが、「日本会議」の源流である。

「日本を守る会」が行った主要な活動として、天皇在位50年奉祝行事と元号法制定運動があげられる。

1997年に「日本を守る国民会議」と合併して「日本会議」に改組された。

(転載ここまで)

しかも、この「日本を守る会」は「日本青年協議会」という「生長の家」の学生運動とも連携して、以下のような「元号法制化運動」をしていました。

(以下、こちらから転載)

村上は生政連の国民運動本部長を続けながら、「日本を守る会」事務局メンバーを務め、昭和天皇ご在位五十年の奉祝行事、さらに元号法制化運動に取り組む。

「日本を守る会」とともに元号法制化に取り組んだのが、生長の家学生運動出身者を中心とする「日本青年協議会」(当時、衛藤晟一委員長、椛島有三書記長)で、この動きが後に日本会議の源流となる。村上は椛島と二人三脚でこの運動を進めた。

(転載ここまで)

このように「村上正邦」は「生長の家」とズブズブの関係にあって、ある意味、「政教分離」に違反した人物です。

にもかかわらず、彼はかなり強大な権力をもった大物政治家のようです。

(以下、こちらから転載)

■参議院初の自民党派閥領袖

1998年12月、山崎拓グループ(山崎派)の派閥離脱を受け、渡辺派(政策科学研究所)会長を受け継ぐ。

自民党参院議員で派閥領袖は初。

(その後も番町政策研究所で2015年の山東昭子と2人だけ)。派内の路線対立により清和会(三塚派)から離脱していた亀井静香グループと合流し、1999年3月18日に志帥会(村上・亀井派)を結成した。

同派最高顧問の中曽根康弘元首相の後押しもあり、初代会長を務める。

同年7月、派閥会長の職を退いて自民党参議院議員会長に就任し、「参議院の法王」「参議院の尊師」「村上天皇」と異名を取るほど「参院のドン」として影響力を発揮する。

1999年8月、長年の懸案だった国旗国歌法で、小渕恵三が全体の参議院審議の良好な雰囲気作りや中間政党であった公明党対策などの助言をし、成立にこぎつけた。

1999年11月12日、今上天皇の即位10周年にあたり国立劇場で行われた政府主催「天皇陛下御在位10年記念式典」の後、同日午後から皇居外苑において開催された「天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典」の主催者「天皇陛下御即位10年奉祝委員会」(稲葉興作会長。委員に森喜朗ほか)の委員となり祭典の運営に当たる。

同祭典の第2部「祝賀式典」において奉祝委員会委員を代表して祝辞を述べた。

■五人組談合

2000年4月、村上は、小渕恵三首相危篤の際には、当時、次期総裁の最有力候補と目されていた加藤紘一・山崎拓を差し置く形で五人組と呼ばれる密室談合政治を展開した。

この五人組は森喜朗幹事長、青木幹雄内閣官房長官、村上正邦参議院議員会長、野中広務幹事長代理、亀井静香政調会長だった。

会談中、「あんたがやればいいじゃないか」との村上の発言により、後継総理・総裁に森喜朗が就任することが決まった。 

(転載ここまで)

このように彼は「村上天皇」とまで呼ばれ、かつ小渕恵三首相が危篤になったときには、陰で密かに政治を実質的に動かし、さらには「森喜朗」を首相にまで任命しています。

まさに彼こそが陰の最高権力者と言っても過言ではないぐらいです。

でなければ、「村上天皇」とか「参院のドン」とまで呼ばれることはないでしょうし。

つまり、日本の政治を本当に動かしているのは、この「村上正邦」である可能性が高いということです。

それでは、この「村上正邦」がどんな背景をもった人物なのかというと、実は彼の先祖は「村上水軍」なのだそうです。

(以下、こちらから転載)

(村上正邦は)、1932年、福岡県嘉穂郡に生まれる。 父・要蔵、母・タネヨの次男。両親とも愛媛県西条市の出身であった。

のちに地元の支持者が調べたところによると、先祖は西条藩に仕えた村上四郎左衛門忠朝という人物で、さらにさかのぼると村上水軍に発しているという。

(転載ここまで)

「愛媛県西条市」は、かの「国常立尊」を祀った神社「石鎚神社」がある場所です。

私の住む愛媛県の最高峰「石鎚山」は、JAL123便を撃墜して520人の命を奪った「国常立尊」そのものでした。

では、「村上水軍」がどんな人たちなのかというと……。

(以下、こちらから転載)

村上水軍(むらかみすいぐん)は、日本中世の瀬戸内海で活動した水軍(海賊衆)である。

その勢力拠点は芸予諸島を中心とした海域であり、後に大まかに能島村上家、来島村上家、因島村上家の三家へ分かれた。

彼らの多くは真言宗徒であり、京都などに数多く菩提寺が残されている。

また、今も瀬戸内周辺地域には村上水軍の末裔が多く住む。

(中略)

戦国期には因島村上氏が毛利氏に臣従した。

来島村上氏は河野氏に臣従し、村上通康は越智姓を名乗ることを許された。

能島村上氏は河野氏と友好関係を持っていたが、臣従はしなかった。

その後は中国地方に勢力を張る毛利水軍の一翼を担い、1555年(弘治元年)の厳島の戦い、1561年(永禄4年)の豊前簑島合戦、1567年(永禄10年)からの毛利氏の伊予出兵、1576年(天正4年)の第一次木津川口の戦いなどが知られている。

(転載ここまで)

このように「村上水軍」は「毛利家」と手を組んで、あちこちで戦っていました。

彼らはこれらの戦いにことごとく勝利し、四国地方(愛媛と高知)を平定しました。

さらに「村上水軍」のウィキペディアを見てみると、

(以下、こちらから転載)

これら三つの村上家の起源ははっきりしないが、もともとは一つの家であったという。

その起源として最も有力とされるのが、『尊卑分脈』に記された、河内源氏の庶流信濃村上氏を起源とする説である。

(転載ここまで)

とあります。

では、この「河内源氏」が何者なのかと思って調べてみたら、やはり「清和源氏」でした(笑)。

(以下、こちらから転載)

河内源氏(かわちげんじ)は、河内国(現在の大阪府の一部)に根拠地を置いた清和源氏の一流。

一般的に武士で「源氏」という場合、この系統を指す。

また、「平家」と称される伊勢平氏と併称される場合には源家(げんけ)という呼称も古くは用いられていた。

(転載ここまで)

ということは、「村上正邦」も「清和源氏」の末裔ということになり、「日本会議」を作ったのも「清和源氏」の末裔だということになります。

現在の「日本会議」の懇談会のメンバーには、「安倍晋太郎」「麻生太郎」「谷垣禎一」「石破茂」「小池百合子」など、錚々たるメンバーが顔を揃えています。

日本会議国会議員懇談会 – Wikipedia

言ってみれば、この「日本会議」こそが現代の日本の政治を動かしていると言っても過言ではないわけです。

しかも、この「日本会議」の会長が、田久保忠衛(2016年7月現在)という人物なのですが、彼も「水戸藩士」の家系に生まれたとのこと。

田久保忠衛 – Wikipedia

「水戸藩士」ということは、つまり「徳川家」の家臣ということになりますが、この「徳川家」も「清和源氏」を自称していた戦国武将です。

ということは、この「日本会議」は「清和源氏」を先祖とするメンバーたちでほとんど埋め尽くされている……という可能性が出てきます。

ついでに言っておくと、「毛利元就」の拠点は「安芸の国」、つまり現在の「広島県」です。

「広島」からは被爆二世であるはずの「吉川晃司」や「矢沢永吉」が、五十以上の高齢であるにもかかわらず、今でも元気に歌い踊っています。

そして、このうちの「吉川晃司」が「毛利元就」の子孫であることはすでにお話しました。

RAPT×読者対談〈第119弾〉日本の支配者も有名人もほとんど全員、清和源氏。

こうして見てみると、「矢沢永吉」もやはり「毛利元就」と何らかの関係がある人物なのでしょう。

でなければ、単に歌って踊るだけの高齢のおじさんが、あれほどの人気を維持しつづけられるわけがないからです。

また、「毛利元就」の家臣の一人に「大友宗麟」なる人物がいます。

「毛利元就」はこの「大友宗麟」とタッグを組むことによって、その後「田布施一族」を輩出した「山口県」を平定することになりました。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

フランシスコ・ザビエルと田布施システムの怪。明治維新は「清和源氏」の末裔による権力獲得のためのクーデターでした。

実を言うと、お笑いコンビ「雨上がり決死隊」の「宮迫博之」は、この「大友宗麟」の家臣の子孫なのだそうです。

(以下、こちらから転載)
 
宮迫博之さんのファミリーヒストリーでは、ご先祖がキリシタン大名大友宗麟の家臣だったことが判明しました。
 
そもそも宮迫家は大分県大分市下郡中央の出身。
 
この地には10軒ほどの宮迫家があります。この宮迫家、もともとは大分市下郡神ヶ迫から発祥しました。
 
かつて神ヶ迫には大分社(大分宮・大分大明神・大分神社)という由緒正しい神社がありました。
 
この神社は大分県という県名の由来にもなったという神社で、中世には豊後国(大分県)の一宮(国内で一番格上の神社)として栄えました。
 
この神社の前に山に挟まれた迫地(谷あいの土地)があり、神社(宮)の前にあるので「宮迫」と呼ばれていました。
 
この宮迫の地に住み着いた家が宮迫姓を名乗ったのです。
 
日本人の苗字の由来を調べると80%以上が同一の地名から発祥しています。
 
その苗字の発祥地を探し出すことがルーツ解明の大きな手がかりとなりますが、宮迫家の場合は、この大分社の前にあった 「宮迫」地名が発祥地ということになります。
 
(転載ここまで)
 
しかも、前にもお話しましたが、ジャーナリスト「鳥越俊太郎」も「大友宗麟」の家臣の一人、「鳥越興膳」の子孫を自称しています。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
 
RAPT×読者対談〈第102弾〉天皇の生前退位のカラクリ。
 
「鳥越俊太郎」が癌になった後、彼はがん関連団体の理事長に就任するなどして、「ガン」利権でボロ儲けしています。これについても前にもお話した通りです。
 
RAPT×読者対談〈第119弾〉日本の支配者も有名人もほとんど全員、清和源氏。
 
そして、「宮迫博之」もまた「アフラック」のがん保険のCMに出演して、「ガン利権」でボロ儲けしています。

「宮迫博之」が抗がん剤などは一切打っていない感じがするので、やはり彼が「ガン」に罹ったというのも嘘でしょう。

いずれにせよ、こうして「大友宗麟」の家臣の子孫の2人が、どちらも「ガン」利権でボロ儲けしているということは、やはり現在の「ガン」利権は「毛利家」の関係者に牛耳られていると考えて間違いなさそうです。

また、「広島」といえば「もみじ饅頭」が有名ですが、この「もみじ饅頭」は「宮島(厳島)」の名産品です。

もみじ饅頭 – Wikipedia

では、なぜ「広島」で「もみじ」をかたどった饅頭が作られるようになったのかというと、以下のような2つの説があるようです。

(以下、こちらから転載)

もみじ饅頭を発案した人物は明治後期の厳島(宮島)の和菓子職人、高津常助とされている。

島内の名所・紅葉谷の旅館「岩惣」にはその頃、皇太子である嘉仁親王(後の大正天皇)や大韓帝国皇太子(のちの純宗)・伊藤博文・夏目漱石ら要人が多く投宿していたが、この岩惣に和菓子を納入していた高津は、宿の女将・栄子から「大切なお客様への手土産に、紅葉谷の名にふさわしい菓子が作れないか」と依頼され、試行錯誤の結果1906年(明治39年)に「紅葉形焼饅頭」を完成させた。

4年後の1910年(明治43年)7月18日には商標登録しており、この商標登録証は子孫の元に残っている。

このとき登録された焼き型は「7つの切れ込みのある葉に短い葉柄があり、二頭の鹿を描いた」という凝った意匠であり、今日のもみじ饅頭とは趣が異なるが、しばらくして高津はより現在の形に近い焼き型を使い始め、この型も現存している。

呼び名も、常助の代にはすでに「もみじ饅頭」と呼ばれ始めていたと本人が子孫に語っている。

■伊藤博文の冗談説

もみじ饅頭の起源には伊藤博文がかかわっていたという説があり、今日でも広く流布している。内容は

伊藤博文が岩惣の茶屋で休憩していた折、給仕した娘の手を見て「なんと可愛らしい、もみじのような手であろう。焼いて食うたらさぞ美味しかろう」と冗談を言ったのを岩惣の女将が聞きとめ、饅頭屋がこの話をヒントに考案した。

というものである。伊藤は当時から厳島びいきで知られ、たびたび島に滞在していた上、当時すでに総理大臣を辞して大勲位にあって「女好きの好々爺」というイメージが民衆の間に確立していたことから、この説は広く受け入れられた。

現在でも、大手もみじ饅頭メーカー(例えばやまだ屋:もみじ饅頭の由来)や地元の宮島観光協会(宮島観光協会:もみじ饅頭)が由来として掲げるほど親しまれている説である。

実際にはそのようなエピソードの記録は公式に残っているわけではない。

前述の高津常助はこのあたりの状況を熟知していると考えられるが、伊藤とのつながりを認めたことはない(ただし否定したこともない)。

そのため「茶屋の娘へのお色気冗談」説は、あくまで俗説・噂にとどまる。

ただし高津の和菓子屋「高津堂」は伊藤の定宿である岩惣の門前にあり、取引先の岩惣の依頼でもみじ饅頭を考案したのであって、高津と伊藤が互いを認識していた可能性はある。

またマスコミや記録媒体が発達途上であったこの時代、休暇中の伊藤の冗談まですべて記録することには無理があり、この冗談もすべて創作と断じることはできない。

(転載ここまで)

このように、「宮島(厳島)」は昔から「大正天皇」や「大韓帝国皇太子(のちの純宗)」や「伊藤博文」や「夏目漱石」など、向こう側の人たちにかなり親しまれていたようです。

しかも、「夏目漱石」も「清和源氏」の子孫でしたね。(詳しくはこちら)

「もみじ」といえば「メープル」であり、「メープル」といえば「カナダ」ですね。「カナダ」の国旗には「メープル」が描かれているからです。

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〈カナダの国旗〉

では、「厳島」と「カナダ」に何らかの関係があるのかといえば、恐らくあるに違いありません。

まず「毛利家」の遠い先祖は「アメノホヒ」です。

「明治維新」は北朝から南朝へのすり替えではなく、北朝の国造りのための基礎固めだった可能性大。

「アメノホヒ」といえば「ホピ族」でしたね。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第48弾〉3.11人工地震と福島遷都の謎。

この「ホピ族」はどこからどう見てもモンゴロイド系の人種ですが、カナダにも「イヌイット」なるモンゴロイドの原住民が住んでいます。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第109弾〉カナダは次の秦氏=ロスチャイルドの拠点となる。

つまり、「ホピ族」も「イヌイット」もどちらも同じ「チュルク族」であり、つまりは「出雲族」だということです。

だからこそ、彼らは同じメープルを自分たちのシンボルとして使っているのかも知れません。

ただし、「もみじ饅頭」が本当に「もみじ」をかたどったものなのかどうかも、実のところ私はかなり半信半疑です。

というのも、この「もみじ饅頭」の形が、イルミナティどもの愛用している「大麻」ととてもよく似ているからです。

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〈もみじ饅頭〉

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〈大麻〉

とすると、もしや「カナダ」の国旗も実は「メープル」ではなく、大麻か何かをかたどったものではないか……という疑いが出できますが、まあ、これについては今回は触れないでおきましょう。

とにかく「宮島(厳島)」といえば、「聖徳太子」や「平清盛」といった「秦氏」ととても縁の深い場所です。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

「聖徳太子」も「平清盛」もゾロアスター教徒であり、ロスチャイルドの先祖です。

だからこそ、「秦氏」である「大正天皇」からも大いに親しまれたわけでしょう。

しかも、「毛利家」は「島津家」と組んで、「秦氏」としての立場で明治維新を行いました。

だから、「毛利家」の血を引いた人々の中には自らのことを「秦氏」であると認識している人が数多くいるに違いありません。

実際、「広島」を拠点とするプロ野球チーム「広島東洋カープ」も真っ赤です。

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〈広島東洋カープ〉

ちなみに、「広島東洋カープ」の帽子には「6」を意味する「C」が堂々と書かれています。見方によっては「目」にも見えますね。(「c」が「6」を意味する理由はこちら)

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しかし、「毛利家」はもともと「清和源氏」の血を引いているので、「毛利家」の関係者の中には、自らのことを「秦氏(平家)」と自覚している人たちと、「源氏」と自覚している人たちと、その両方が入り混じっているのでしょう。

だからこそ、「岩崎弥太郎」は「秦氏」として明治維新に加担し、「真っ赤」なロゴマークの「三菱財閥」を創業したにもかかわらず、その後、「出雲族」へと転身してしまったのかも知れません。

坂本龍馬を暗殺した犯人は「三菱」関係者である可能性大。

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〈三菱のロゴマーク〉

要するに、「毛利家」には明確なアイデンティティーがないということです。

ちなみに、「岩崎弥太郎」は「毛利家」の拠点であった「安芸の国(広島)」と同じ名を冠した、高知県の「安芸郡」という場所で生まれています。

この「安芸郡」という名前は、戦国武将「安芸氏」がその土地を支配していたことに由来があるようです。

安芸氏 – Wikipedia

一方、広島が「安芸国」と呼ばれているのは、単に「阿岐国」が「安芸国」になっただけのことで、「安芸氏」とは全く関係がないとのこと。

(以下、こちらから転載)

(質問)安芸市について

旧国名で「安芸」といえば、現在の広島県のことを指すのに、安芸市が高知県にあるのはなぜですか?

お互い、過去に何かしらの関係があったのですか?

■ベストアンサーに選ばれた回答

1954年(昭和29年)8月1日、安芸郡安芸町・伊尾木村・川北村・東川村・畑山村・井ノ口村・土居村・赤野村が合併し市制施行し、安芸市としました。

鎌倉時代の延慶元年(1308)安芸親氏がここに築城したと言われています。

戦国時代の末、四国統一の軍を進める長宗我部元親との戦いに敗れた城主、安芸国虎は自決、安芸城は炎上しました。

現在は城内に残る井戸や周囲の土塁・濠・大手の桝形の石組みなどが残っています。 これが、安芸の由来のようです。

広島県の安芸の国は、古くは阿岐と書いた。

7世紀に阿岐国造の領域に安芸国が設置された。

『古事記』に、阿岐国と記載。 吉本姓の発祥の地である。ということで、お互い関連はないようです。

(転載ここまで)

しかし、多分、これも嘘でしょう。

でなければ、どうして「安芸郡」から出た「岩崎弥太郎」が、「安芸国」の「毛利氏」に与して明治維新を起こしたのか、その理由がきちんと説明できません。

たまたま「岩崎弥太郎」が高知からポンと出てきたわけではなく、「毛利家」の後ろ盾があったからこそ、彼の創業した「三菱財閥」はあれほど巨大な財閥へと発展を遂げたに違いないのです。

第一、どうしていきなり高知県の「坂本龍馬」が、いきなり「薩長同盟」の仲介に入ったのか……?

「毛利元就」が「村上水軍」とともに高知(土佐)を平定したときから、高知県は「毛利家」と深いつながりを持つようになっていたわけです。

第一、どうして「阿岐国」を「安芸国」と漢字を変えたのか、その理由がいまいち理解できませんし。

また、「広島」といえば、自動車会社の「マツダ」が有名ですが、「マツダ」の現在のロゴマークはこれですね。

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一応、表向きには「マツダ」の頭文字「M」をロゴにしたという話になっているのでしょうが、「マツダ」がゾロアスター教の「アフラマツダ」に由来があるということは、やはりこのロゴにも何かしら悪魔的な意味が隠されているに違いありません。

では、それは一体何なのか。

そう思って調べてみると、このロゴが「サタン」のマーク「コルナ」を意味している疑いが出てきました。

(以下、こちらから転載)

コルナ (corna) はジェスチャーのひとつで、人差し指と小指を立てて中指と薬指をたたみ、そこへ親指を添えるジェスチャーである。

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地中海諸国では侮辱的な意味を持つ。このジェスチャーの起源は古代ギリシアまで遡るとされている。

コルナは、イタリア語で角(つの)を意味する。

このジェスチャーには悪運や邪視を祓う意味もあるほか、サタンやサタン崇拝とも関連性がある。

コルナはしばしばアメリカ手話の“I Love You”(愛してる)と混同されるが、これは親指も立てる点で異なる。

また、ハワイなどで使われている挨拶のジェスチャー“シャカ・サイン”は親指と小指のみを立てるものであり、これも異なるものである。

電子メールやインスタントメッセンジャーで使われるアスキーアートは以下の3つが一般的。

\m/ (バックスラッシュ、小文字のエム、スラッシュ)
\,,/ (バックスラッシュ、コンマ、コンマ、スラッシュ)
lml (小文字のエル、小文字のエム、小文字のエル)

(転載ここまで)

確かによく見ると、「マツダ」のロゴマークは「コルナ」そのものです。

いずれにせよ、「マツダ」の拠点が「広島」で「アフラマツダ」を崇めているということは、やはり「マツダ」も「毛利家」と深いつながりがあるということでしょう。

また話は変わりますが、小説家「大江健三郎」がノーベル文学賞を受賞したことは、多くの皆さんがご存知のことと思います。

大江健三郎 – Wikipedia

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〈大江健三郎〉

実はこの「大江健三郎」も、「毛利家」が平定した「愛媛県」の出身です。

しかも「大江」という名字は「毛利氏」の本姓にあたります。

(以下、こちらから転載)

毛利氏(もうりし)は、日本の武家の氏族で、本姓は大江氏。家紋は一文字に三つ星。

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〈一文字に三つ星〉

(転載ここまで)

この「大江健三郎」の後期の傑作とされているのが「燃えあがる緑の木」という小説です。

またしても「緑」です。

「燃え上がる」という表現も「拝火教(ゾロアスター教)」をなんとなくイメージさせます。

しかも、ドルイドを匂わせる「森」を舞台とし、さらには性転換者が主人公で、キリスト教を冒涜したような宗教的な内容になっています。

(以下、こちらから転載)

『燃えあがる緑の木』(もえあがるみどりのき)は、大江健三郎の小説。著者の故郷である四国の森を舞台に、新興宗教めいた動きを描いた大江の最も長い長編小説である。

文芸誌『新潮』1993年9月号より連載され、1995年に完結し、新潮社より刊行された。

『燃えあがる緑の木』は全3部からなり、それぞれに第一部「「救い主」が殴られるまで」、第二部「揺れ動く(ヴァシレーション)」、第三部「大いなる日に」というタイトルが付されている。

第二部発表後、大江はノーベル文学賞を受賞した。また完結直後にオウム真理教地下鉄サリン事件が起き、予言的作品ともされた。

また大江はこの作品の完結後、「最後の小説」としていたが、1996年、友人・武満徹の告別式において新作を捧げる発言をし、1999年の『宙返り』で執筆活動を再開した。

■三部書誌
第一部 「救い主」が殴られるまで 『新潮』1993年1月、同年11月単行本、1997年12月新潮文庫 
第二部 揺れ動く 『新潮』1994年6月、同年8月単行本、1998年1月新潮文庫 
第三部 大いなる日に 『新潮』1995年3月、同月単行本、1998年3月新潮文庫

■登場人物

・サッチャン 語り手 もとは男だったのが「転換」をへて半陰陽となった若者
・ギー兄さん(あとの)伯父Kの友人の外交官(総領事)の息子、1953年ころの生まれ。千葉大学へ入るが左翼活動の内ゲバのため退学、のち東大農学部を卒業し、海外から戻ってき、オーバーの指名で、さきのギー兄さん(『懐かしい年への手紙』)の跡継ぎとなり、「救い主」と呼ばれる。
・オーバー(祖母)村の長老的女性。オーバーの死から物語が始まる。
・アサ 50代の女性。小説家の伯父Kの妹。

(転載ここまで)

どうしてこんな作家がノーベル賞を受賞したのか、受賞当時はさっぱり理解不能でしたが、こういう作家だからこそノーベル賞を受賞できたわけです。

やはりこの「大江健三郎」もまた「毛利家」に深いゆかりのある人物なのでしょう。

しかも、「毛利家」の人たちはなぜか「緑」を重要視しているように見えます。

ちなみに、「毛利元就」が平定し、かつ「村上正邦」や「大江健三郎」を生んだ「愛媛県」のホームページも今や「緑」です。

愛媛県庁公式ホームページ

ということで、ここでまた話を「稲田家」に戻します。

この「稲田家」について調べてみたところ、「稲田家」は淡路島の領有権をめぐる争いで「蜂須賀家」に敗れました。この争いを「稲田騒動」と呼ぶそうです。

その結果、「稲田家」の一部の人たちは、北海道の開拓のために「静内」に左遷されています。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

庚午事変(稲田騒動)

(以下、こちらから転載)

明治3年5月13日の早朝、徳島県知事、稲田九郎兵衛邦植とともに上京の折、蜂須賀家臣ら洲本在住の徳島藩青年武士800人、銃士100人と銃卒4個大隊、砲4門からなる部隊が、洲本下屋敷町の家老稲田邦植の別邸や益習館(稲田家の学問所)、宇山の稲田武山邸や市中の稲田家臣の屋敷を襲い、無抵抗の者を殺傷し、火を放った。

これによる稲田家側の被害は、自決2人、即死15人、重傷6人、軽傷14人、別 邸や益習館などが焼失と多数に及んだ。この年は庚午の年であったことから、庚午事変とも呼ばれている。

ことの起こりは、明治維新に伴なう禄制改革で稲田氏の家臣を士族とするか卒族とするかという、武士の身分問題、そして経済問題であった。

江戸時代の淡路は、阿波の蜂須賀氏の支配下にあり、洲本には家老の稲田氏が派遣されていた。

この稲田氏は単なる家老ではなく、蜂須賀氏との間には次のようないきさつがあったといわれる。

蜂須賀氏の祖である小六正勝と稲田氏の祖の植元の間には義兄弟の約束が結ばれ、ともに豊臣秀吉のために戦った。

蜂須賀氏が龍野5万3千石の領主になったとき、稲田氏にも河内2万石を与えようという話もあったが、稲田氏は客分として蜂須賀氏にとどまったという。

このため蜂須賀氏が、阿波・淡路の領主になると、1万4千5百石という大名並みの知行地をもらい、多数の家来を抱えて、洲本城代や淡路仕置職に度々任じられた。

稲田氏は、豊かな経済力をもち、また公卿とも縁組みをするなど、その地位 は高かった。

幕末には、蜂須賀氏が公武合体派であったのに対し、稲田氏とその家臣は積極的に尊王攘夷派の運動に参加していった。

このようなことから稲田氏の家臣は、蜂須賀氏の家臣から陪臣として軽蔑されながらも、一種の誇りをもっていた。

明治政府は、明治2年に武士の身分を士族と卒族に分け、禄高もこの身分に応じて減らすこととした。

稲田家当主は、一等士族として最高の千石給与となったが、稲田家家臣は陪臣のため卒族にされることとなった。

卒族では藩から僅かな手当てが与えられるだけなので、将来の生活に対する不安は大きかった。また、稲田家との主従関係が断ち切られることに対する不満も強かった。

稲田家臣は、三田昂馬を中心として、士族への編入を嘆願するとともに、稲田家の分藩独立運動をおこした。

このような稲田家の動きが、蜂須賀本藩一部の家臣の激しい怒りをかい、平瀬伊右衛門・大村純安・多田禎吾ら洲本在住の一部過激派の決起となったのである。

阿波でもその日、本藩藩士の不穏な動きがあったので、脇町近辺在住の家臣の中には高松藩領へ逃げ込んだ者も多かった。

この事件に対する中央政府からの処分は予想以上に厳しく、徳島藩側主謀者10人がうち首(のちに切腹)、八丈島への終身流刑27人、その他禁固、謹慎など多数に至るに及んだ。

一方、稲田家側は、10月15日、朝廷から主人の稲田邦植以下、家臣全員に北海道の静内郡と色丹島(後に返上、現北方領土)への移住開拓が申しされ、翌年日高国静内へと移っていった。

今日名馬の産地として有名な静内の丘の上には開拓100年を記念して彼らの苦闘を語る大きい記念碑が建てられている。 

(転載ここまで)

「静内」というのは「襟裳岬」にあります。

静内町 – Wikipedia

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〈静内町〉

「襟裳岬」といえば、「ネオ河豚計画」とも言える「ユダヤ人移住計画」の受け入れ先として予定されている場所です。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

ジョン・タイターの予言は既に着々と実現しています。「蝦夷共和国」はユダヤ人を北海道に移住させる「河豚計画」の一環として誕生する予定です。

ということは、「ユダヤ人移住計画」を実行し、かつ北海道に「蝦夷共和国」を建国しようとしている真の黒幕は、「稲田家」ではないかとも考えられます。

しかも、「静内町」の提携都市を見てみると、以下の通りです。

(以下、こちらから転載)

■海外
姉妹都市
アメリカ合衆国の旗 レキシントン市(アメリカ合衆国、ケンタッキー州)

■国内
友好都市
兵庫県 洲本市
兵庫県 南あわじ市
徳島県 美馬市

(転載ここまで)

アメリカのレキシントン市はともかく、「静内町」の友好都市はすべて「稲田家」と関係のあるものばかりです。

これだけ見ても、「蝦夷共和国」に「稲田家」がいかに深く関わっているかが見て取れるというものです。

ちなみに、「静内町」のウィキペディアの記事をよく見てみると、町の木が「エゾヤマザクラ」で、町の花が「エゾヤマツツジ」となっています。

では、「エゾヤマ」とは何かと思って調べてみると、どうやら北海道にある富士山そっくりの山のようです。

(以下、こちらから転載)

富士山といえば、整った円錐形で、頂上に火口があるのが特徴です。

その富士山に最も似た○○富士(郷土富士)はどこなのでしょうか。

山と渓谷社発行の『山と渓谷2016年1月号』は、5つの指標を基に独自に分析した「ふるさと富士山度ランキング」を発表。

それによると、羊蹄山(蝦夷富士)が「全国で最も富士山に似た山」であることが判明しました。

■蝦夷富士(羊蹄山)

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〈蝦夷富士〉

北海道のふるさと富士山といえばこれ、支笏洞爺国立公園内にある蝦夷富士こと羊蹄山です。

倶知安町、ニセコ町、京極町、喜茂別町、留寿都村、真狩村に囲まれた独立峰は、北海道で最も富士山に姿かたちが似ている山といわれています。

その理由の一つは傾斜角。山と渓谷社によると富士山の傾斜角が28度なのに対して、羊蹄山は27度とほぼ同じ。どの角度から見ても整った円錐形はプロでも見間違うほどそっくりなのだそう。

また、山頂火口の直径距離約700m、深さ約200mというサイズは、富士山とほぼ同じです。

標高は3,775mと1,898mで大きく違いますが、富士山に似たところが幾つもあるのが蝦夷富士なのです。

(転載ここまで)

恐らく「稲田家」の人々は、この「蝦夷富士」を「富士山」の代わりに聖なる山として拝んでいたわけでしょう。

しかも、「静内」という町名の由来は、

アイヌ語の「スッナイ」(祖母の沢)もしくは「ストゥナイ」(ぶどうづるの沢)といわれる、

とウィキペディアには書かれてあります。

ここまでもまた「アイヌ」が出てきました。アイヌは「出雲族(清和源氏)」と完全なつながりがありましたね。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

RAPT×読者対談〈第105弾〉関ヶ原の戦いより千年前に起きた天下分け目の戦いの真相。またはカタカムナと安倍晋三の深いつながり。

「蝦夷共和国」は過去に一度、実際に建国されたことがあって、このときの「蝦夷共和国」のトップ(総裁)が「榎本武揚」という人物です。

榎本武揚 – Wikipedia

(以下、こちらから転載)

榎本 武揚(えのもと たけあき、1836年10月5日(天保7年8月25日) – 1908年(明治41年)10月26日)は、日本の武士(幕臣)、化学者、外交官、政治家。海軍中将、正二位勲一等子爵。通称は釜次郎、号は梁川(りょうせん)。

榎、釜を分解した「夏木金八(郎)」という変名も用いていた。なお、武揚は「ぶよう」と故実読みでも呼ばれた。

伊能忠敬の元弟子であった幕臣・榎本武規(箱田良助)の次男として生まれる。

昌平坂学問所、長崎海軍伝習所で学んだ後、幕府の開陽丸発注に伴いオランダへ留学した。

帰国後、幕府海軍の指揮官となり、戊辰戦争では旧幕府軍を率いて蝦夷地を占領、いわゆる「蝦夷共和国」の総裁となった。

箱館戦争で敗北し降伏、東京・辰の口の牢獄に2年半投獄された。

(転載ここまで)

しかし、見ての通り、彼はその後、「箱館戦争」で新政府軍(明治政府)と戦って敗れてしまいました。

そして、この「箱館戦争」は、北海道の「五稜郭」を舞台にして戦ったため、「五稜郭の戦い」とも呼ばれています。

(以下、こちらから転載)

箱館戦争(はこだてせんそう、慶応4年/明治元年 – 明治2年(1868年 – 1869年))は、戊辰戦争の局面のひとつで、新政府軍と旧幕府軍との最後の戦闘である。

旧幕府軍の蝦夷地での根拠地から五稜郭の戦いとも呼ばれる。

この戦いの最中に干支が戊辰から己巳に替わったことから、己巳の役(きしのえき)と呼ばれることもある。

(転載ここまで)

「五稜郭」というのが、まさに「緑の星」なのです。

五稜郭 – Wikipedia

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〈五稜郭〉

たまたま「緑」を植えただけなのか、それとも意図的に「緑」を植えたのかは分かりません。

しかし、ここで「緑」が出てくるのは、偶然にしてはあまりにも偶然がすぎます。

しかも、その形が悪魔の紋章「五芒星」。

よくよく調べてみると、この「緑の星」にはちゃんとした意味がありました。

なんとこの「緑の星」は、「人工言語エスペラント」のシンボルマークなのだそうです。

エスペラント – Wikipedia

(以下、こちらから転載)

緑の星(みどりのほし)はさまざまな組織のシンボルマークとして用いられる。

ここではエスペラントのシンボルマークである五芒星について解説する。

緑の星はエスペランティストの使う旗(緑星旗)やバッジ(緑星章)に使用される。

緑は希望を、五つの先端は五大陸を表す。

(転載ここまで)

以下、「エスペラント」についての解説です。

(以下、こちらから転載)

エスペラント(Esperanto)とは、ルドヴィコ・ザメンホフが考案した人工言語。

母語の異なる人々の間での意思伝達を目的とする、いわゆる国際補助語としては最も世界的に認知され、普及の成果を収めた言語となっている。

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エスペラントを話す者は「エスペランティスト」と呼ばれ、世界中に100万人程度存在すると推定されている。

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〈エスペラントの使用状況〉

当初は特別な名称を持たなかった(単に「国際語」とされていた)が、創案者のラザロ・ルドヴィコ・ザメンホフが「エスペラント博士(Doktoro Esperanto)」というペンネームを使って発表したため、しだいにこの名で呼ばれるようになった(「エスペラント博士の国際語」と呼ぶのは面倒)。

この「エスペラント」とはエスペラントの単語で「希望する者」という意味である。

ザメンホフは、帝政ロシア領(当時)ポーランドのビアウィストク出身のユダヤ人眼科医で、1887年7月14日にUnua Libro(最初の本)でこの言語を発表した。

ザメンホフは世界中のあらゆる人が簡単に学ぶことができ、世界中で既に使われている母語に成り代わるというよりは、むしろすべての人の第2言語としての国際補助語を目指してこの言語をつくった。

現在でも彼の理想を追求している使用者が多くいる一方、理想よりも実用的に他国の人と会話するためや、他の国や異文化を学ぶためのものと割り切って使っている人もかなりいる。

今日では異なる言語間でのコミュニケーションの為の他、旅行、文通、国際交流(文化交流の場合が多い)、ラジオ(インターネットラジオも含む。無線の場合、短波が多い)、インターネットテレビなど様々な分野で使われている。

英語を国際共通語として当然視してしまう姿勢への対抗的姿勢が、とって代わるべき国際補助語としてこのエスペラントを持ち出すこともあった。

中国語では「世界語」と呼ぶ。

今後は翻訳ソフトの精度向上によってその内部の理論に使われたり、実生活で直接見聞きする割合が変化する可能性がある。 

(転載ここまで)

この「エスペラント」を作ったのが「ユダヤ人」で、「蝦夷共和国」に移住してくるのも「ユダヤ人」。

しかも、「エスペラント」のシンボルマークが「緑の星」で、「蝦夷共和国」のトップ「榎本武揚」が自らの本拠地としたのも「緑の星」の形をした「五稜郭」。

これが単なる偶然とは思えません。

恐らく日本を支配している「清和源氏」はこの「エスペラント」を使って互いに意思疎通しあっているのでしょう。

そうすれば、外部の人たちに自分たちの秘密の計画がバレないように、身内同士で互いに意思疎通し合うことができるからです。

こうして見てみると、現代の日本を支配しようとしている「緑」の勢力は、この「エスペラント」に深い関わりがあると考えて間違いなさそうです。

ちなみに、「稲田朋美」と「谷口雅春」は以下のように面影がそっくりでした。

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〈稲田朋美(左)と谷口雅春(右)〉

「谷口雅春」の妻「谷口輝子」もまた見方によっては「稲田朋美」ととてもよく似ています。

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〈稲田朋美(左)と谷口輝子(右)〉

「稲田朋美」の様々な写真を見てみましたが、やはり「谷口輝子」ととてもよく似ています。

というか、見れば見るほどよく似ています。正直、あまりにそっくりなので、背筋が寒くなりました。

ということは、「稲田朋美」は「谷口雅春」の隠し子ではなく、実の子供だということになります。

しかし、「谷口雅春」の実の娘が総理大臣になる、ということになれば、「政教分離」の原則に反してしまうので、彼らはこれまで「稲田朋美」の素性をずっと隠しつづけてきたのかも知れません。

あるとき突然、「稲田朋美」を日本初の首相として華々しく登場させ、「谷口雅春」の望んだ「人間の霊魂進化にとって最高の宗教的行事」である「戦争」を実行に移すつもりなのかも知れません。

しかし、残念ながら、 RAPTブログがまたしても彼らの計画を事前に暴いてしまいました。

なので、いずれ「稲田朋美」が本当に首相になったら、日本国民の注目がこのブログに集まり、「清和源氏」の末裔たちの計画が広く知れ渡ってしまいます。

そうすると、多くの国民(というか、ほとんど全ての国民)がその計画を阻止しようと、徹底的な抗戦を仕掛けるに違いありません。

ちなみに、「生長の家」の二代目の教祖「谷口清超」もまた、毛利元就の拠点であった「広島」の出身でした。

谷口清超 – Wikipedia

やはり「生長の家」も「毛利家」と深い関わりがありそうです。

しかも、こうして見てみると、今や「生長の家」こそが日本の支配権を握りつつあると考えてもいいような気がします。

ここ最近、急激に「創価学会」の勢いが衰えているように見えるのも、実は「生長の家」がメキメキと実力をつけ、「創価学会」を蹴落としているからかも知れません。

ということで、次回はさらなる衝撃の事実が明らかになります。どうぞご期待ください。

RAPT×読者対談〈第122弾〉現代日本の支配構造は、安土桃山時代と全く同じ。

今現在、この日本は「緑」の勢力が支配しようとしていますが、前回の対談では、この「緑」の勢力が「清和源氏」の末裔であり、人工言語「エスペラント」を使って意思疎通している可能性が高い、というお話をしました。

そして、この「エスペラント」は、かの悪魔教である「大本教」も一生懸命に普及しようとしているようです。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

90年の歩み of 大本公式サイト【日本語】

「出口王仁三郎」といえば、「満州」を建国しようと最初に提言した人物です。

RAPT×読者対談〈第106弾〉出口王仁三郎と日本軍による世界征服計画とその失敗。

「満州」にユダヤ人を移住させようという「河豚計画」が失敗したため、「出口王仁三郎」の後継者たちは、今度は北海道に「蝦夷共和国」を作り、そこにユダヤ人を移住させようと計画しています。

そして、この「蝦夷共和国」は過去に一度だけ誕生したことのある国家ですが、このときの総裁だった「榎本武揚」は「五稜郭」を拠点としていました。

「五稜郭」が「緑の星」の形をしていて、「エスペラント」のシンボルマークもまた同じく「緑の星」……。

というのが、前回までのお話です。

今回の話はその話の続きになりますので、前回の記事をまだ読んでいない方は、先ずはそちらからお読みください。

先ず、「エスペラント」の日本語の教科書を最初につくったのが「二葉亭四迷」なのだそうです。

(以下、こちらから転載)

最初のうち、エスペラントの話者どうしの交流の手段としては、

文通か雑誌『La Esperantisto』程度しかなかった。

(1889年から1895年まで発行)

1905年までに17のエスペラント関係の雑誌が発行された。

活動は最初ロシアや東ヨーロッパに限られていたが、次第に西ヨーロッパやアメリカ、アジアに広がっていった。

日本では1906年に二葉亭四迷が日本最初のエスペラントの教科書『世界語』を著した。

(転載ここまで)

「二葉亭四迷」の父親は「尾張藩士」だったようです。

(以下、こちらから転載)

江戸市ヶ谷合羽坂の尾張藩上屋敷に生れた(異説あり)。

父・尾張藩士・長谷川吉数は鷹狩り供役を勤める。

母は志津。

祖父・辰蔵の名を取って、辰之助と名づけられた。

(転載ここまで)

「尾張藩」といえば「徳川御三家」であり、江戸時代には最高の格式を持っていました。

尾張藩 – Wikipedia

「徳川家」もまた「清和源氏」と自称していたわけですから、「二葉亭四迷」も「清和源氏」の関係者ということになります。

また、「エスペラント」の普及に貢献した日本人が、五千円札の印刷されている「新渡戸稲造」なのだそうです。

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(以下、こちらから転載)

1905年以降、世界エスペラント大会は二つの世界大戦の間を除き、毎年開催されている。

1920年代、国際連盟の作業言語にエスペラントを加えようという動きがあった。
 
イギリスのロバート・セシルや日本の新渡戸稲造をはじめ10人の各国代表者が賛同したが、フランスの代表者ガブリエル・アノトーの激しい反対にあい、実現しなかった。
 
フランス語は英語に国際語の地位を脅かされつつあり、エスペラントを新たな脅威とみなしていたからである。
 
(転載ここまで)
 
「新渡戸稲造」というと「武士道」というイメージがありますが、はっきり言って、日本人のほとんど誰も「武士道」など読んだことがないはずです。
 
にもかかわらず、なぜ「新渡戸稲造」が五千円紙幣にデカデカと印刷されているのか。
 
今の今までこれはずっと大いなる謎でしたが、彼が「エスペラント」の普及に尽力したため、その功績が「清和源氏」の末裔たちから讃えられているのでしょう。
 
ちなみに、かの「佐野千遥」氏をはじめ、向こう側の人々の多くがこの「新渡戸稲造」の「武士道」の精神を推奨しています。
 
私のブログのコメント欄にも、昔はよく「武士道」を賞賛する人が現れましたが、彼らも皆、この「緑」の勢力の一員だったわけです。
 
また、過去には「二千円札」が出回りましたが、これもよくよく考えてみると、「源氏物語」の作者である「紫式部」が印刷されていましたね。

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当時はなぜ「紫式部」が急にお札に印刷されたのか不思議でなりませんでしたが、「清和源氏」の末裔たちが現在の日本を支配している以上、「紫式部」が持ち上げられるのは当然のことだったわけです。
 
「新渡戸稲造」もその出自を調べてみると、ウィキペディアにはこう書かれてありました。
 
(以下、こちらから転載)
 
陸奥国岩手郡(現在の岩手県盛岡市)に、藩主南部利剛の用人を務めた盛岡藩新渡戸十次郎の三男として生まれる。
 
(転載ここまで)
 
「陸奥国」といえば「奥州」で、「奥州」に古くから住み着いているのも「源氏(出雲族)」でしたね。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
 
RAPT×読者対談〈第105弾〉関ヶ原の戦いより千年前に起きた天下分け目の戦いの真相。またはカタカムナと安倍晋三の深いつながり。
 
しかも、「新渡戸稲造」の父親は「南部氏」の用人を務めていたとありますが、この「南部氏」もまた実は「清和源氏」の末裔です。
 
(以下、こちらから転載)
 
南部氏(なんぶし)は、陸奥の武家で本姓は源氏。
 
本貫地は甲斐国南部郷で家祖は南部光行。
 
南部氏初代の光行は、平安時代に活躍した清和源氏の一流である河内源氏 源義光や、その孫で平安時代末期に活躍した黒源太清光、その子である甲斐源氏・加賀美遠光の子孫である。
 
(転載ここまで)
 
つまるところ、「新渡戸稲造」も「清和源氏」と深い関係があったわけです。
 
これにて「エスペラント」と「清和源氏」が完全に一つの線で結ばれてしまいました。
 
恐らく世界に「エスペラント」を普及させようとしているのは、この「清和源氏」のメンツに違いありません。
 
世界で最も大きな「エスペラント」の組織「世界エスペラント協会」は、「国連」と「ユネスコ」と協力関係にあるとのこと。
 
(以下、こちらから転載)
 
エスペラントを公用語としている国は存在しない。
 
20世紀初頭には、ベルギーとドイツの国境付近に存在した中立地帯モレネの公用語をエスペラントにする案が提案されたこともある。
 
1968年にアドリア海上に石油プラットフォームに似た人工島をつくって独立宣言した自称国家であるローズ島共和国はエスペラントを公用語として採用したが、翌年にはイタリア海軍により爆破され消滅した。
 
非政府組織、特にエスペラント関係団体などでは作業語として使われている。
 
最も大きいエスペラントの組織、世界エスペラント協会(UEA)は、NGOの一つとして国連とユネスコと協力関係にある。
 
(転載ここまで)
 
そして、「国連」も「ユネスコ」もどちらもそのロゴマークは「青=出雲族」です。

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〈ユネスコのロゴマーク〉

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〈国連のロゴマーク〉

恐らく「出雲族」は「エスペラント」を共通語として世界に普及させ、世界統一「NWO」を実現させようとしているに違いありません。

実際、「エスペラント」のシンボル「緑の星」は、「緑は希望を、五つの先端は五大陸を表す」そうですし、まさに「NWO」を仄めかしているとしか言いようがありません。。(出典はこちら

また、「南部氏」の初代の人物は「甲斐源氏」の子孫であると書かれてありますが、「甲斐源氏」とは何者かと思って調べてみると……、

(以下、こちらから転載)

甲斐源氏(かいげんじ)は、甲斐国に土着した清和源氏の河内源氏系一門で、源義光(新羅三郎義光)を祖とする諸家のうち武田氏をはじめとする、甲斐を発祥とする諸氏族の総称。

同じ義光を祖とする佐竹氏(常陸源氏)や平賀氏(信濃源氏)とは同族である。

また、武田氏と同祖となる加賀美氏流の小笠原氏系統は早い時期に隣国信濃に移ったため、信濃源氏にも含まれる。

(転載ここまで)

「甲斐国(山梨県)」と「信濃国(長野県)」に深く関係のある一派のようです。

また、「南部氏」の中には、「南部行信」や「南部利直」など、「信濃守」なる要職に就き、「信濃」を統治していた人物もいます。

南部行信 – Wikipedia

南部利直 – Wikipedia

しかも、「日本会議」の生みの親「村上正邦」の祖先である「村上水軍」も、「信濃村上氏」を起源にしていましたね。

村上水軍 – Wikipedia

信濃村上氏 – Wikipedia

「信濃」といえば「八ヶ岳」が有名ですが、この「八ヶ岳」は「信濃(長野)」と「甲斐(山梨)」の二県にまたがっています。

まさに「甲斐源氏」の領地です。

そして今、この「八ヶ岳」には「生長の家」が巨大な宗教施設を建てています。

(以下、こちらから転載)

山梨県北西部に位置する北杜市(ほくとし)の八ヶ岳南麓に日本初のゼロエネルギービルが誕生した。

東京原宿にあった宗教法人生長の家・国際本部が2013年10月に移転開所した“森の中のオフィス”である。

基本構想は野沢正光建築工房、設計監修が明豊ファシリティワークス株式会社、設計施工は清水建設株式会社。

今年4月、施工者の清水建設が第23回地球環境大賞の国土交通大臣賞を受賞している。

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〈森の中のオフィス〉

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〈森の中のオフィスの空撮〉

山梨県北杜市には3つの日本一がある。年間2,500時間以上の日照時間日本一。

3つの「名水百選」とミネラルウォーター生産量日本一の名水の里。

そして、日本の国蝶オオムラサキの生息日本一である。

そんな太陽と水と緑に恵まれた北杜市大泉町の森の中に、生長の家“森の中のオフィス”が誕生した。

目印としては、俳優の柳生博さんが開いたレストラン&ギャラリー「八ヶ岳倶楽部」がある。

その道を挟んで向かい側の森の中。木造2階建ての建物としては高いが、高さは12.6mなので、まわりの木々に隠れて道路からは見えない。

周りの樹木の高さを超えない。

これは、自然生態系との調和を考えた建築に欠かせない配慮だ。

都市の環境配慮ビルなるものが、その高さを競っているのは、欺瞞的で醜悪だ。

日本の樹木の高さは高木でもせいぜい30~40m。

日本で環境配慮を標榜するなら、電波塔など特殊な機能をもつ建物や象徴的なランドマーク以外はその地域の高木以下の高さにすべきだ。

そうすれば、生態系や景観への影響も少なくなり、風の道も確保され、ヒートアイランド現象も緩和されるはずである。

また“森の中のオフィス”は、敷地面積72,589㎡、延床面積8,154㎡に及ぶが、オフィスに農事倉庫やエネルギー棟を加えて9つの棟に分かれており、それぞれ日照や通風を考慮して一定の距離を保って配置されている。

高さにおいても、配置においても周りの森に調和する配慮がなされている。

(転載ここまで)

「森」を大事にしているところが、なんとも「ドルイド」的です。
 
しかも、「生長の家」といえば「谷口雅春」で、「谷口雅春」のお陰で「村上正邦」は政治家になることができたわけですし、「稲田朋美」も「谷口雅春」の娘である疑いがある……。
 
しかも、「東出融」氏は過去の私との対談の中で、「イルミナティが世界の宗教を一つにして、八ヶ岳に巨大な宗教施設を建てようとしている」という話をしていましたが、実はこの「森の中のオフィス」こそが、その悪魔教の宗教施設なのかも知れません。
 
表向きは「生長の家」の宗教施設を装い、その実、世界中の「出雲族」のVIPたちがこの施設で密かに悪魔崇拝の儀式を行うつもりではないでしょうか。
 
もっとも、この件については、この後、さらに驚くべき発見をしましたので、いずれ近いうちにその驚くべき詳細を皆さんにお知らせしたいと思います。
 
また、「南部氏」は「豊臣秀吉」の小田原征伐にも加担しています。
 
(以下、こちらから転載)
 
天正18年(1590年)、南部氏第26代当主である南部信直は八戸直栄を随伴し兵1000を率いて、豊臣秀吉の「小田原征伐」に参陣する。
 
これは八戸政栄(直栄の父)が、根城南部氏が三戸南部氏の「付庸」であることを認めて自らの小田原参陣を諦め、領内で対立する九戸政実や大浦南部氏への牽制を委ねることができたからである。
 
信直はそのまま奥州仕置の軍に従軍し、秀吉から宇都宮において、7月27日付で南部の所領の内7ヶ郡(糠部郡、閉伊郡、鹿角郡、久慈郡、岩手郡、紫波郡、そして遠野保か?)についての覚書の朱印状を得る。
 
(転載ここまで)
 
小田原といえば、当時の「相模国」にあたる地域ですが、この「相模国」にはもともと「毛利家」も住み着いていました。
 
(以下、こちらから転載)
 
毛利氏の祖は、源頼朝の側近として鎌倉幕府の基礎を固めた大江広元(おおえのひろもと)である。
 
多大な功績によって広元が得た所領のうち、相模国(神奈川県)毛利荘(もうりのしょう)を受け継いだ四男季光(すえみつ)が毛利と名のり、毛利氏の歴史が始まる。
 
(転載ここまで)
 
「毛利家」の歴史は「相模国」から始まり、その後、広島に渡って「村上水軍」とくっつき、伊予征伐に向かったわけです。
 
しかも、「毛利家」も秀吉の「小田原征伐」にも加担しています。
 
そして、この「毛利家」は「豊臣秀吉」の家臣として仕え、「五大老」という肩書までもらいました。
 
(以下、こちらから転載)
 
■五大老
 
五大老(ごたいろう)とは、末期の豊臣政権の政務にあたった徳川家康、前田利家ら有力五大名を指す歴史学用語である。
 
文禄4年(1595年)の秀次事件がもたらした政治危機を克服するため、豊臣秀吉は、有力大名が連署する形で「御掟」五ヶ条と「御掟追加」九ヶ条を発令して政権の安定を図った。
 
この連署を行なった六人の有力大名、徳川家康・前田利家・宇喜多秀家・上杉景勝・毛利輝元・小早川隆景が、豊臣政権の「大老」であると、後世みなされることになった。
 
(転載ここまで)
 
また、この「五大老」については以下のような説もあります。
 
(以下、こちらから転載)
 
矢部健太郎によると、「五大老制度の本質は豊臣政権の根幹をなしていた武家関白制と連動して形成された「清華成」(清華家並の家格を得ること。武家清華家)であり、その成立は秀吉の天下平定以前の天正16年(1588年)まで遡るとしている。
 
(中略)
 
清華家に相当する家格はすでに院政期には成立している。
 
大臣・大将・皇后などの地位は、摂関政治期には当然摂関とその近親が独占するものであった。
 
しかし後三条天皇の治世以降、摂関家が外戚の地位を失い、代わって外戚となった家系が、のちに清華家と呼ばれることになる家格の原形をつくった。
 
したがって、清華家の家格は大臣・大将に昇進できるということのほかに「娘が皇后になる資格がある」ということも見逃してはならない。
 
平清盛・源頼朝はいずれも清華家の家格を獲得していたのであり、そのゆえにこそその子弟は大臣・大将(平重盛、源実朝など)となり皇后(平徳子)となることができた。
 
(転載ここまで)
 
まあ、簡単に言うと、「平清盛」と「源頼朝」が「五大老」の始まりというわけです。
 
で、両者が「五大老」に就任した結果、どちらが偉いかを競って、「平家」と「源氏」の権力争いが表面化したのかも知れません。
 
さらに言うなら、現在の内閣は「豊臣秀吉」の家紋と同じ「桐紋」を使っています。しかも、そのマークは「青=出雲族」。
 
(以下、こちらから転載)
 
皇室の菊紋に次いで高貴な家紋が桐紋と言われ、かつては戦国武将、豊宮の王である豊臣秀吉が武将の中で初めて天皇から下賜された。
 
現在はその秀吉の桐紋を日本政府(内閣総理大臣・内閣)が使用している。

また、500円硬貨にもその桐紋が刻まれている。

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(転載ここまで)
 
ちなみに、平成19年(2007年)の時点ではこの「桐紋」が「赤」でした。(出典はこちら

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この頃は「秦氏」が強かったということでしょうか。
 
実際にこの当時、安倍晋三は体調を崩し、さらには安倍内閣の大臣たちが次々とボロボロになったため、内閣総辞職するハメになりました。
 
「出雲族」側の「安倍晋三」が首相の座に就いていることを、「秦氏」が煙たく思っていたのでしょう。
 
また、「豊臣秀吉」の家臣には「黒田官兵衛」と「竹中半兵衛」がいましたが、現在の日銀総裁「黒田東彦」は「黒田官兵衛」の子孫、日本経済の黒幕「竹中平蔵」も「竹中半兵衛」の子孫であると疑われています。
 
(以下、こちらから転載)
 
「黒田家と竹中家」
 
現在、第31代日本銀行総裁は黒田東彦(ハルヒコ)氏であり、出身地は福岡県大牟田市である。
 
黒田官兵衛、黒田長政は黒田節で有名な、筑前(福岡県北部)黒田家の家祖である。
 
黒田日銀総裁の祖先は黒田官兵衛の下臣だったかもしれない。
 
天才軍師として名高い黒田官兵衛と先輩格の竹中半兵衛は、同じ豊臣秀吉旗下であり、二人あわせて「両兵衛」と称されていた。
 
経済学者であり、元金融大臣である竹中平蔵氏は和歌山市の履物小売商の次男として生まれた。
 
遠い祖先は、竹中半兵衛かもしれないという噂もある。
 
黒田東彦氏、竹中平蔵氏この二人が、今の時代に同時期に現れたのは、偶然ではなく、空前絶後の巧妙に仕組まれた陰謀であるような気がする。
 
陰謀論ファンにとっては既知の情報、常識かもしれない。
 
(転載ここまで)

一応、「黒田東彦」が「黒田官兵衛」の子孫であることは確実のようです。詳しくは以下のリンクをご参照ください。
 
RAPT×読者対談〈第92弾〉熊本地震は天皇家の起こした人工地震である。 その証拠(1)
 
なので、「竹中平蔵」が「竹中半兵衛」の子孫であることもほぼ間違いないでしょう。
 
つまり、現在の「内閣府」は「豊臣秀吉」の家臣によってほぼ独占されているというわけです。
 
内閣が「豊臣秀吉」の家紋を使っているのは単なる偶然ではないということです。
 
あるいは、彼らが「戦国武将」ファンだから、「豊臣秀吉」の家紋を使っているというわけではないのです。
 
また、「鳥越俊太郎」と「宮迫博之」がどちらも「大友宗麟(毛利家と手を組んだ武将)」の家臣の子孫で、どちらも有名人として大活躍し、どちらもガン利権でボロ儲けしているのも、単なる偶然ではないということです。(これについての詳細は、前回の記事をご参照ください。)
 
RAPT×読者対談〈第121弾〉清和源氏と日本会議と蝦夷共和国と緑の星。
 
要するに、現代の日本は「安土桃山時代」とまったく同じ支配構造の上に成り立っているというわけです。
 
これがこの世の厳然たる事実なのです!!
 
これでは、現代日本の支配者たちが、いつまで経っても我々庶民にとって都合のいい政治をしてくれるわけがありません。
 
何百年もの間、権力にしがみつくために闘争を繰り広げてきた彼らが、そうそう簡単に我々庶民にその権力を譲り渡してくれるわけがないからです。
 
当の「豊臣秀吉」は「八の者」とも呼ばれていて、この「八の者」がやがて「八ヶ岳」に入って「サンカ」と呼ばれるようになった、という説があります。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
 
RAPT×読者対談〈第82弾〉カタカムナこそルシファー信仰の源流である。
 
「八の者」の紋章は以下のようなもので、明らかに「秦氏」側のマークですね。

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〈名古屋市の市章「丸に八)〉

なので、「豊臣秀吉」はもともと「秦氏」だったと考えられます。

しかし、この「八の者」のマークを、現在の「名古屋市」が市章として使っていて、「名古屋市」といえば、先程も言いましたように「徳川御三家」の「尾張藩」です。

「徳川家康」は「出雲族」としてこの世の支配権を握り、今現在もその末裔たちが「出雲族」として活躍しています。

ということは、「豊臣秀吉」自身、どこかで「秦氏」から「出雲族」に鞍替えしてしまった可能性があります。

実際、「豊臣秀吉」は「秦氏」側だったはずの「イエズス会」を迫害しています。

「本能寺の変」の黒幕はイエズス会と島津家と毛利家だった可能性大。または千利休がドルイド教徒だったという確たる証拠。

ちなみに、当時の「イエズス会」が「秦氏」であった証拠は以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第108弾〉世界はアーリア人(秦氏)とチュルク族(月派・出雲)の抗争の上に成り立っている。

このようにイエズス会を敵に回した頃から、「豊臣秀吉」が「秦氏」から「出雲族」へと鞍替えした、と考えられます。

そもそも、「毛利家」と「島津家」は「秦氏」側の勢力として明治維新を行ったわけですが、昭和時代に入ってから、彼らは急に「出雲族」に転身してしまいました。

これについては、これまで何度もお話してきたとおりです。例えば、以下の記事など。

RAPT×読者対談〈第63弾〉昭和天皇が人間宣言をした本当の理由。

しかし、その後も「秦氏」の勢力は残り、平成時代に入ってからは「秦氏」が勃興、「出雲族」との間で激しい権力闘争を繰り広げてきました。

では、誰が「秦氏」に与したまま残り、誰が「出雲」に転身したのか……。

この辺の線引きがとても難しいところですが、今回の対談を通して見えてきたのは、「毛利家」の多くが「出雲族」となり、「島津家」の多くが「秦氏」として居残った可能性が高いということです。

「出雲族」についた「毛利家」の勢いがどんどん強くなってきた、ということかも知れません。

このように、自分の都合のいいようにコロコロと自分の立ち位置を変えてしまうのも、「安土桃山時代」の戦国武将たちと全く変わりがありませんね。

もしかしたら、天皇が「生前退位」することになったのも、彼らのこのような権力闘争に嫌気がさした結果なのかも知れません。

また、今回の対談ちらっと出てきた「稲盛和夫」は「島津製作所」と仲がよく、さらには彼自身「島津家」の本拠地「鹿児島」の出身なので、「島津家」の関係者(または親族)なのではないかと考えられます。

実際、「盛和塾」のホームページは「赤=秦氏」です。

塾長紹介 | 盛和塾 – 経営の王道を学ぶ、企業家のための経営塾

しかし、その一方で「稲盛財団」のホームページは「緑」です。

公益財団法人 稲盛財団

自民党も「赤」から「緑」になり、麻生太郎も「赤」から「緑」になった……。

そして、稲盛和夫は「赤」と「緑」の両方を使っている……。

果たしてこれが何を意味するのか。

このことについてあれこれ考えていたとき、私はふとある重大な事実に気付きました。

彼らイルミナティの連中は、今現在、実に恐るべき計画を立てています。そして、それを実行に移そうとしています。本当に恐るべき計画です。

これについては次回の記事で、皆さんにはっきりとお知らせする予定です。

ちなみに、今回の都知事に就任した「小池百合子」もホームページは「緑」になっていますが、彼女も都知事選では「日本会議」から応援を受けています。

『日本最大の右翼団体「日本会議」は、小池百合子を応援!都知事… – Yahoo!知恵袋

そして、この「日本会議」は「生長の家」が作った組織。

しかも、彼女の選挙活動も「緑」一色でした。

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また、彼女も「稲田朋美」と同じく、白紙の領収書をいくつも持っていたようですが、それにもかかかわらず、前都知事「舛添要一」のようにマスコミからバッシングされることは一切ありません。

どうしてこうも「舛添要一」と待遇が違うのでしょうか。

(以下、こちらから転載)

「身体検査は真っ黒」(自民党関係者)という評判も納得だ。都知事候補の小池百合子元防衛相(64)が代表を務める「自由民主党東京都第十選挙区支部」。カネの使い方は非常識だった。

日刊ゲンダイは都選管に情報公開請求し、同支部の収支報告書に添付された領収書の写し(2012年~14年分)を入手。

14年分をチェックしただけでも不可解な領収書が山のようにある。

数万円単位の支出なのに、宛名もただし書きも「空白」の領収書がザラだ(資料1)。

「宛名の空白が目立った舛添前都知事の提出した領収書と一緒。使い道がサッパリ分からず、政治資金の透明性を確保する規正法の趣旨に反します」(政治資金オンブズマン共同代表で神戸学院大教授の上脇博之氏)

■ポータブルDVDも公私混同の疑い

おかしな買い物もある。14年9月22日、「ヨドバシカメラ」発行の領収書の「お買上明細」には「Amika AMDPーF1000CK」との記載がある(資料2)。

調べたところ、ポータブルDVDプレーヤーの商品コードだった。

事務所の備品なら据え置き型が定番だし、DVDは今どきノートPCで視聴できる。

他の領収書を確認すると、同年5月27日に「ビックカメラ」で12万4200円を払い、富士通「FMV」1台を購入済みだ。

小池事務所に利用状況を聞くと、「自動車で移動中に制作した動画を確認するなどしている」と回答した。小池氏本人が“旅のお供”に使うケースもあるのなら、舛添氏と同じ公私混同だ。

■1年間で切手5000枚購入

さらに重大な疑惑が見つかった。同支部は「郵送」名目で年間5000枚以上の切手を購入し、事務所費に計上した。

一日で82円切手を1000枚(資料3)買ったこともあるが、購入日は10月末から11月末の1カ月に集中。

特に11月18、19、28日の3日間で計1914枚もの52円切手を買い求めた(別表)。

同年12月2日公示の総選挙に向け、解散風が吹き荒れた時期と重なるとはいえ、選挙準備にこれほど大量の切手がいるのか。

小池事務所は「通常の事務所業務に用いている」と回答したが、「料金別納郵便」を利用すれば大量の切手を貼る手間をはぶける。さらに同一区内の大量郵送は「区内特別郵便」を使えば割安となり、同支部もこの年に5回、別納に加え、このサービスを利用していた。

わざわざ大量の切手を買うとはクビをかしげるほかない。そのうえ、ベラボーな枚数の切手購入費の原資は政党交付金、つまり国民の税金で賄われていた。

「税金が原資の『政務活動費』で切手を大量購入し、換金の可能性が問題視された兵庫の“号泣県議”のケースと酷似しています。小池氏は説明責任を果たすべきです」(上脇博之氏)

折しも詐欺罪に問われた号泣県議は21日、有罪が確定したばかり。小池氏も前任者の二の舞いは御免だろう。キッパリ説明できなければ、都知事としての資質を疑うしかない。

(転載ここまで)

しかも、小池百合子が政治資金を使って、「裏金」を作っていたとの記事もありました。

(以下、こちらから転載)

31日投開票の都知事選に出馬している小池百合子元防衛相(64)に新たな「政治とカネ」問題が浮上した。今回はナント! 「裏金づくり」疑惑だ。

日刊ゲンダイは小池氏が代表を務める「自民党東京都第十選挙区支部」の収支報告書に添付された領収書の写し(2012~14年分)を入手。この領収書を精査すると、不可解なカネの流れが判明した。

同支部は12~14年、「M―SMILE」という会社に「調査費」として計210万円を支出していたのだが、この会社は登記簿を調べても記載がなく、実体不明の会社だったからだ。

小池事務所は「現在は『モノヅクリ』という社名に変わっている。選挙の際の世論調査を依頼した」と説明。

そこで日刊ゲンダイが改めて「M-SMILE」の代表者に確認すると、代表者の男性は「09年ごろ、個人的に『M―SMILE』という名で世論調査の事業を始めた。

12年に、『モノヅクリ』を立ち上げ、オーダースーツの事業をメーンにしている」と説明。つまり、実体のないスーツ会社が、小池氏から多額の政治資金を受け取り、世論調査を請け負っていた――という怪しさを記事にした。

■小池氏、元秘書とも問い合わせにダンマリ

そうしたら、小池陣営が22日、都議補選(31日投開票)で新宿選挙区から擁立した男性の名前を見て驚いた。

何を隠そう「M-SMILE」の代表者、森口つかさ氏(34)だったからだ。しかも、肩書は小池氏の「元秘書」だったからビックリ仰天だ。

つまり、小池氏は自分の秘書がつくった“ペーパーカンパニー”に多額の政治資金(調査費)を支払っていたことになる。

これほど不自然で、不可解なカネの流れはないだろう。政治資金に詳しい上脇博之・神戸学院大教授もこう言う。

「小池氏の政党支部が(M-SMILE)に調査費を支出した時期に森口氏が秘書を務めていたのなら大問題です。

通常、議員のために調査を行うことは秘書としての業務の一環で、調査の対価は給与として支払い済みのはず。

それを秘書が経営する(幽霊)会社に調査費用を支払うというのは、あまりにも不自然です。

裏金をつくったり、不正な選挙資金を捻出していたと疑われても仕方がありません。そうでないのならば、小池氏は説明責任を果たすべきです」

果たして小池氏と森口氏はどう答えるのか。両者に何度も問い合わせても、ともに一切回答なし。

知事が2代続けて辞職に追い込まれた「政治とカネ」問題は、今回の都知事選でも間違いなく重要な争点だ。

それなのに小池氏、元秘書ともそろってダンマリでいいはずがない。

(転載ここまで)

要するに、「舛添要一」が都知事の地位から引きずり落とされたのは、「小池百合子」を都知事にすることが目的だったわけです。

まあ、最初から分かっていたことではありますが。

しかも、「小池百合子」の生い立ちについても、ウィキペディアには全く掲載されていません。

小池百合子 – Wikipedia

一応、彼女の父親は「小池勇二郎」と言い、三年前に90歳で亡くなったとのことですが、この人と「小池百合子」の顔はあまり似ていません。

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〈小池勇二郎〉

やはり「小池百合子」も養子に出されたのかも知れません。

実の父親は他にいるのではないでしょうか。なんとなくそんな気がしてなりません。

一応、ウィキペディアには「小池勇二郎」のことは一切触れられていませんが、以下のサイトでは彼のことが少し書かれていました。

小池百合子の父親の職業は貿易商 衆院選に出馬するも落選

「小池勇二郎」は貿易商を営んでいて、三島由紀夫の「楯の会」の人たちの世話をしたり、石原慎太郎の活動を支援していたとのこと。

いずれにせよ、胡散臭いことに変わりはありません。

また、「小池百合子」自身はエジプトに留学し、アラビア語を学んでいます。

(以下、こちらから転載)

甲南女子高校卒業後に関西学院大学社会学部に入学するものの、「国際連合の公用語にアラビア語が加わる」旨を伝える新聞記事をきっかけに、アラビア語通訳を目指すことにし、1971年9月に大学を中退してエジプトへ留学。

カイロ市のカイロ・アメリカン大学(英語: American University in Cairo)でアラビア語を修め、カイロ大学に移り卒業した。

エジプト滞在中にカイロ近郊にあるギザの大ピラミッドを登り、その天辺で茶道の形式に則りお茶を点てたこともある。

(転載ここまで)

なぜわざわざエジプトに行って、アラビア語を学んだのか。

「国際連合の公用語にアラビア語が加わる」から、というのが表向きの理由のようですが、これは真っ赤な嘘でしょう。

というのも、イルミナティにとって日本とエジプトは切っても切れない関係にあるからです。ご存じない方は、以下のリンクなどをご参照ください。

日本と古代エジプトと悪魔崇拝のつながりが一発で分かる幾つもの物的証拠。

古代ケルトと古代エジプトと古代日本の幾多もの文化的共通点と、日本がドルイド教から誕生したという幾つもの証拠。

古代エジプトの太陽信仰=悪魔崇拝が、現在の日本の天皇家へと流れ着き、天皇家を最大級の財閥にするまで。

彼女がエジプト留学を決意したのは、この日本とエジプトとのつながりを知っていたからだと考えざるを得ません。

しかも、「イスラム教徒」も「アラビア語」を使っていて、その「イスラム教」のシンボルカラーも「緑」でしたね。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

RAPT×読者対談〈第110弾〉インドとガンジーと神智学協会。インド独立運動もやはり源平合戦だった。

小池百合子のシンボルカラーも「緑」で、「イスラム教」のシンボルカラーも「緑」。

「イスラム教」は「アラビア語」を使っていて、「小池百合子」はその「アラビア語」を習得した。

これも単なる偶然ではないでしょう。

しかも、「小池百合子」は「清和会」にも所属していた時期がありました。

清和政策研究会 – Wikipedia

「清和会」と名前がつくぐらいですから、この政治グループもやはり「清和源氏」と何らかの深い関係があるに違いありません。

しかも、以下のリンクを見てみると、「稲田朋美」もちゃっかり「清和会」に所属していました。

清和政策研究会 会員紹介

しかも、この「清和会」のホームページも「緑」ですね。

ちなみに、今回の対談の中で「小池百合子」と「稲田朋美」が似ているという話をしていますが、これについては私もまだ確信が持てません。

一応、二人の画像を貼り付けておきますので、皆さん自身の目でご判断ください。

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〈稲田朋美(左)と小池百合子(右)〉

まあ、なんとなく似ている気がするし、似ていない気もする、という感じですが、皆さんはいかが思いますか。

いずれにせよ、「小池百合子」と「稲田朋美」もどちらも女性でありながら、政治の世界でここまで頭角を表したということは、彼女らの背後に何らかの巨大な黒幕がついているということです。

では、その黒幕とは何なのか。

まあ、「清和源氏」の末裔どもでしょう。

しかも「稲田朋美」はほぼ確実に「谷口雅春(生長の家の教祖)」の娘ですし、「小池百合子」にも何か似たような背景があるに違いありません。

ということで、最後に少しだけオマケの話をしておきます。

そして、これはとても重要なオマケです。

今現在、「豊洲」の盛り土問題が大きく騒がれています。

この「豊洲」の地下から、あろうことか、大量の「ベンゼン」と「水銀」と「ヒ素」が検出されたからです。

(以下、こちらから転載)

東京都の豊洲市場(江東区)の建物下にある地下空洞で、都が大気中のベンゼンなど複数の有害物質を測定したところ、国の指針値(年平均値1立方メートル当たり0.04マイクログラム以下)の最大7倍の水銀が検出されたことが分かった。

15日午後に開かれた外部有識者の専門家会議(座長、平田健正・放送大和歌山学習センター所長)で公表された。

豊洲市場の建物下では、都が実施した8回目の地下水モニタリングで、初めて環境基準値を超える有害物質のベンゼンとヒ素が検出されていた。

このため、同会議で安全性についてさらに詳細な検証が進められる見通し。

指針値は有害大気汚染物質による健康リスクの低減を図るために設定されている。

水銀には環境基準値は定められていない。都は専門家会議の指示で、9月から地下空洞内の大気の観測を続けている。【川畑さおり】

(転載ここまで)

「ベンゼン」も「水銀」も「ヒ素」も、どれも非常に危険な物質であり、どれも悪魔崇拝者たちが「麻薬」として利用していた物質です。

まず、「空海」は「水銀」やら「ヒ素」を麻薬代わりに使っていました。その当時はまだ「LSD」などの麻薬がなかったためです。

RAPT×読者対談〈第107弾〉SFと北斗七星と蛇と水銀。

また、現代の悪魔崇拝者たちが使っている麻薬には、「ベンゼン」が原材料として使われています。

RAPT×読者対談〈第88弾〉悪魔崇拝を世界中に広めたニューエイジ・ムーブメントの恐怖。

RAPT×読者対談〈第91弾〉悪魔崇拝と麻薬。

しかも、これらが発見されたのが「豊洲」の地下空洞で、イルミナティどもはいつも「地下施設」で悪魔崇拝を行っています。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

東京の地下鉄の怪。JR中央線の怪。JR武蔵境駅の怪。全ては悪魔崇拝に繋がっているのではないか。

東京の地下に眠る秘密施設。その構造についての幾つかの考察。

日本各地に悪魔崇拝のための秘密の地下施設が点在している可能性について。

このことから見ても、「豊洲」の地下にあった空洞は、イルミナティどもが古くから悪魔崇拝を行ってきた「宗教施設」だと考えて間違いありません。

つい最近、「博多」でも大きな陥没事故がありましたが、これまた「博多」の地下にも古い「悪魔崇拝」の施設があったのでしょう。

土木業者が、それを誤って掘り起こした可能性が大ですね。

博多駅前道路陥没事故は地下鉄延伸工事が原因?地震の影響は大丈夫? | 歩叶コラム

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この陥没の規模から見て、かなり巨大な地下施設があったと考えて間違いありません。
 
あと、現在の「築地市場」からも大量の「トリハロメタン」が検出されたようです。
 
築地市場の水槽水から基準値超えのトリハロメタン 豊洲の地下水より問題か – ライブドアニュース
 
この「トリハロメタン」は、水道水を浄化する「塩素」から発生するみたいですが、水道水に含まれるトリハロメタンのうち60〜90%がクロロホルムです。(出典はこちら
 
クロロホルムといえば、ドラマなどで悪役が人質を黙らせる(眠らせる)ためによく使われるものです。以下のような感じで。

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つまり、クロロホルムも麻酔の一種であり、つまりは麻薬として使おうと思えば使えるものなのです。
 
クロロホルムとは具体的にどんな薬なのでしょうか?麻薬ですか? … – Yahoo!知恵袋
 
まあ、少し考えすぎかもしれませんが、果たして実際はどうなんでしょう。
 
やはり東京の地下は、どこもかしこも悪魔崇拝の施設だらけになっているのではないでしょうか。

ちなみに、前回の記事で、「日本会議」の会長「田久保忠衛」は「水戸藩士」の家系であると書きましたが、この記事をアップした直後、ウィキペディアからこの文言が削除されました。

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以下が、前回の記事をアップした日(2016年11月17日)のウィキペディアの記事です。

田久保忠衛 – Wikipedia

「略歴」のところにはっきりと「千葉県生まれ。家は水戸藩士の家系。曾祖父は天狗党の乱に参加して、流罪になっている」と書かれてあります。

しかし、以下が現在のウィキペディアの記事です。

田久保忠衛 – Wikipedia

「略歴」のところには「千葉県生まれ」としか書かれていません。

どうやらこの「田久保忠衛」が「水戸藩士」の家系で、「徳川家」とつながりがあることは世間に余り知られたくなかったようです。

安倍晋三・稲田朋美をはじめ緑の勢力が「第三次世界大戦」を引き起こそうとしている厳然たる事実。

今回の記事は、いつもとは違って対談は省き、文章だけでお送りします。
 
ここ最近の読者対談を聞いてもお分かりになる通り、今ではこの世の中のどんなことを調べていても、すべての出来事や人物、歴史などが一つの線で結ばれてしまいます。
 
そして、それら全ての発見を対談で語ろうとすると、いくら時間があっても足りないぐらいです。
 
なので、これからしばらくの間は、以前のように文章だけで記事をアップしていこうかと考えています。
 
これまでは読者の皆さんも、文章だけではなかなか理解できない部分が多かったため、対談を聞くことで理解力を深めていたような部分があったと思います。
 
しかし、この世の解明がここまで大きく進んできた今、いちいち対談を聞かなくても、読者の皆さんの多くが記事の内容をほとんど理解できるレベルに到達しているように思います。
 
実際、ある程度長くこのブログを読んでいる方のメールを読んでみると、ほとんどの方がRAPT理論をほぼ完璧にマスターしているように見受けられます。(もちろん、つい最近、このブログに出会ったばかりの人は別です。)
 
なので、対談を楽しみにしてくださっている方には大変申し訳ないのですが、今しばらくの間は対談は省略し、記事のみをアップしていくことにします。
 
どうぞご理解ください。
 
ということで、今日はタイトルにも書きました通り、イルミナティどもが計画している「第三次世界大戦」についてお話したいと思います。
 
なぜ今現在、イルミナティどもが「第三次世界大戦」を引き起こそうとしていると言えるのか、その理由はいくつかあります。
 
先ず一つ目は、これまで何度も記事にしてきました通り、「戦争」を礼賛し、かつ推奨している「稲田朋美」が次期首相候補と目されている、ということです。

「稲田朋美」は「戦争は人間の霊魂進化にとって最高の宗教的行事」と唱えた「生長の家」の教祖「谷口雅春」を心から崇敬しています。
 
では、なぜ彼女は「谷口雅春」のことをそんなに崇敬しているのかというと、彼女が「谷口雅春」の実の娘だからです。少なくとも、その可能性が高いです。
 
「谷口雅春」と何の血縁関係もなければ、「稲田朋美」がいずれ「谷口雅春」の思想から離れていく可能性がありますが、彼女が「谷口雅春」の実の子ということになれば、「谷口雅春」の思想から離れる可能性は極めて少なくなります。
 
途中で何か嫌なことがあっても、挫折することなくその計画を突き進めようとするでしょう。
 
イルミナティの連中は、そのような親子の絆を利用して、「谷口雅春」の思想通りに「第三次世界大戦」を引き起こすつもりなのです。
 
そもそも、「谷口雅春」は第二次大戦のときに「満州国」を実現させるべし、そのためには「戦争も不可避である」との「神事」を受け、これを文書化しています。
 
以下は、「大東亜戦争と谷口雅春先生(2)」と題するサイトからの引用です。
 
(以下、こちらから転載)
 
三、神示に示された満州事変の本質
 
大東亜戦争以前に雅春先生に天降った神示は、全部で二十九篇に上つてをり、その悉くが生長の家立教直後の三年間の時期(昭和五年十一月四日~昭和八年九月十五日)に集中してゐる。
 
(中略)
 
以上、戦前の全ての神示をかうして並べて見ると、満州事変の前後に集中してゐることに、改めて驚かされるのである。
 
その理由は審(つまび)らかにしないが、「これらの神示が谷口雅春先生につぎつぎと天降ることによつて、生長の家の教義の根本が確立されると共に、生長の家出現の使命が明らかにされたのである。
 
従って生長の家の教へは、谷口先生に啓示された『神示』がもとになってをり、人類光明化運動のあり方についても、同様のことが言へる」(『生長の家五十年史』二五〇頁)といふことは、誰しも異存のないところであらう。
 
(中略)
 
実相世界には「唯ひとりの君」の知しめす「日の本(ひのもと)」 或いは「高天原国(たかあまはら)」と名付けられた、一つの国しかなく、それが現象世界に実現するまでは「迷ひの自壊作用」としての戦争は避けられぬとする神示。尚、第一次上海事変への言及あり。
 
(中略)
 
「スターリンなど、無明の塊の人物を中心として世界が幸福になれると思ふものは愚か者である。
 
世界を一つに統一する運動に二つある。
 
一つは露西亜(ロシア)から始まってゐる運動で、世界を物で支配する運動である。
 
もう一つは霊の本から始まってゐる運動で、世界を霊で支配し、一つの光明に統一する運動である。この二つの運動の衝突は避けられぬ。
 
(中略)本当の愛は甘えかす愛ではない。戦ひの愛である。」 (同右、四一頁)
 
このやうに、神示は英米支との戦ひだけでなく、共産主義との戦ひが不可避であるとも教へてゐる。
 
③と⑥の神示がそれで、具体的にスターリンの名前まで挙がってゐることに驚かされるが、③の神示の直後に日本共産党に与へられた「三二年テーゼ」を作成したのは、正にスターリンであった。これについては、雅春先生もかう解説してをられる。
 
「これは大東亜戦争前からズッと続いて今も現に継続してゐるところの、天皇や、国家や、祖先や両親に対する恩を知る者-一言にして言へば愛国者-と…所謂る『赤い思想』の者との戦ひのことを指してゐられるのであります。
 
『国家』といふ綜合されて有機的に一体となってゐる『生命体』の尊厳をみとめず、『人民』といふ個々別々のものを主権者とする思想が、国家を『バラバラに分離する働き』なのであります。
 
皇恩、国恩、父母の恩等に反対するマルクス主義の攻勢とそれに対抗する日本国内の思想戦争は既に大正年間に始まつてゐたのでありまして、(中略)当時の軍閥の中にも、社会主義革命遂行の前哨戦的手段としで戦争を煽動してゐた者もあつたのは事実で、日本が戦争に負けた一つの原因も、そのやうな背信行為に裏をかかれて戦争すべからざる時期に戦争したことにあります。」 (『到彼岸の神示』三一頁~三六頁)
 
ところで、神示の中には、日本の戦争を「侵略」として非難するやうな箇所は、一つもない。
 
「侵略」と非難したのは、国際連盟のリットン報告書(昭和七年十月)である。
 
「侵略者」呼ばはりされた日本は、翌昭和八年三月には国際連盟を脱退することになるが、ちょうどその頃(昭和八年春)に書かれた雅春先生の御文章があるので、ここで紹介しておきたい。
 
 「『生長の家』は一切包容の『家』であり、一切を生して他の宗派と対立するものでないのに、みだりに対立視し敵視する。
 
その状(さま)恰も大日本国が全世界包容の救世的使命ある国なるにも拘らず、全世界各国はその真理に目覚めず、日本を侵略国と見倣してゐるのと不思議に符節を合す如くである。」 (『明窓浄机』草創篇、八五頁)
 
雅春先生の、かういふ「侵略」といふ用語の使ひ方は、戦後も一貫して変つてゐない。
 
以下は昭和五十七年、例の教科書誤報事件の起つた年に書かれた、武藤貞一氏と共同執事の御文章であるが、その表題は正に「日本は侵略国ではない」である。
 
日本を「侵略国」と貶めて已まない生長の家副総裁は、かういふ文章を果して真面目に読んでゐるのだらうか。
 
「現在、共産中国が東北地区として領土に編入している旧満州について、中国はしきりに『日本の侵略』をわめき立てている。
 
(中略)満州国出現後、これをもって日本に『侵略』の熔印を捺したものは国際連盟のリットン報告である。
 
日本人にとって屈辱極まりないこの文書にさえ、その中には、日本の苦心努力によって満州が開発されたこと、日本軍によってよく治安が保持されて来たことだけはいみじくも明記しているのである。
 
歴史は、経緯を抜きにして論断すべきものではない。今日、中国は至極簡単に、日本が中国の東北地域[満州]を侵略したといっているが、それがいかに事実に即せざる妄断であるかは、以上の記述によっても明らかであろう。」 (『動向』昭和五十七年十一月号)
 
満州事変に始まつた日本の戦争は、「侵略」などでは断じてない。
 
人類の「迷ひの自壊作用」として、人類進化のためには不可避の戦ひだつたのである。このことは、幾多の神示の明示するところである。
 

(転載ここまで)
 
少し読みにくい文章ではありますが、「谷口雅春」はスターリンを非難し、ロシアを中心とした世界統一ではなく、日本を中心とした世界統一をなさなければならないと言っていました。
 
そして、「満州国」を建国することが至上命題であり、そのために戦争も不可避である、と主張していました。
 
スターリンは「秦氏」であり、当時のソビエト連邦も「秦氏」です。
 
その「秦氏」の世界統一を阻止して、日本による世界統一、つまり「出雲族」による世界統一を成し遂げなければならない、と彼は主張していたわけです。
 
そして、彼は「世界紅卍字会」にも参加し、「出口王仁三郎」などと共に、実際に「満州計画(河豚計画)」を推し進めていきました。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
 
RAPT×読者対談〈第106弾〉出口王仁三郎と日本軍による世界征服計画とその失敗。
 
しかし、結果的にこの「満州計画(河豚計画)」は、「秦氏」の妨害によって失敗してしまいました。
 
そのため、彼らは今現在、新たな「河豚計画」を立て、「第二の満州国」を作ろうとして、北海道に「蝦夷共和国」を建国しようとしています。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
 
ジョン・タイターの予言は既に着々と実現しています。「蝦夷共和国」はユダヤ人を北海道に移住させる「河豚計画」の一環として誕生する予定です。
 
しかし「出雲族」は、第二次世界大戦のときに「満州国」の建国には失敗したものの、日本国内ではかろうじて「秦氏」との戦いに勝利しました。
 
その最大の決め手は「広島」「長崎」への原爆投下でした。
 
そして、彼らはその勝利の証として「長崎」に「平和祈念像」を建立しました。

平和祈念像 – Wikipedia

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〈長崎の平和祈念像〉

表向きにはこの「平和祈念像」は、「神の愛と仏の慈悲を象徴し、垂直に高く掲げた右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を、横にした足は原爆投下直後の長崎市の静けさを、立てた足は救った命 を表し、軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈っている」とのことです。(出典はこちら

しかし、これは間違いなく嘘八百でしょう。

この「平和祈念像」は単なる「出雲族」による勝利宣言に過ぎません。

というのも、この「平和祈念像」は「バフォメット」と全く同じポーズをしているからです。

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〈バフォメット〉

彼らはこの「平和祈念像」を建立することによって、「出雲族」が「長崎」を占領したことを声高らかに宣言したわけです。

この「バフォメット」の絵を描いたのは「エリファス・レヴィ」という詩人です。

そして、この人物は紛れもない悪魔崇拝者です。これは以下のウィキペディアの記事を読めば明らかです。

(以下、こちらから転載)

エリファス・レヴィ(Eliphas Levi、本名アルフォンス・ルイ・コンスタン (Alphonse Louis Constant)、1810年2月8日 – 1875年5月31日)は、フランス・パリ出身のロマン派詩人、隠秘学思想家。

41歳の時に本名をヘブライ語風にした「エリファス・レヴィ」に改名し、隠秘学の著作を残した。

パリの小ロマン派の文芸サロンに出入りしていたが、後にカバラ、錬金術、ヘルメス学、キリスト教神秘主義などの研究を行い、近代ヨーロッパにおける魔術復興の象徴的存在となった。

魔術は理性に基づいた合理的科学であると主張し、実際にはその教義体系は精密さを欠くものであったが、古代の密儀、タロット、儀式魔術(英語版)などのさまざまな伝統を「魔術」の名の下に総括しようとした。

(転載ここまで)

彼の描いた「バフォメット」の絵を見てみると、「三日月」の絵が一緒に描かれています。

ですから、明らかに「バフォメット」は「月派」と関係のある悪魔だと考えられます。

しかも、この「バフォメット」の語源について調べてみると、ウィキペディアにはこう書かれていました。

(以下、こちらから転載)

語源
イスラム教を創始した預言者ムハンマドの古フランス語での綴り (Mohammed) のもじり、あるいは誤記と考えられているが、様々な異説もある。

ヒュー・ショーンフェルドは、BAPHOMET は SOPHIA(英知もしくは英知の女神ソピアー)のアトバシュ(Atbash、ヘブライ文字の換字式暗号)だという説を唱えた。

(転載ここまで)

「バフォメット」という名前は、「イスラム教の創始者ムハンマド」に由来しているというわけです。

つまり、「バフォメット」イコール「ムハンマド」とも言えるわけです。

そして、「イスラム教」のシンボルは「三日月」と「星」です。

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〈イスラム教のシンボル「三日月と星」〉

そして、「エリファス・レヴィ」の描いた「バフォメット」にも「三日月」が描かれています。

「イスラム教」と「三日月」。

「バフォメット」と「三日月」。

これが単なる偶然でしょうか。

やはり「イスラム教(ムハンマド)」と「バフォメット」には何らかの共通点があるに違いありません。

しかも、「イスラム教」のシンボルカラーは「緑色」です。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第110弾〉インドとガンジーと神智学協会。インド独立運動もやはり源平合戦だった。

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〈イスラム教国家・パキスタンの国旗〉

「稲田朋美」のホームページも「緑」で、その関係者もほとんど全員がシンボルカラーを「緑」にしています。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第121弾〉清和源氏と日本会議と蝦夷共和国と緑の星。

しかも、彼らが使用していると考えられる人工言語「エスペラント」のシンボルマークも「緑の星」。

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〈エスペラントのシンボルマーク〉

「イスラム教」のシンボルにも「緑」と「星」があり、「エスペラント」のシンボルも「緑」と「星」。ついでに「バフォメット」の額にも「星」。

これが単なる偶然でしょうか。

明らかに「イスラム教」と「エスペラント」、そして「バフォメット」には深い共通点があるのです。

しかも、「生長の家」の本尊には「生長の家の大神」なる像が祀られていて、この像も「バフォメット」と全く同じポーズをしています。(出典はこちら

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〈生長の家の大神〉

つまり、「イスラム教」も「生長の家」も元を辿れば、どちらも同じ「バフォメット」を神とする宗教(悪魔教)というわけです。

さらに言うなら、つい先日、アメリカの大統領として「ドナルド・トランプ」が選出されました。

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〈アメリカ大統領ドナルド・トランプ〉

選挙戦当日まで、日本やアメリカのメディアはこぞって「トランプ」をバッシングしていました。

なので、誰もが「ヒラリー」が選出されるに違いないと思っていたはずです。

ところが、いざ蓋を開けてみると、なぜか「ヒラリー」ではなく、「トランプ」が選出されてしまった。

そして、この「トランプ」は「イスラム教徒」を激しく迫害し、かつアメリカへの移民を禁止(規制)しようとしています。

上にも書いたように「イスラム教」は「出雲族」ですし、実際に「イスラム教徒」の大半は「チュルク族」であり、「チュルク族」とは「出雲族」のことです。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

RAPT×読者対談〈第105弾〉関ヶ原の戦いより千年前に起きた天下分け目の戦いの真相。またはカタカムナと安倍晋三の深いつながり。

つまり、「トランプ」は「イスラム教徒」をバッシングすることで、「出雲族」に対する敵対心を露わにしているわけです。

ですから、表向きだけを見ると「ドナルド・トランプ」は「秦氏」側のエージェントに見えます。これについては以下の記事でも書きました。

RAPT×読者対談〈第109弾〉カナダは次の秦氏=ロスチャイルドの拠点となる。

しかも、このリンク記事にも書きました通り、「トランプ」は「秦氏」のエージェントだった「ヒトラー」と全く同じことをやっています。

「ヒトラー」は「アーリア人至上主義」を唱え、白人こそが世界で最も優れた民族であると主張し、「ユダヤ人」を激しく迫害することで「チュルク族(出雲族)」を叩き潰そうとしました。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第108弾〉世界はアーリア人(秦氏)とチュルク族(月派・出雲)の抗争の上に成り立っている。

これと同様、「トランプ」も「アメリカ至上主義」を唱えて、白人(アメリカ人)こそが世界で最も優れた民族であると主張し、かつ「イスラム教徒(または移民)」を激しく迫害することで、「チュルク族(出雲族)」を叩き潰そうとしています。

しかも、ヒトラーが迫害した「ユダヤ人」は漂流民族です。

一方のトランプも「移民」を禁止していますが、「移民」とはある意味、「漂流民族」のことでもあります。(今現在、公に「ユダヤ人」を迫害することはできないので、「移民」を禁止したわけでしょう。)

どれもこれも、二人ともやることが全く同じです。

そのヒトラーが「第二次世界大戦」のきっかけを作ったわけですから、今度は「トランプ」が「第三次世界大戦」のきっかけを作る予定かも知れません。

全く誰からも支持されていなかったはずの「トランプ」がアメリカ大統領に選ばれたのは、まさにこの「第三次世界大戦」勃発のためだったと考えられるわけです。

しかし、このように考えると、「トランプ」は本当に「秦氏」なのか、という疑いが出てきます。

戦争をしたいと思っているのは「秦氏」と「出雲族」の両方の勢力だからです。

彼ら双方が、どちらも「源平合戦」に最終決着をつけたいと思っているに違いないからです。

ということは、「秦氏」と「出雲族」が結託して「トランプ」を擁立し、「トランプ」を使って世界大戦を引き起こそうとしている可能性が考えられます。

実際、前の記事にも書きましたが、彼が選挙演説をする際、「赤」「青」「黄」の三色のネクタイをしめていました。(「トランプ大統領」でグーグル画像検索すれば分かります。)

しかも、「トランプ」が大統領に当選した直後、「出雲族」の「安倍晋三」がすぐに「トランプ」と会談し、「トランプ」のことを手放しで賞賛しました。

(以下、こちらから転載)

■ウマが合う?「トランプ×安倍」異例の早さで開かれた初会談

訪米中の安倍晋三首相と次期米大統領のドナルド・トランプ氏が17日(日本時間18日午前)、初の会談を行いました。

在日米軍の撤退にも言及するなど日米関係についても過激な発言をしてきたトランプ氏との会談をどう見るか。元外交官の美根慶樹氏が解説します。

■トランプ氏「ともに働くことを楽しみに」

安倍首相はニューヨークで、次期大統領となるドナルド・トランプ氏と会談しました。

会談がこんなに早く、選挙から10日もたたないうちに実現するのは異例と言われますが、新政権設立準備に多忙なトランプ氏側が安倍首相との会談を重視していることの表れとみてよいでしょう。

会談後、安倍首相は会談が温かい雰囲気の中で行われたことを明らかにしつつ、「トランプ氏は信頼できる指導者だと確信した」と述べました。

首脳同士の信頼関係は両国にとって極めて重要です。安倍首相は「同盟関係は信頼がないと機能しない」とも言っています。

(転載ここまで)

表向きには「安倍晋三」がたまたまアメリカにいて、たまたま「トランプ」と会談する運びになったかのように書かれています。

しかし、「安倍晋三」は最初から「トランプ」が当選することを知っていて、当選直後にアメリカで会談する手筈を整えていたのでしょう。

そうやって、先ずは「安倍晋三」と「トランプ」が大の仲良しになったことを世界中にアピールしようとしたわけです。

あるとき突然、「イスラム国」がアメリカでテロを起こすか、中東で何らかの問題を起こす。

で、「トランプ」がそれに激怒する。

「安倍晋三」もまた「これは日本にとっても死活問題」であると主張する。

例えば、ホルムズ海峡で「イスラム国」などがトラブルを起こせば、「安倍晋三」はすぐにそのような主張をでっち上げられます。詳細は以下のリンクをご覧下さい。

アメリカとイスラエルが「悪の枢軸」と呼ぶ国すべてが天皇派であるという現実。安倍晋三が「ホルムズ海峡」の機雷撤去にこだわるもう一つの理由。

「トランプ」が「イスラム国」を撲滅することを宣言し、中東諸国に宣戦布告。

「安倍晋三」も「トランプ」支持を表明し、アメリカのために援軍を送る。

かつて小泉純一郎が「イラク」に自衛隊を派遣したのと同じように。

一方の「イスラム国」にもイスラム諸国や他の様々な国が支援を表明し、アメリカと日本を敵に回して攻撃を開始。

「第三次世界大戦」が勃発。

アルバート・パイクの予言から考えると、そんなシナリオが見えてきます。アルバート・パイクの予言をご存じない方は、以下のリンクをご参照ください。

アルバート・パイクが予言した第三次世界大戦について。

実際、「イスラム国」は未だに中東であれこれと問題を起こしていますので、実際にこのような計画が進行していくことは十分に考えられます。

以下、今月(2016年11月12日)の記事です。

(以下、こちらから転載)

■IS、モスルで民間人60人処刑か 遺体を電柱につるす

過激派組織「イスラム国」(IS)が今月に入り、実効支配するイラク北部モスルで民間人に対する「処刑」を繰り返している。

ザイド国連人権高等弁務官が、11日発表した声明で明らかにした。

ISは8日、「イラク政府軍と内通した」などとして民間人約40人を射殺。遺体を市内各地の電柱につるした。

見せしめとして、服には「イラク軍のスパイ」などと書いたという。

「携帯電話を使用した」という理由で27歳の男性も公開処刑した。9日にも、同じ理由で20人を殺害し、遺体を交差点などにつるした。

政府軍がモスルを包囲し、市街地の奪還作戦を進めるなか、ISは市民を「人間の盾」にし、作戦の進行を遅らせているとみられる。

一部の市民は携帯電話を使い、ISの拠点施設を政府側に伝えることで抵抗している。(ドバイ=渡辺淳基)

(転載ここまで)

「携帯電話」を使用したから処刑した……。

「北朝鮮」で日々繰り返される不条理とよく似ています。

このようなニュースを流しておけば、日本人もアメリカ人も「イスラム国」はひどく気の狂った連中だと思い込み、彼らを攻撃するのもやむを得ないと思うようになります。

少なくとも、イルミナティの連中は世界中の人々をそのように洗脳していくつもりでしょう。

そうすると、「トランプ」がイスラム国に宣戦布告しても、世界中の人々は反発することなく、むしろ当然やるべきこととして受け入れてくれるようになります。

イルミナティの狙いはまさにこれでしょう。

また、先程も言いましたように、一見すると「トランプ」は「秦氏」であり、つまり「赤」の勢力のように見えます。

しかし、一方の「安倍晋三」は「緑」です。

自由民主党

つまり、「緑」が「赤」を支援して、戦争を引き起こそうとしているわけですが、これも「第二次世界大戦」が始まる直前と全く同じ構造です。

というのも、「ヒトラー」も一見すると「秦氏=赤」のエージェントに見えるわけですが、彼のバックボーンには日本の「緑龍会」、つまり「緑」の勢力がついていたからです。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

ナチスドイツが戦争に負けた真のカラクリ。またはヒトラーを操った「緑龍会」について。

ナチスとチベットと緑龍会との関係について。そこには地底都市シャンバラの存在がありました。

つまり、こういうことです。

■第二次大戦前
「赤」のヒトラー。
「日本」の緑龍会など「緑」の勢力が支援。

■現在
「赤」のトランプ。
「日本」の安倍晋三など「緑」の勢力が支援。

このように、どちらも全く同じ構図なのです。

今の今まで、なぜ「秦氏」であるはずの「赤」の「ヒトラー」に、「出雲+月派」であるはずの「緑」の緑龍会が支援したのか、この謎が私にも解けませんでした。

そのため、「緑龍会」が「ヒトラー」を擁立したという情報は、嘘ではいなかとさえ勘ぐっていました。

しかし、「ヒトラー」は「第二次世界大戦」の火種をつくるために「秦氏」と「出雲族」の両方から擁立されたエージェントだったのです。

だからこそ、彼は一見すると「秦氏」に見えながら、そのバックに「緑龍会」がついていたのです。

「ヒトラー」が最後の最後に、「出雲族(青)」の「アルゼンチン」に亡命することができたのもこのためでしょう。

ヒットラーはアルゼンチンにいた|嗚呼、悲しいではないか!

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〈アルゼンチンの国旗〉

これと同様、「トランプ」も一見して「秦氏」のように見えますが、その実、「秦氏」と「出雲族」の両方から擁立されたエージェントに違いありません。

「秦氏」と「出雲族」が手を組んで「トランプ」を擁立し、「第三次世界大戦」を始めるつもりなのです。

ちなみに、「トランプ」は「イスラム教徒」を迫害しながらも、実は彼自身も「イスラム教徒」である、という噂が出回っています。

【衝撃】トランプはパキスタン人でイスラム教徒だった! 少年時代の証拠写真も流出、現地メディアも太鼓判

これまた、「ヒトラー」が「ユダヤ人」を迫害していながら、実は彼自身も「ユダヤ人」だった、という噂が出回っているのと似ています。

ヒトラーの先祖はユダヤ人だった!?DNA鑑定で明らかに(ドイツ研究) : カラパイア

こんな風に何もかも似ている時点で、彼らのやろうとしていることはもう見え見えですね。

彼らはやはり「トランプ」に「ヒトラー」と同じことをさせて、「第三次世界大戦」を始めたいと思っているのです。

さらに言うなら、「出口王仁三郎」が参加した「世界紅卍字会」のシンボルマークは「赤」でした。

そして、今現在、「出口王仁三郎」の作った新興宗教「大本教」のロゴマークも「赤」になっています。

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「出雲族」であるはずの「出口王仁三郎」が、なぜ「赤」をシンボルカラーとして使うのか。

この謎も今の今までずっと私には疑問でしたが、今になってようやく分かってきました。

第二次大戦が始まる直前、「秦氏」である日本の「陸軍」は二つの派閥に分裂していました。(陸軍が「秦氏」であるという証拠はこちら

その二つの派閥とは、「皇道派」と「統制派」です。

(以下、こちらから転載)

皇道派は反共反ソで、ソ連が大嫌いです。

5カ年計画で着々と軍備を増強して武力を持って南下してくるであろうソ連に備えていましたが、皇道精神とか皇軍の力を発揚するとかの精神主義を云々するだけで武器一つとってもおぼつかない状態でした。

しかし、中国問題に深く入り込むのはやがて米英との衝突を惹起することを憂れいていました。

統制派は皇道派の精神主義に対して現実的です。

ソ連の暴力南下に備えてあらゆる面で近代化しなければとても勝てない。総力戦体制を整備しなければいけない。

皇道派が皇軍精神の発揚などと喚いているのは、馬鹿馬鹿しい。

しかし、皇道派と違って「中国なんてたいしたことないよ。一撃をお見舞いすれば尻尾を巻いて降参する。

あらゆる謀略を使って支配地域を広げて、国益を蓄えてからソ連と対峙したほうが無難だ!米英なんてたいしたことはない」と考えていました。

その結果226事件で皇道派が粛清されて、統制派の天下になりましたが、翌年の盧溝橋事件で、シナなんか一撃を与えれば、すぐ参ってしまうと思っていたのが、予想外の泥沼に嵌り込んでいきましたね。

それどころか中国に権益を持つ米英との対立を深めていき、ついには太平洋戦争へとなだれ込んでいきました。

ついでに「皇道派」も「統制派」も戦後に作られた造語です。

皇道派は領袖の荒木貞夫が大臣になると、よく好んで「皇軍精神」とか「皇道精神の発揚」などの訓辞を好んで使っていたので荒木・真崎一派を皇道派と呼ぶようになりました。

主な人物
荒木貞夫、真崎甚三郎、小畑敏四郎、山下奉文、226事件を引き起こした青年将校たちなど

統制派は皇道派の反作用として誕生

主な人物に

永田鉄山、東條英機、武藤章、冨永恭次、佐藤賢了、服部卓四郎、辻政信など

開戦前、戦中に陸軍の実権を握っていたのは統制派です。

(転載ここまで)

この文脈から考えると、「皇道派」が「秦氏」で、「統制派」が「出雲族」となります。

2.26事件を起こしたのは「秦氏」ですから、2.26事件を起こした「皇道派」も「秦氏」ということになるからです。

RAPT×読者対談〈第55弾〉茶番だらけのこの世の中。

一方、アメリカとの戦争を引き起こすように仕向けたのは「出雲族」ですから、アメリカとの戦争を始めるきっかけを作った「統制派」は「出雲族」ということになります。

第二次大戦で日本が負けたのは、やはり天皇 (大和族) に対する出雲族の裏切りが原因でした。

このように、第二次世界大戦の起きる直前、「秦氏」はその勢力が真っ二つに分かれていて、その片方が「秦氏」として活動し、もう片方が「出雲族」に与していたのです。

ということは、「出口王仁三郎」が参加した「世界紅卍字会」も、実は「統制派」のように「秦氏」から分裂した「秦氏」のグループだったのではないでしょうか。

つまり、ここ最近、急激に台頭してきた「緑」の勢力も、実は純粋な「出雲族+月派」ではなく、「秦氏」の片割れも混ざっている可能性があるわけです。

だからこそ、リオ・オリンピックの閉会式でもやたらと「緑」と「赤」が目立つように演出されていたのかも知れません。

しかも、「生長の家」の教祖「谷口雅春」も、もともとは「大本教」の信者だったにもかかわらず、その後、「大本教」から脱会して「ニューソート思想」に染まっていきました。

(以下、こちらから転載)

早稲田大学を中退して大本の専従活動家になっていた谷口は、出口王仁三郎の『霊界物語』の口述筆記を任せられたり、機関紙の編集主幹などを歴任するなど、教団内で嘱望されていたが、1922年(大正11年)の第一次大本事件を期に、浅野和三郎に従って大本から脱退。

浅野が旗揚げした『心霊科学研究会』で宗教・哲学的彷徨を重ねていたが、当時流行のニューソート(自己啓発)の強い影響を受け、これに『光明思想』の訳語を宛てて機関紙で紹介した。

(転載ここまで)

この「ニューソート思想」は「神智学」を基盤にした思想です。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第118弾〉この世はどこもかしこもフリーメーソンだらけ。または盛和塾と自己啓発と神智学協会。

そして、この「神智学」は紛れもなく「秦氏」側の作ったものです。

なぜなら、「神智学協会」は「アーリア人至上主義」を唱えていて、「アーリア人」とは「秦氏」のことを意味するからです。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第110弾〉インドとガンジーと神智学協会。インド独立運動もやはり源平合戦だった。

なのに、「出雲族」である「谷口雅春」が、「アーリア人至上主義」を唱える「神智学」に強い影響を受けた……。

一見すると矛盾しているように見えますが、この世の中にはこのようなどっちつかずの人間も存在しているということなのでしょう。

実際、同じ「ニューソート思想」の影響を強く受けた「稲盛和夫」も、「赤」と「緑」の両方を自らのシンボルカラーとして使っています。

「ニューソート思想」を信じている以上、彼は「赤」のはずですが、それでも「緑」を使う。

これまた「稲盛和夫」が「秦氏」の片割れであることを意味しているのかも知れません。

また、「バフォメット」の絵を描いた「エリファス・レヴィ」も、「バフォメット」を描く以上「出雲族+月派」の人間と考えられますが、「魔術」をやっている以上、明らかに「神智学」を齧っています。

このように、「緑」の勢力は純粋な「出雲族」というより、「秦氏」の片割れが混じった「出雲族」であると考えた方が妥当のように思えます。

なかなか「緑」にくっつこうとしない「秦氏」どもに対して、「緑」の勢力が怒り狂って宣戦布告しようとしている、というのが現在の世界情勢なのではないでしょうか。

ちなみに、「ヒトラー」の生みの親「ハウスホーファー」も明らかに「出雲族」に与した人間でしたが、やはりどこか「秦氏」を思わせるフシがあります。

(以下、こちらから転載)

●ハウスホーファーは、第二次世界大戦への日本の動きにも理解を示した。佐藤信淵の「世界征服計画」の一部を肯定するのだ。

例えば満州ヘの進出は、“日本国民の生活圏に対するあらゆる危険をテレパシーのように感知する能力”がしからしめた賢明な戦略であった、と評価する。

日本は満州と経済ブロックを組んで力をたくわえ、ゆくゆくは中国とインドを含む「モンスーン諸国」のリーダー格となって、その自立と発展をはかるべきだ、とまで主張したのだ。

当時の日本の「大東亜共栄圏」講想に、遠くドイツから地政学による理論的支柱を贈ってきたのである。

《RAPT註:この部分だけを見ると、完全に「出雲族」ですね。》

だが、なんのために? 現代のハウスホーファーの批判的研究者もその点を指摘している。

曽村保信氏は著書『地政学入門』の中でこう書いている。

「なぜドイツの陸軍軍人だった彼が、本職をなげうってまで、太平洋の地政学に心魂を傾けるようになったのか? これは、やはり解きがたい一種の謎である。」

●ただここで注意しなければならないのは、ハウスホーファーは当時の日本の生活圏拡大の動きに理解は示したが、その全部に賛成したわけではないという点である。

地政学的観点から、満州の日本による秩序化までは認められるが、それ以上は侵略であるとともに、全く勝ち目がないと日本軍部にアドバイスしていたのである。

1936年に日本とドイツの間で「日独防共協定」が締結された際、ドイツ側の功労者として、ハウスホーファーは日本政府から勲二等瑞宝章を授与され感謝された。

しかし、その翌年の夏、日本軍部が盧溝橋事件によって日中戦争(支那事変)に突入し、上海・南京を占領して、ハウスホーファーの助言を裏切る形に出ると、彼は在日のドイツ武官を通じて、この無謀な侵略を中止するよう警告していたのである。

●彼は日本は大陸より太平洋に目を向けよ、と強調していたのであるが、同時に地政学的には日本とドイツはソ連と提携しあうのが必須だと考えていたようだ。

《RAPT註:ここの部分を見ると、彼が「秦氏」にも与しているようにも見えます。》

そのため、のちにヒトラーが彼の地政学的主張を無視する形でソ連侵攻を開始(1941年6月)すると、ハウスホーファーのヒトラーに対する影響力は決定的に低下したのであった。

このハウスホーファーとヒトラーの関係悪化の状態は、ずいぶん前から始まっていたようで、1937年にハウスホーファーが日本に再来日した際には、ナチス本部から日本支部に秘密指令が出されており、その内容は「彼の歓迎を極力控えるようにし、しかも滞日中の動静を逐一ベルリンに報告するように」というものであったという。

●ちなみに、ハウスホーファーの息子アルブレヒト・ハウスホーファーは、1944年夏、ヒトラー暗殺計画に関与した罪で、レフルトレスラッセ刑務所で他の大勢の容疑者と一緒に処刑された。

彼のポケットからは、次のような言葉を書きつけた紙片が見つかったという。

「わが父は、悪魔の息吹きを意に介さず、かくして悪魔をばこの世に解き放ちたり」

ハウスホーファーは、この息子の事件および彼の妻がユダヤ系という2つの理由で、全ての地位を剥奪され、ナチス当局から監禁状態の生活を余儀なくされるようになったのであった。

●さて、最後に、ハウスホーファーが日本で入会していたとされる「緑龍会」のことだが、個人に課せられた使命に失敗すれば、「緑龍会」の会員には儀式的な自殺が求められていたという。

《RAPT註:さすが悪魔的です。》

実際、ナチスの「使命」に失敗したあと、ハウスホーファーがやったのもまさにこれだった。

ナチス・ドイツ崩壊後の1946年3月10日、ハウスホーファーは、妻を道づれに毒(砒素)をあおって死んだ。(このとき日本流の「ハラキリ(割腹自殺)」をしたと主張する研究家がいるが、真偽のほどは定かではない)。

彼の埋葬地には十字架も墓石もない。彼が抱いていた秘密は全て、彼の死とともに消え去った。

ハウスホーファーはヒトラーが自分の意図した方向から徐々に外れていき、暴走していくのを目にして、彼に「知識」を授けたことを大いに後悔していたのではないだろうか。

(転載ここまで)

「ヒトラー」に裏切られたから自殺した、とここには書かれてあります。

しかし、実際のところは、「満州国」の建国に失敗したため、その責任をとらされて自殺させられたという気がしないでもありません。

というか、そう考えた方が筋が通ります。

いずれにせよ、「ハウスホーファー」のように「出雲族」でありながら「秦氏」にも与しているように見える、というのが「緑」の勢力の特徴と言えそうです。

また、この上の転載記事の最初の一文に「(ハウスホーファーが)佐藤信淵の『世界征服計画』の一部を肯定する」とありますが、「佐藤信淵」とは江戸時代の学者です。

(以下、こちらから転載)

佐藤 信淵(さとう のぶひろ、明和6年6月15日(1769年7月18日) – 嘉永3年1月6日(1850年2月17日))は、江戸時代後期の絶対主義的思想家であり、経世家(経済学者)、農学者、兵学者、農政家でもある。

出羽国雄勝郡郡山村(現秋田県雄勝郡羽後町)出身。通称は百祐、字は元海、号は松庵・万松斎・融斎・椿園。幼少から父の佐藤信季と各地を旅行して見聞を広め、のち江戸に出て儒学を井上仲竜、国学を平田篤胤、神道を吉川原十郎にそれぞれ学び、さらに本草学・蘭学を宇田川玄随や大槻玄沢に、天文暦数を木村泰蔵に学んだ。

その学問は農政・物産・海防・兵学・天文・国学など広範に及び、主著に『宇内混同秘策』『経済要録』『農政本論』がある。

(転載ここまで)

彼の出生地は「出羽国」であり、「出羽国」といえばまさに「東出融」氏と同じ「山形県」です。

出羽国 – Wikipedia

20-41-49

〈赤い部分が出羽国〉

ですから、普通に考えれば「佐藤信淵」も「出雲族」のエージェントに違いないのですが、彼は「満州」を領有することを渇望すると同時に、「明治維新」をも渇望していたとのこと。

これまた「秦氏」と「出雲族」がごっちゃになっています。

(以下、こちらから転載)

平田派の影響を受けたことで形而上学的な要素も多く混じるものの、彼の描いた国家像は明治維新を望見しており、時代を先取りした思想家として評価される。

その一方で、『混同秘策』の冒頭に「皇大御国は大地の最初に成れる国にして世界万国の根本なり。故に能く根本を経緯するときは、則ち全世界悉く郡県と為すべく、万国の君長皆臣僕と為すべし」と書いて満州、朝鮮、台湾、フィリピンや南洋諸島の領有等を提唱したため、大東亜共栄圏という思想の「父」として知られているという見解も存在する。

(転載ここまで)

このように、「秦氏」と「出雲族」の願望をごちゃ混ぜにしているため、彼の書いた書物に「混同秘策」という名がつけられたのかも知れません。

つまり、この書物は「秦氏」と「出雲族」の思想を「混同」した「秘策」なのです。

混同秘策 – Wikipedia

ということは、逆に考えると、この「混同秘策」という書物の中に、現在の「緑」の勢力の「世界征服計画」の全貌が記されているとも考えられます。

ちなみに、「佐藤信淵」の出生地であり、かつ「東出融」氏の住んでいる「出羽国」は、「蝦夷」と名乗る人々が「大和朝廷」によって閉じ込められた地域です。

「大和朝廷」がその場所を柵で囲い、「蝦夷」が出てこれないようにしたことで、「出羽国」が誕生することになったのです。

それ以降、この「出羽国」では、「蝦夷(出雲族)」と「大和(秦氏)」との戦いが絶えることはありませんでした。

まさに「出羽国」の歴史は、「蝦夷」と「大和」との戦いの歴史と言っても過言ではありません。

少し長くなりますが、以下が「出羽国」のおおまかな歴史の流れです。

(以下、こちらから転載)

■成立まで

大和朝廷は、7世紀半ばから9世紀初めにかけて、蝦夷の住む土地に郡を設置して支配版図を拡大する政策をとった。
 
そのために蝦夷の地に城柵を設けた。


まずは越国に柵を建てる。大化3年(647年)に渟足柵(ぬたりのき:新潟市)、大化4年(648年)に磐舟柵、斉明天皇4年(658年)に都岐沙羅柵(アイヌ語地名の別称か、所在不明)である。

7世紀後半に越国から磐船・渟足の2郡の分割により越後国が成立した。

その後北方に勢力を拡大し和銅元年9月28日(708年11月14日)に出羽郡を設置し、前後して出羽柵(山形県庄内地方)を築造した。

■出羽国の成立

和銅5年9月23日(712年10月27日)に出羽国に昇格し、翌10月1日に陸奥国から置賜郡と最上郡を譲られて国としての体制が整った。

その後、東国・北陸などの諸国から800戸以上の柵戸を移住させた。

さらにその後も柵戸や公民を中心とした郡制施行地を拡大していった。

出羽国成立当初のランクは不明であるが、律令制の下で上国とされ、蝦夷と接する重要な位置にあった。

隣の陸奥国もまた蝦夷に接していたが、両国を統括する政治的・軍事的中心は主に陸奥側に置かれた。

例として両国を統括する按察使は陸奥国守が兼任する慣行であった。陸奥国と並び黄金を産した。

■北方への拡大と俘囚の反乱

以後陸奥国と並ぶ辺境の国となり、天平5年(733年)頃には雄勝郡を設置し、また出羽柵は12月26日秋田村高清水岡(秋田市)に移された。

その後雄勝郡は一旦放棄されたと見られているが、天平宝字3年(759年)には雄勝城の設置に合わせ改めて、雄勝郡、平鹿郡が置かれた。

天平宝字4年(760年)頃出羽柵は秋田城へと改変され、俘囚の反乱が相次いだため宝亀11年(780年)に放棄が検討されたが、次官国司である出羽介が秋田城介として常置されることとなった。

この頃、国府機能が城輪柵(きのわき:山形県酒田市)に移された。

陸奥国府には鎮守府が置かれ、平安時代後期以降、秋田城介が空位になると鎮守将軍(後に鎮守府将軍)が両国を軍事的に統括した。

■平安時代前期

延暦23年(804年)蝦夷の反乱が激しくなり、秋田城は停廃されて秋田郡となった。

ただし、機能が完全に停止されることはなく、陸奥側の北部4郡が放棄されたのと異なり、俘囚の主とされる清原氏は、在庁官人として力を蓄えたと見られている。

8世紀河辺郡が置かれ、山本郡(後の仙北郡)が平鹿郡から分離するなど徐々に領域を北に伸ばした。

仁和2年(886年)には最上郡から村山郡が分離し、その後延喜年間までに出羽郡から飽海郡、田川郡が分離したと見られている。

最終的に出羽国の管理する郡・郷は、11郡58郷であった。なお、平安時代まで、出羽は「いでは」と読んでいた。

■陸奥国と出羽国の境界

秋田郡以北の建郡の状況はよく分かっていない。

平安時代初期までは、蝦夷を出羽側の「蝦狄」と陸奥側の「蝦夷」に分けて記録されており、後に陸奥国となる紫波郡が出羽国管轄の「志波村」とされているなど陸奥との境界は不分明であったが、平安時代末期には奥州藤原氏の支配を通じて出羽国府の直接管轄地以北が陸奥国として整理されたと見られている。

この時期に陸奥国比内郡(後に秋田郡北部)、鎌倉時代初期には河北郡(当初は陸奥国か出羽国か不明、後に出羽国檜山郡を経て山本郡)が置かれ、これらは中世末期までに出羽国の領域に入ったとする見解がある。

■奥州藤原氏

清原氏が後三年の役で滅亡した後、これに代わって奥州藤原氏が陸奥・出羽の支配者になったと一般的には言われているが、近年の研究では、この支配は陸奥北半分では一円的な領主的立場であるが、陸奥南部と出羽においては押領使や鎮守府将軍としての軍事指揮権に伴う在地領主の系列化と、荘園の管理権及び鳥羽天皇御願所としての中尊寺を介しての寺領支配の複合的かつ間接的支配に止まったのではないかと指摘されている。

■鎌倉時代

奥州藤原氏が、奥州合戦で滅亡し、残党が出羽で起こした大河兼任の乱も鎮圧されると、頼朝は、出羽国に橘氏(小鹿島氏:秋田県男鹿市)、平賀氏(平鹿郡)、小野寺氏(雄勝郡)、武藤氏(大宝寺氏:庄内地方)、大江氏(長井氏:置賜郡、寒河江氏:村山郡寒河江荘)、中条氏(村山郡小田島荘)、二階堂氏(最上郡成生荘)、安達氏(最上郡大曾根荘)等の御家人を地頭として配置した。

《RAPT註:「大江氏」は「毛利氏」のもともとの本姓です。つまり、「山形県」には「毛利氏」も深く関わっているわけです。これについては、また後日、詳細をお伝えします。》

しかし、由利地方以南はなおしばらく在地領主層(由利氏等)が在庁官人としての権益を保っていることが『吾妻鏡』に見える。

葛西清重ら葛西氏が下総国葛西郡から奥州へ移り、平泉の統治を任され、奥州惣奉行職に就任して以後は、米代川流域も葛西氏の勢力範囲となった。

■南北朝時代・室町時代

中世前半を通じて北部では公領制、南部では荘園公領制が貫徹され、基本的には鎌倉幕府の統制の元、国府留守所は維持されていたが、南北朝時代を境に領主間の争いが活発化し、津軽地方から蝦夷地を経て葛西氏に取って代わった檜山安東氏、橘氏に代わり湊安東氏、陸奥から移住した戸沢氏(仙北郡)、小野寺氏(雄勝郡)、大宝寺氏(庄内)、寒河江大江氏(寒河江荘)、陸奥大崎氏の庶流である最上氏(最上郡)、そして最上氏の庶流天童氏(最上郡・村山郡)、陸奥から進出した伊達氏(置賜郡)などが支配した。

■戦国時代

出羽国南部では、伊達稙宗が最上義定との戦いに勝利すると妹を嫁がせ優位に和議を結び、義定が継嗣を残さず死去すると妹を介して影響力を強めた。

最上の諸将が反発すると最上領に侵攻し、最上氏の傀儡化に成功するなど村山地方全域にまで影響力を広げた。

大宝寺氏は庄内地方で勢力を広げ全盛期を築き、安東氏は秋田県北部、小野寺氏は仙北から最上地方への進出を果たした。

《RAPT註:「安東氏」は実は「安倍晋三」の先祖に当たります。「安東氏」の本性は「安倍氏」であり、安倍晋三の先祖である「安倍貞任」の後裔とも言われています。「東出融」氏が「東」という字を使っているのも、この辺と何らかの関係がありそうな気がします。》

安東氏 – Wikipedia

安倍氏 (奥州) – Wikipedia

安倍貞任 – Wikipedia

しかし、伊達氏において天文の乱が発生すると最上氏が介入して独立を果たし、最上氏で天正最上の乱が起こると逆に伊達氏が介入し激しく争った。

両氏の間で和議が成立すると最上氏は村山地方・最上地方・庄内地方に順次勢力を拡大し在地勢力を駆逐・懐柔していった。

最上氏と大宝寺氏が争うと大宝寺は越後の上杉氏を頼ったが、家臣の謀反により庄内地方は最上氏の支配下に入る。

その後大宝寺義勝を奉じた本庄繁長により奪取されることになる(十五里ヶ原の戦い)。

この戦いは、惣無事令違反であったが、上杉氏が豊臣政権内で有力な立場であったことから奥州仕置の結果上杉氏の領地となった。

また、この奥州仕置によって伊達氏は置賜地方を失い、代わりに蒲生氏が入った。蒲生氏郷が早世した後、上杉氏家臣直江兼続が置賜地方を有し関ヶ原の戦いを迎えた。

一方、出羽北部では秋田氏が下国家と湊家を統合して勢力を強めたが安東愛季が死去すると後継者争いが発生し、これが惣無事令違反と見做され大幅に領地を減らされた。

小野寺氏、戸沢氏も所領を安堵されたが、仙北・由利地方で仙北一揆が発生し小野寺氏は減封された。

■慶長出羽合戦

会津征伐のため北上した徳川家康は下野小山で石田三成挙兵の報に接し、反転西上を開始する。

また、山形に集結していた東軍に属する東北地方の領主らも、自領へ引き上げてしまう。

孤立を恐れた最上氏は上杉氏との和議を模索するが、上杉氏庄内領への侵攻計画が露呈し上杉氏は最上氏領への侵攻を開始する。

直江兼続率いる上杉軍は最上氏の拠点を多数落とすが長谷堂城攻略中に西軍敗北の報に接し退却を開始、最上義光自らによる追撃戦が展開される。

上杉氏を置賜地方へ駆逐した最上氏は、村山地方、最上地方の拠点を取戻し、翌年3月までに奥州仕置以降上杉領となっていた庄内地方の奪還にも成功する。

この結果、最上氏は出羽国に57万石ともされる領地を得る一方、最上氏の讒訴を受けた秋田氏は転封、西軍に付いた小野寺氏は改易となった。

なお、陸奥国の大名伊達氏が関ヶ原の戦いに際し、徳川家康と「百万石のお墨付き」とされる約定を交わし、旧領である長井(置賜地方)他7郡の回復を望んだが、南部領内での扇動(和賀合戦)と合戦の直前に伊達氏と上杉氏が和議を結んだことが家康の疑念を生み、約定は果たされなかった。

■江戸時代

秋田県北部では鎌倉時代以降土着した小領主を常陸に転封し、代わりに佐竹氏(久保田藩)が入った。

最上氏改易(1622年)後には酒井氏(庄内藩)・鳥居氏(山形藩)・戸沢氏(新庄藩)・能見松平家(上山藩)が入ったが、山形藩の入れ替わりは激しかった。

山形藩の領地は天領に組み込まれ、尾花沢・長瀞・寒河江、柴橋などの代官陣屋が置かれた。

戊辰戦争時には奥羽越列藩同盟に加わり旧幕府方についたが、佐竹氏が直後に離反すると庄内藩・南部藩が攻め込み秋田戦争を引き起こした。

久保田城付近まで攻め込むが、会津藩・米沢藩・仙台藩が降伏する中撤退を決断し降伏した。

■明治

明治元年12月7日(1869年1月19日)、戊辰戦争に敗けた奥羽越列藩同盟諸藩に対する処分が行われた。

同日、出羽国は、現在の山形県にほぼ相当(庄内地方最上川以北は含まれない)する羽前国と、秋田県にほぼ相当する羽後国に2分割された。このとき、陸奥国も5分割された。

(転載ここまで)

どうして私たち日本人は、こんな重大な歴史的事実を学校で一切教えてもらえないのでしょうか。

まあ、教えたくない人たちがこの世には大勢いるわけでしょう。

そして、このような地域に「東出融」氏が拠点を置いているのも、やはり何か深い理由があるに違いありません。

そして、この「東出融」の「融」という名前は「源融(みなもとのとおる)」に由来があるに違いない、と以下の記事で書きました。

RAPT×読者対談〈第119弾〉日本の支配者も有名人もほとんど全員、清和源氏。

この「源融」は「嵯峨源氏」の源流であり、つまりは「源氏」の一流です。

「源氏」には「源氏長者」なるものが存在しています。つまり「源氏」の頂点・トップのことです。

源氏長者 – Wikipedia

ここ最近、日本の支配層が「清和源氏」にほぼ独占されていることが分かってきましたので、普通に考えれば、「源氏長者」も「清和源氏」でほぼ独占されてきたのだろう、と考えてしまうところです。

しかし、よくよく調べてみると、初代の「源氏長者」は、なんと「源融」その人でした。

(以下、こちらから転載)

源氏長者は、当初は嵯峨源氏から出ていた。

初代は左大臣・源信とされているが、淳和院への別当設置と奨学院そのものの設置はともに元慶5年(881年)のことであり、当時の嵯峨源氏及び源氏全体の筆頭公卿であった源融またはその子の源昇が両院別当と源氏長者を兼ねた最初の人物であったと推定されている。

(転載ここまで)

つまり、「東出融」氏は初代「源氏長者」の名前を堂々と名乗っているわけです。

しかし、その辺のごく普通の庶民が、「源氏」のトップの名前を自分の名前として使うことなど、絶対に許されるはずがありません。

なので、「東出融」氏はやはり向こう側の世界ではそれだけ大物と目されているということです。

だからこそ彼は、全国各地で講演会に引っ張りだこなのでしょう。

しかし、彼のような大物がこのブログに現れてくれたお陰で、イルミナティに関する謎や疑問もかなりスラスラと解けるようになりました。

それもこれも全ては神の御計らいだったように思います。

軽井沢の「ビル・ゲイツの別荘」は悪魔崇拝のための宗教施設である可能性大。

今回の一般記事は、以前から何かと話題になっている軽井沢の「ビル・ゲイツ」の別荘についてです。(上の画像は、建設中の「ビル・ゲイツの別荘」)
 
軽井沢に「ビル・ゲイツ」が別荘を建てているという噂は、今やかなり多くの人に知れ渡っていますが、このブログでもかつて「東出融」氏が華々しく登場した際、自身の口でこの噂についてまことしやかに語っていました。
 
RAPT×読者対談〈第13弾〉イルミナティの日本移住計画。ビル・ゲイツが軽井沢に引っ越してきた理由。
 
今や「東出融」氏がイルミナティの一員であることは間違いない事実だと分かっていますので、彼のこの話もデタラメであることはほぼ間違いないと思われますが、それではなぜ彼らイルミナティの連中はこんな嘘をわざわざ世間に広めたがるのか。
 
そもそも、軽井沢に建てられている「ビル・ゲイツの別荘」が本当に「ビル・ゲイツの別荘」である、という確固たる証拠はどこにもありません。
 
先ずは以下の記事を読んでください。
 
(以下、こちらから転載)
 
軽井沢にビル・ゲイツが別荘を建てる――そんな噂が流れたのは2012年冬のことだった。
 
その年の1月、環境アドバイザーの鈴木美津子さんは「木がすべて切られ、ひどいことになっている」と知人から連絡を受けて、千ヶ滝西区の別荘地へ向かった。
 
小高い丘の約6000坪の土地に木が1本もなくなったことを悲しんだ。
 
鈴木さんは伐採予定の樹木を引き取って移植するボランティアを行っている。
 
それだけに、野鳥や小動物たちが暮らす林を簡単に伐採するということが許せなかった。
 
鈴木さんが、噂の別荘を建設する場所が、そこだと知ったのはそれからしばらく経ってからだった。
 
2月のある日、軽井沢町議会議員のMさんは軽井沢新聞社を訪れ、千ヶ滝西区に巨大な別荘ができるという話をした。それはこんな内容だった。
 
大成建設の担当者が図面を持って千ヶ滝西区の区長の家を訪ね、丘の上に建設する別荘の計画を説明した。
 
建物の図面は回廊式になっているもので、IT関係にはよくある設計だという。
 
「中庭があるから電波が入りやすい。別荘地なので夏以外はパソコンを使う人が少なく、丘の上だから木を切ってしまえば、電波が入りにくいという問題はまったくない。
 
東日本大震災があってから東京も大地震がいつ起こるかわからないと心配されているが、軽井沢は岩盤が固く地震の可能性は低い。
 
しかも東京から新幹線で1時間という好アクセス」。
 
Mさんは、「これはマイクロソフト社がアジアの本拠地にしようという計画ではないか」と推測した。
 
不動産業者からのルートで聞いたという近隣の住民は「ビル・ゲイツは日本好きで京都にも別荘を持っている。
 
孫正義さんと仲が良くて軽井沢も気に入った。この場所を勧めたのは孫さんだよ」と、まことしやかに話す。
 
噂は広がり、「本当の施主はビル・ゲイツの妹だ」とか、「息子の名前になっている」などの情報が入ってきた。
 
建築申請が会社の山荘ではなく個人の別荘だったことから、マイクロソフトではなく、ビル・ゲイツの別荘だという臆測が強くなった。
 
春になると工事が開始された。
 
建築現場にある看板の建築主は、土地の所有者でもある「株式会社ピーエムリゾート」だった。
 
県に届け出た建築計画書によると、敷地面積2万1969.47平方メートル(約6657坪・テニスコート換算で84面分)、延床面積6238.63平方メートル(約1890坪)、地上1階、地下3階。
 
個人の別荘というにはあまりに大きく、どうしてこれが個人の別荘として認められるのか、という疑問はぬぐえない。
 
企業の山荘として申請すると近隣への説明会が必要になり反対される可能性もあるが、個人の別荘なら説明会はいらない。
 
そのために個人と言っているのではないか、という疑問を感じさせるほど巨大な建物なのだ。

 
噂どおりビル・ゲイツだというなら、このピーエムリゾートの存在は何なのか。
 
そして代表取締役の黒川正博なる人物とは?

《RAPT註:黒川正博については以下のリンクをご参照ください。》

日本抗加齢センター株式会社
 
東京新橋にあるピーエムリゾートの設立は2009年で、10年2月に虎ノ門から新橋へ移転している。
 
会社の業務としては、リゾート開発、不動産業、投資業、金融業などが掲げられている。
 
新橋のピーエムリゾートに事実関係の確認をしたが、期日までに返事はなかった。
 
やはり噂どおりペーパーカンパニーなのだろうか。
 
日本マイクロソフト社に、ビル・ゲイツとの関連を尋ねると、こんな返事が来た。
 
「ご指摘の土地・建物は、弊社とは一切関係ない。ビル・ゲイツおよびその家族についてはわからない」
 
12年6月頃から工事現場は巨大な白いテントに覆われて見えなくなった。
 
テントの中では小山を削っているらしく、土砂を運ぶダンプカーが毎日約100台出入りする。
 
その通り道となったのは、「ロイヤルプリンス通り」と呼ばれる天皇皇后両陛下にゆかりのある道路も含まれていた。
 
近隣に住むYさんは朝早くから夜遅くまで続く騒音と揺れに悩まされていた。
 
「夜9時までミキサー車やダンプが通り、埃もすごくて窓も開けられません」。
 
1年前に別荘を建てたばかりの住民も「こんなことならここに建てるのではなかった」と嘆く。
 
木を倒し、山を削り、土を運ぶ工事は長く続き、13年の春、ようやくテントがはずされて、“4階建て”の大きなビルが姿を現した。
 
計画書どおりなら、これから3階部分を埋めて地下とし、見た目には平屋の建物になる予定だ。
 
この別荘について、近隣の人たちの声は2つに分かれていた。
 
噂どおりビル・ゲイツの別荘ならこの辺り一帯の価値も上がると歓迎する人がいる一方、建設のやり方に疑問を持つ人も多かった。
 
千ヶ滝西区に40年以上暮らしている別荘族の塚田宏さんは「個人の別荘としての届けであっても、これだけ大きな建物はもはや別荘ではないし、ひと山削るというのは自然破壊の問題がある」と指摘する。
 
塚田さんは別荘ではなく、「シェルター」と呼んでいる。
 
別荘地として130年近い歴史を持つ軽井沢には、軽井沢の環境と景観を守り、静穏な別荘ライフを維持するためにつくられた「軽井沢自然保護対策要綱」がある。
 
土地利用にあたっての具体的な決まりが記され、建設・不動産関係の業者からは「全国一、厳しい規制」と言われている。
 
この厳しい規制があるからこそ、軽井沢は快適な別荘地としての地位が保たれているともいえる。
 
文面を読むと、この要綱をつくった人たちの軽井沢の自然を大切にする強い思いが伝わってくる。
 
噂の巨大別荘はこの要綱を守っているのだろうか。
 
大成建設は「法令を遵守している」というが、軽井沢の自然を愛する別荘族や町民には、この工事には納得できないという人が多い。
 
別荘地では建物の高さは10メートル(2階建て)までと制限されているが地下の制限はない。
 
だからといって、小山を切り崩して膨大な土砂を運び出し、4階建てのビルを造り3階までを埋めて地下にして見た目を1階建てとする、このような要綱の盲点を突いたやり方に疑問を感じる。
 
「これでは、帳尻を合わせれば何をやってもいいということだ。自然保護対策要綱の精神を失っている」と軽井沢別荘団体連合会事務局のTさんは、町役場に怒りを向ける。
 
この工事は「軽井沢自然保護対策要綱」に書いてある、「土地の形質変更及び埋立ては最小限にとどめ、多量な土石の移動を極力避ける」に違反しているとの指摘もある。
 
14年3月、巨大別荘はさらに増築を重ね、工事は15年12月まで続くことに。
 
巨大別荘の工事費は50億円とも80億円ともいわれる。
 
工事を始めて2年経た今も、なぜ巨大な建物なのか、何の目的に使うのかもわからない。
 
近隣の住民にしてみれば不安なまま、工事が続くことになる。
 
本当の施主が誰なのか、そして、なぜこのような大きな建物が個人別荘として認められたのかを町役場に尋ねた。
 
軽井沢町役場の生活環境課長の荻原確也さんは「大きいからといって個人の別荘でないとはいえないが、あまりに大きな建物なので『行為届』を出してもらい要綱の面でも厳しくチェックした」と話す。
 
いったい誰の別荘ですか? という質問には「大成建設は絶対言えないというので、いまだ私たちもわからない。大成建設が責任を持つと言うので了承した」。
 
名義上の所有者がピーエムリゾートであることは明白で、それを「絶対言えない」と言うのは、別に事情があるからだろうか。
 
要綱には「土地の形質変更及び埋立ては最小限にとどめ」「多量な土石の移動を極力避ける」ものとするとあるが、この工事はこれに違反していないか、という質問には「『極力避ける』ということであって『いけない』ということではない。
 
そう書いてあることによって、事業者も気を付け、こちらも指導することができる。
 
地下3階、地上1階としたのは、地上の景観を考えて地下へと延ばした」と言う。
 
大量の土砂の運搬について大変なことになると想像できなかったのかと質問すると、
 
「土砂の運搬については、大成に慎重に行うよう注意している。近隣への説明は大成から区長に話してあるし、大成も近隣に説明を行っていると思う。
 
個人の別荘ということで受けているので、建ったあとで事実が違ったら、そのままということはない。何らかの対処を考える。使う人数は家族で4~5人、ほかに管理人と聞いている」。
 
本当の所有者の存在を、誰もが口を閉ざす別荘建設。
 
金額からかなりの大物ということは間違いないようだ。はっきりするまでにあと1年――。
 
(転載ここまで)

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〈ビル・ゲイツの別荘の正門?〉

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〈工事中の別荘〉

この記事を読んだだけでも、この建物が単なる「ビル・ゲイツ」個人の別荘ではないことは明らかです。

個人の別荘であれば、先ずこんな広さは必要ないからです。

この別荘がどれほど巨大なものであるかは、以下の航空写真を見るとよく分かります。(出典はこちら

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しかも、地上一階建ての建物でありながら、地下三階の作りになっている……。
 
これだけでも、(このブログの読者の賢明なる皆さんであれば)この建物が「悪魔崇拝」のための宗教施設であるとすぐに想像がつくはずです。
 
何しろ、イルミナティの連中は、太古の昔から悪魔崇拝の儀式を「巨大な地下施設」で行ってきたからです。詳しくは以下のリンクをご参照ください。
 
東京の地下鉄の怪。JR中央線の怪。JR武蔵境駅の怪。全ては悪魔崇拝に繋がっているのではないか。
 
東京の地下に眠る秘密施設。その構造についての幾つかの考察。
 
日本各地に悪魔崇拝のための秘密の地下施設が点在している可能性について。
 
しかし、これだけではありません。
 
この「ビル・ゲイツの別荘」が「悪魔崇拝のための宗教施設」であると言える証拠は他にもまだまだ沢山あります。
 
先ず、この「軽井沢」は「八ヶ岳」とかなり近い地域にあります。
 
「軽井沢」も「長野県佐久地方」にあり、「八ヶ岳」もまた「長野県の諏訪地域と佐久地域および山梨県の境にある山塊」だからです。
 
軽井沢 – Wikipedia
 
八ヶ岳 – Wikipedia
 
なので、ある意味、「八ヶ岳」の中に「軽井沢」があると言っても過言ではありません。
 
そして、「東出融」氏の話によると、イルミナティの連中は世界の宗教を統一して(つまり、キリストとルシファーを神とする宗教を作って)、この「八ヶ岳」に巨大な宗教施設を作ろうとしているとのことでした。
 
しかも、実際に彼らが「八ヶ岳」を重要拠点と目していることもはっきりと分かってきました。詳しくは以下のリンクをご参照下さい。
 
RAPT×読者対談〈第82弾〉カタカムナこそルシファー信仰の源流である。
 
また、この計画に大きく加担していると思われる新興宗教「生長の家」も、すでに「八ヶ岳」に巨大な宗教施設を建設しています。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
 
RAPT×読者対談〈第122弾〉現代日本の支配構造は、安土桃山時代と全く同じ。
 
しかし、この「生長の家」が作った「森の中のオフィス」だけが、その巨大な「悪魔崇拝の宗教施設」である……と考えるのは、正直、私としても少し無理があるような気がしてなりません。
 
外観だけで判断するわけにはいきませんが、この「森の中のオフィス」を一見した限りでは、とてもそんな大それた目的のために作られた宗教施設だとは思えないからです。
 
しかし、この「ビル・ゲイツの別荘」はその規模といい、地下三階の構造といい、その怪しげな風貌といい、何から何まで「悪魔崇拝の施設」に相応しい条件を揃えています。
 
しかも、この建物の施工主は「大成建設」です。
 
そして、「大成建設」がどれだけ怪しい企業であるかについては、過去にもいくつか記事を書いてきました。例えば、以下など。
 
日本国民から集めた血税をポケットマネーのように自由に使い回す「数土文夫(すどふみお)」という怪しげな人物。
 
新国立競技場の工事を受注した「大成建設」は、やはりロスチャイルドと天皇と密接につながっていました。
 
そして、この「大成建設」は以下のようなアニメ版のCMを過去に放映したことがあります。

このアニメを作ったのは、「新海誠」というアニメーション作家です。

新海誠 – Wikipedia

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〈新海誠〉

この「新海誠」は、今現在、ジブリを抜くほどの爆発的なヒット作「君の名は。」というアニメ映画を作った人物です。

「君の名は。」が「風立ちぬ」超え 大ヒットのワケは:朝日新聞デジタル

君の名は。 – Wikipedia

この作品に登場する二人の主人公は、それぞれ「四谷」と「飛騨」に住んでいますが、「四谷」といえば、怪しげな地下施設がある場所です。

四谷怪談と悪魔崇拝との関連性。皇族の通う大学の近辺ではいつも不穏な話に事欠きません。

しかも、この作品のストーリーは、男と女の中身が入れ替わるというもので、まさに「両性具有」を思わせる悪魔的な内容になっています。

しかも、神社の御神体が出てきたりと、神道的な内容もかなり取り入れられています。

これだけ見ても、この「新海誠」がイルミナティの洗脳工作エージェントであることは明らかです。

実際、この「新海誠」は過去に「アガルタ」を舞台にしたアニメ映画も作っています。「アガルタ」とは悪魔ルシファーが作った地下世界のことでしたね。

そして、実はこのアニメのことも、このブログで過去に取り上げたことがあります。それが以下の記事です。

地底都市アガルタ (シャンバラ) が真の地獄であるという幾つもの証拠。

このリンク記事に「星を追う子ども」というアニメ映画のCMを貼り付けていますが、実はこの映画を作ったのが「新海誠」なのです。

星を追う子ども – Wikipedia

この「星を追う子ども」のストーリーは、主人公が地下世界「アガルタ」を旅していくというものです。

しかも、アガルタに入るための鍵が「石(フリーメーソンは石工)」だったり、ヒンズー教の経典に出てくる飛行船「ヴィマーナ」が登場したりと、やはり悪魔的な要素があちこちに散りばめられています。

ヴィマナ – Wikipedia

しかも、「新海誠」は「ほしのこえ」という映画でも「アガルタ」を舞台にしていて、この映画では「アガルタ」が地下世界ではなく「シリウス星系第4惑星」として描かれています。

ほしのこえ – Wikipedia

「シリウス」といえば「ルシファー」のことですね。

つまり、「ほしのこえ」や「星を追う子ども」のタイトルにある「星(ほし)」とは、実は「ルシファー」のことを意味しているわけです。

実際、イルミナティの連中が「シリウス」のことを「星」と称していることは、以下のウィキペディアの記事にも書かれてあります。

プロビデンスの目 – Wikipedia

(以下、こちらから転載)

「星」というのは、「太陽」でも「月」でもない(ある)、天体の総称を指す抽象概念でもあるが、具体的には、その中でも特に、(太陽と月と金星を除く)星々の中で最も明るい、星々(=神々)の王である「シリウス」のことを指す。

「金星(神)」と「シリウス(神)」は同等視された。ゆえに、「金星」=「星」である。

(転載ここまで)

このように、「星」イコール「シリウス」イコール「金星」というわけです。

そして、「金星」が「ルシファー」を意味することは、このブログではこれまで度々記事にしてきました。例えば以下の記事など。

池田大作と上行菩薩と日蓮聖人と法華経とサナト・クマーラと鞍馬山の関係。創価学会が悪魔教であるという歴然たる証拠。

この世の神はとかく悪魔だらけ。ヨガ、アセンション、アガルタ関連の話には要注意です。

ちなみに、この「プロビデンスの目」の記事からは、今現在、この上の文章は完全に削除されています。

以下が、現在の記事です。上の記事と比較して見てみてください。どれだけ多くの文章が削除されたかがよく分かります。

プロビデンスの目 – Wikipedia

要するに、この削除された部分が「イルミナティ(あるいは、フリーメーソン)」にとってかなり重要な(突かれたくない核心)部分というわけでしょう。

このように、今現在、爆発的なヒットを飛ばしているアニメ映画の監督「新海誠」は、紛れもないイルミナティの洗脳工作エージェントなのです。

ですから、間違っても世間の評判に流されて「君の名は。」を鑑賞してはいけません(笑)。

そもそも、この映画が本当にそんなに大ヒットを飛ばしているのかも怪しいものです。

多分、「PPAP」と同じで、向こう側の連中が「爆発的に売れている」とのデマを流しているだけでしょう。

こうして「新海誠」の作品が爆発的大ヒットになっているということにすれば、彼の過去の作品をテレビでバンバン放映することができますから。

そうやって、「アガルタ」や「シリウス」のことを世間一般に認知させようというのが、イルミナティの狙いに違いありません。

実を言うと、この「新海誠」もまた「八ヶ岳」のある「長野県南佐久郡」の生まれです。

(以下、こちらから転載)

■新海誠

長野県南佐久郡小海町に出生。

実家は明治42年創業の建設会社(ゼネコン)を代々営む新津組。

昭和47年に株式会社として設立されたのち、3代目にあたる父親が代表取締役社長に就任し、年商70億円ほどの規模に成長させた。

父いわく、新海の母も絵を描いており、県の美術展に入選することもあったという。

(転載ここまで)

しかも、彼の父親は「新津組」の社長とのことですが、この「新津組」のホームページが以下になります。

NIITSU 新津組:長野県軽井沢、八ヶ岳の別荘建築ならお任せください

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〈父の新津正勝社長〉

見ての通り、この「新津組」は「八ヶ岳」と「軽井沢」の別荘の建築を主に請け負っている会社です。

「新津組」の以下の「リンクページ」を見てみると、息子の「新海誠」のホームページや、「八ヶ岳」「軽井沢」の関連会社のホームページのアドレスが貼り付けてあるのが分かります。

リンク|NIITSU 新津組:長野県軽井沢、八ヶ岳の別荘建築ならお任せください

そして、この中には「ミサワホーム」のホームページのアドレスまで貼り付けてあります。

つまり「新津組」は「ミサワホーム」と懇意にしている(契約関係にある?)わけです。

この「ミサワホーム」は今、「竹中平蔵」の兄「竹中宣雄」が社長に就任しています。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

日本をダメにした「小泉・竹中改革」の成功は、すべてトヨタ元社長「奥田碩」の力あってのお陰です。

ミサワホーム – Wikipedia

竹中宣雄 – Wikipedia

そしてつい先日、この「ミサワホーム」は「奥田碩」や「竹中平蔵」の思惑通り、「トヨタ」の子会社になることが決定しました。

トヨタホーム、ミサワホームを子会社化 110億円で  :日本経済新聞

ということで、先ずは以下のような図式が成立します。

■ビル・ゲイツの別荘・・大成建設・・新海誠(ルシファー信仰)・・新津組・・ミサワホーム・・竹中平蔵・・トヨタ・・天皇家一族(トヨタと天皇家は親戚・詳しくは以下のリンクを参照)

「国常立尊」を基軸とした「トヨタ」と「JAL」と「キャノン」と「パソナ」と「経団連」と「創価学会」と「大本教」と「北朝鮮」と「日本財団」と「イエズス会」と「CSIS」と「皇室」の奇妙なつながり。

これだけ見ても、「ビル・ゲイツの別荘」が悪魔崇拝と何らかの関わりがあることは明らかです。

とはいえ、この「ビル・ゲイツの別荘」と「ビル・ゲイツ」が全く何の関係もないかというと、決してそんなことはありません。むしろ大いに関係があります。

先ず、「軽井沢町」の姉妹都市には以下のように三つの海外都市があります。

(以下、こちらから転載)

・カンポス・ド・ジョルドン市(ブラジル・サンパウロ州)1968年6月締結

・ウィスラー市(カナダ・ブリティッシュコロンビア州)1999年3月3日締結

・バギオ市(フィリピン・ベンゲット州)2005年締結

(転載ここまで)

そして、このうちの「ウィスラー市」は、実は「ウインドウズXP」のコードネームとして利用されていました。

(以下、こちらから転載)

■ウィスラー (ブリティッシュコロンビア州)

Windows XPの開発コード名「ウィスラー」はこの町から名づけられた。

(転載ここまで)

なぜ「マイクロソフト」が自ら開発している「OS」にこのような名前をつけたのかは分かりませんが、いずれにせよ、「ウィスラー市」と「マイクロソフト」に何らかの深い関係があることは明らかです。

この「ウィスラー」が「軽井沢町」と姉妹都市となっている、ということは、当然、「軽井沢町」もマイクロソフトと何らかの関係があるに違いありません。

では、一体どんな関係があるのか。

「君の名は。」という映画の制作には「カラー」というアニメ制作会社が関わっています。

カラー (アニメ制作会社) – Wikipedia

そして、この「カラー」という会社の社長が、かの悪魔アニメ「エヴァンゲリオン」を作った「庵野秀明」です。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

RAPT×読者対談〈第52弾〉悪魔の見えざる手。

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〈庵野秀明〉

この「カラー」という会社の取締役として、「川上量生」という人物が就任しています。

川上量生 – Wikipedia

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〈川上量生〉

この「川上量生」は今現在、「カドカワ」の代表取締役社長であり、ニコニコ動画でおなじみの「ドワンゴ」の会長でもあり、「エイベックス」の取締役になったこともあります。

要するに、この男こそが日本に「アニメ」「漫画」「小説」「映画」「音楽」「ネット」などを使って「悪魔教」を布教している核心人物というわけです。

はっきり言って、この男がいなければ、日本の若者たちは現在のように「悪魔教」の洗礼を受けることもなかったかも知れません。

ですから、この男はかなりの危険人物です。

見ての通り、年齢(現在48歳)の割にはかなりの童顔で、精神的にかなり幼い雰囲気ですが、だからこそ平気で「悪魔教」の布教活動をしていられるのでしょう。
 
それにしても、48歳にしてこれだけの経歴を持っているというのも、やはり何らかの裏があるに違いありません。
 
この男も「村上正邦」と同じ愛媛県出身のようですから、やはり「毛利家」と何らかの関係があるのでしょう。

そして、この「川上量生」もまた「マイクロソフト」とは深いつながりがあります。
 
というのも、彼が「ドワンゴ」を創業する際、マイクロ・ソフトの「ジェイムズ・スパーン」という人物から協力を得ていて、しかも今現在、「ジェイムズ・スパーン」は「ドワンゴ」の執行役人に就いているのです。
 
ジェイムズ・スパーン – Wikipedia
 
メディアを使った「悪魔教」の布教活動に「マイクロソフト」が深く関わっているというわけです。
 
ちなみに、この「川上量生」はつい先日、ジブリの「宮崎駿」と大喧嘩しています。

テレビの放送があった後、どうして「NHK」はこんな喧嘩のシーンをわざわざ放映したのかとネットで大騒ぎになりました。

はっきり言って、こんな喧嘩の場面をわざわざ放送する必要はないからです。というより、普通ならこんなシーンはカットするはずです。

しかし、実を言うと、この「NHKスペシャル」が放送されたのが今年「2016年の11月13日」です。

そして、この三日前の「11月10日」に、私は以下の記事で「宮崎駿」が「ドルイド教」の崇拝者であることをはっきりと証明しました。

RAPT×読者対談〈第120弾〉クリスマスとジブリ映画に隠された闇の真実。または三島由紀夫切腹の真意。

「ドルイド教」といえば、人身供養を当たり前のように行う悪魔教です。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

ハロウィンももともと悪魔崇拝者たちの行う生贄儀式でした。ハロウィンとバアルと秦氏と大正天皇との奇妙なつながり。

島津家と毛利家が日本を支配していることの本当の意味。またはハロウィンが「国常立尊」を召喚するお祭りである可能性について。

この悪魔教を「宮崎駿」が崇拝しているということが世間にバレたら、「宮崎駿」のイメージがガタ落ちになります。

表向きには、「宮崎駿」はこれまでの自分のアニメ作品で「生命の尊さ」を謳ってきたということになっているからです。

ところが、その「宮崎駿」が実は人身供養を行っていた「ドルイド教」を崇拝しているということになれば、彼は「人の命など何とも思っていない」ということになります。

そんなことが世間に広く知れ渡る前に、こうして「NHKスペシャル」でこんな喧嘩のシーンを放映し、「宮崎駿」はやはり「人命を尊重している」というイメージを広めようとしたのでしょう。

こういう喧嘩のシーンを放映すれば、ネット上でもかなりの話題になること請け合いですし。(もっとも、ネットでこの話題を取り上げているのも、そのほとんどが工作員なのでしょうが。)

ということで、話を元に戻します。

実を言うと、「ウインドウズ」は日本の「三田家」とも深い関わりがあります。少なくとも、昔からその噂が絶えません。

というのも、「ウインドウズ95」のロゴマークがどこからどう見ても「三田」にしか見えないからです。

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また、「アンサイクロペディア」にも「三田家」と「ウインドウズ」の関係について言及されています。

(以下、こちらから転載)

三田家(みたけ、さんたけ)は日本の黒幕、財閥のひとつ。本部は東京の三田か兵庫県の三田市だといわれている。

アメリカ合衆国のマイクロソフトなどと並び称されることもあるが、多くの事業はなぞに包まれている。そのため、実際の総資産は不明である。

一時は総資産が四大財閥に匹敵する言われたが、入手可能な情報だけに基づいたものであるため、実際の資産は遥かに多いと思われる。

(中略)

Windowsのロゴが「三田」を模したものであったため、マイクロソフトとの関係がささやかれた。
 
実際に何らかの関係があったらしく、Windowsの成功により三田家に莫大な資金が入ったと言われている。
 
その後、Windowsのロゴは「田」だけ模した物に変わったとされるが、これはマイクロソフトとの関係を公にしたくない三田家側からの要求とされている。
 

(転載ここまで)

以下が現在の「ウインドウズ10」のロゴマークです。

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見事に「三」が消えて「田」だけが残りましたが、これは明らかに「十字架」に見えます。

そして、「三田家」は「サンタクロース」とも深い関係があるという話をしました。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第120弾〉クリスマスとジブリ映画に隠された闇の真実。または三島由紀夫切腹の真意。

「サンタクロース」とはすなわち「サタンの十字架」という意味なのです。

ですから、「ウインドウズ」のロゴマークはまさに「サタンの十字架」、ひいては「三田家の十字架」を意味しているわけです。

ちなみに、三田家の家紋もまさに「666」でしたね。

三田氏 – Wikipedia

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〈三田氏の家紋〉

この「三田家」の初代「三田九郎」は、自らの土地と資金を「福沢諭吉」に寄付して、「慶應義塾」を東京の三田に創設しています。

そして、「福沢諭吉」はキリスト教の宣教師「アレクサンダー・クロフト・ショー」と大の仲良しだったのですが、実はこの「ショー」という人物が「軽井沢」に最初に「別荘」を建てた人物なのです。

以下、二つの記事を続けてご紹介します。

(以下、こちらから転載)

■A. C. ショーと福澤先生

ショーは一八四六年、カナダ(当時の英領カナダ)のトロント市に生まれた。

ショー家は、スコットランドに長く続いた名貴族で、後にカナダに移住。

祖先はトロント市の開発の先駆者として活躍し、父は当時トロント市の連隊長であった。

同市内にはいまでも「ショー通り」の名前が残されている。

ショーはトロント大学に進み、在学中に聖公会聖職を志した。

そして一八六九年に執事に、一八七〇年に司祭となる。同年、イギリスに渡り、ロンドンの教会に勤務するようになった。

当時、英国聖公会は、近代化の進む日本にキリスト教を広めたいと考えていた。

その宣教師にショーが志願し、明治六(一八七三)年、ロンドンから大西洋、アメリカ大陸横断を経て、イギリス聖公会福音宣布協会(U.S.P.G.)派遣の宣教師として横浜に到着し、築地にあった居留地、今の聖路加病院のあたりにあった田中屋という外人宿に旅装を解いた。

しかし、日本人への宣教伝道をしたくとも、日本人との接触を十分に持つことができなかった。

イギリスの公使館から、日本人を相手に宣教するならば日本人の町の中に溶け込まなくてはいけないという助言を受け、三田の慶應義塾と通りをはさんですぐ南西隣にあった大松寺(だいしょうじ)に寄宿をした。

それがきっかけで福澤先生の知遇を得て、ショーは先生の子女のための家庭教師となる。

併せて、慶應義塾の「倫理学教授」の肩書きも手に入れ、義塾の構内にあった先生宅の隣に建てられた洋館に居住し、英人カテルと結婚した。

先生は、「我輩の家の隣には我輩の深切なる先生ミストルショーの家あり。此度び両家の間に橋を架して、我輩の家よりミストルショーの家の二階に行く可し。故に我輩は此橋を友の橋と名るなり。」(『福澤諭吉全集』第二〇巻一三八頁)と語るまで交遊を深めた。

ショーは本国に送った手紙の中で、「福澤は日本の代表的教育者で、彼と結びつきを持つことは他では得られない立場を私に与えてくれる。

私は彼の造った学校で倫理、実際は聖書を青年たちに教えている。」と報告している。

明治九年、ショーは三田に最初の宣教拠点として聖保羅(パウロ)会堂を設置。

後に移転して、現在の港区芝公園三丁目の地に聖アンデレ教会を創設し、その活動を発展させた。(慶應義塾福澤研究センター蔵)

(転載ここまで)

(以下、こちらから転載)

江戸時代の軽井沢一帯は、寒冷地帯であるため農作物には恵まれず、旅人が落とす路銀が唯一の収入源でした。

しかし明治に入ると中仙道を歩く人はいなくなり、軽井沢は急にさびれていきます。

寒冷地の軽井沢。

高原野菜はまだ日本にはありませんでしたから、ろくに食べるものもない寒村でした。

そのうえ1884年(明治17年)、碓氷(うすい)新道の開通により、宿場への人の流れは完全に絶たれてしまいました。

しかし、この寂れた軽井沢が、カナダ人宣教師、アレキサンダー・クロフト・ショーの来訪によって盛り返すことになります。

明治19年、偶然、さびれた軽井沢へ通りかかったのが、カナダ生まれで英国国教会の宣教師、アレキサンダー・クロフト・ショーと友人の英語教師ジェームズ・ディクソンでした。

彼らは、軽井沢の涼しい自然に祖国スコットランドの風景を思い出しました。

彼は、この地を「屋根のない病院」と感動し、彼らは休業状態の旅籠『亀屋』を訪れて「一夏の間、借りたい」と申し出たのです。

亀屋の主人・佐藤万平はこれを好機と捕らえ、外国人の生活習慣や彼らをもてなす技術を学ぶことにしました。

そして明治27年(1894)に一部を洋風に改装して亀屋ホテルと名乗り、翌年、万平ホテルと改めます。

ところでアレキサンダー・クロフト・ショーは、よほど軽井沢を気に入ったらしく、明治21年に旧軽井沢の大塚山(だいづかやま)に小さな別荘を建てました。

そして、友人の宣教師や日本の知識人たちにも勉強にもってこいの絶好の保養地であると紹介しました。

その結果、外国人、財界人、文人、芸術家たちの別荘が増え、いくつかの教会も建ちました。

《RAPT註:単なる一介の宣教師であれば、彼の言った言葉がここまで多くの影響を与えることはなかったでしょうね。》

当時の欧米人は、夏休みがあっても故郷への船旅は何ヶ月もかかってしまうので帰れなかったため、東京のうだるような暑さに耐え切れない欧米人にとって軽井沢は格好の避暑地となったわけです。

1893年(明治26年)、碓氷新鉄道の開通で町はさらに発展、西洋文化の香り漂う高級別荘地へと生まれ変わりました。

また、欧米人が多く滞在するため、やがて、海外経験のある政財界人や貴族・皇族が避暑に来るようになり、そして作家・芸術家も別荘を持つようになり、「避暑地・軽井沢」のステータスが築かれていきました。

(転載ここまで)

要するに、この「ショー」のお陰で今現在のように「軽井沢」が有名な避暑地として名を馳せるようになったわけです。

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〈ショー礼拝堂〉

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〈ショーハウス〉

このように「ウインドウズ」と「軽井沢」がまたしても一つの線でつながってしまいました。

つまり、こういうことです。

■ウインドウズ・・三田家・・三田九郎・・福沢諭吉・・ショー・・軽井沢

さらに言うなら、「軽井沢」には「軽井沢ゴルフ倶楽部」なるものがあるのですが、この理事長を務めた人物の一人に「白洲次郎」がいます。

白洲次郎 – Wikipedia

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〈白洲次郎〉

この「白洲次郎」もまたイルミナティのかなりの核心人物なのですが、彼についての詳細はいずれ記事にしたいと思っています。

この「白洲家」の先祖も「八ヶ岳」に住んでいて、さらに元を辿れば、例のごとく「清和源氏」だったとのこと。

(以下、こちらから転載)

白洲 退蔵(しらす たいぞう、1829年8月14日(文政12年7月15日) – 1891年(明治24年)9月10日)は、明治にかけて活躍した日本の役人、実業家である。神戸女学院の創設者の一人、白洲文平の父で、白洲次郎の祖父。

退蔵は1829年(文政12年)に三田藩内(現・兵庫県三田市)の薬師寺町に生まれる。

(中略)

* 白洲家は清和源氏の流れを汲み、山梨県北杜市白州町白須が先祖の地と言われている。

《RAPT註:山梨県北杜市にも「八ヶ岳」が含まれます。》

* 江戸中期の先祖白洲文蔵が尾張徳川家に仕え、軍学、書道に通じていた。その後、浪人を経て三田藩江戸留守役の推挙で、儒学者として三田藩士になる。

(転載ここまで)

しかも、見ての通り、「白洲次郎」の祖父である「白洲退蔵」は、「三田藩」生まれの人で、先祖も「三田藩士」だったようです。

「三田藩」と「三田家」は表向きには何の関係もないように見えますが、間違いなく関係があるはずです。

ですから、「白洲次郎」もまた「三田家」と何らかのつながりがあるはずですし、実際にあるのですが、この辺のことは「白洲次郎」のことを記事にする際に、詳しく書いていくつもりです。

さらに言うなら、今現在、「軽井沢ゴルフ倶楽部」を運営しているのが、「ビル・ゲイツの別荘」を建設している「大成建設」です。

軽井沢高原ゴルフ倶楽部

ですから、こういうことも言えます。

■清和源氏・・白洲次郎・・軽井沢ゴルフ倶楽部・・大成建設・・ビル・ゲイツの別荘・・ウインドウズ・・三田家・・サタン

さらに今まで出てきたものを全て付け加えると……。

■ウインドウズ・・サタンの十字架・・三田家・・福沢諭吉・・ショー・・軽井沢・・ビル・ゲイツの別荘・・大成建設・・新海誠(ルシファー)・・新津組・・ミサワホーム・・竹中平蔵・・トヨタ・・天皇家一族

とにかく、何もかもがメビウスの輪のように「イルミナティ」や「悪魔教」や「天皇家」とつながってしまうわけです。

やはり「ビル・ゲイツの別荘」は「ビル・ゲイツの別荘」なんかではありません。間違いなくイルミナティの「悪魔崇拝施設」に他ならないのです。

恐らく「ビル・ゲイツ」は単に名前を貸しているだけでしょう。

軽井沢の「悪魔崇拝の宗教施設」を「ビル・ゲイツの別荘」だといって噂を流すことを、ゲイツ自身も陰ではきちんと承諾しているに違いありません。

何せ、「ビル・ゲイツ」がイルミナティの一員であることも、以下の動画ではっきりと暴露されてしまいましたからね。

このように「ビル・ゲイツ」はワクチンによる人口削減を推進するため、「マイクロソフト」をやめて「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」なる慈善団体(という名目の詐欺団体)を設立しました。

ビル&メリンダ・ゲイツ財団 – Wikipedia

皆さんもご存知の通り、「子宮頸額ワクチン」によって多くの女性たちがひどい副作用に悩まされるようになりましたが、この「子宮頸がんワクチン」を日本で普及させようとしたのが「CSIS(戦略国際問題研究所)」です。

戦略国際問題研究所 – Wikipedia

この「CSIS」に深く関わっているのが、「ニューソート(神智学)」思想を崇拝している「稲盛和夫」なのです。

(以下、こちらから転載)

■戦略国際問題研究所

稲盛財団理事長の稲盛和夫は国際評議員を務め、2002年4月1日には政界・経済界等の若手リーダーを養成するための設立基金500万ドルを財団から寄付し、「アブシャイア・イナモリ リーダーシップ・アカデミー」(Abshire-Inamori Leadership Academy:略称AILA)をCSIS内に共同で設立した。

CSISは子宮頸がんワクチンの接種、推進に関する日本政府への提言なども行ってきている。

(転載ここまで)

「稲盛和夫」もかなり闇の深い人物です。

しかし、彼の抱えた闇はこんなものではありません。もっと奥が深いです。

これについても、いずれ詳しく記事に書くことになるでしょう。

また、かの「ホリエモン」も「予防治療」にもっとお金を使うべきだと警鐘を鳴らしています。

医療費40兆円突破 ホリエモンによる予防医療推進のための任意団体構想 | ホリエモンドットコムブログ

(以下、こちらから転載)

2014年度の医療費が40兆円を超えるという厚生労働省の発表に対し、ホリエモンはNewsPicksで以下のようにコメントした。

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(転載ここまで)

「ホリエモン」も「ビル・ゲイツ」もいわゆる「IT企業」の社長だったわけですが、なぜそんな人がいちいち「医療の世界」に口を挟むのか。

要するに、医療を全く知らない素人でもボロ儲けできるのが「医療の世界」だからでしょう。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

RAPT×読者対談〈第113弾〉ワクチンも薬もただの毒。論より証拠。

RAPT×読者対談〈第114弾〉癌という病気は存在しない。(前編)

RAPT×読者対談〈第115弾〉癌という病気は存在しない。(後編)

あと、「福沢諭吉」は1万円札の顔ですね。

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五千円札の「新渡戸稲造」も千円札の「夏目漱石」も、そして二千円札の「紫式部」も全ては「源氏」関係者でした。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

RAPT×読者対談〈第119弾〉日本の支配者も有名人もほとんど全員、清和源氏。

RAPT×読者対談〈第122弾〉現代日本の支配構造は、安土桃山時代と全く同じ。

ですから、恐らく「福沢諭吉」もまた「源氏」関係者なのでしょう。

一応、彼の父親は「豊前国中津藩(現・大分県中津市)」の下級藩士だとのことですが、多分、これも「豊臣秀吉」や「稲田朋美」と一緒で、どこぞの大物の隠し子であることを隠すための嘘ではないでしょうか。

福澤諭吉 – Wikipedia

でなければ、1万円札の顔なんかになれるわけがありませんから。

人工言語エスペラントは悪魔崇拝者たちの共通言語である。

ここ最近の調査で、安倍晋三や稲田朋美といった日本の権力者たちが「緑」を自らのシンボルカラーとし、かつその「緑」をシンボルとする勢力たちが陰で密かに「エスペラント」なる人工言語を使って意思疎通している可能性が高い、ということが分かってきました。

結論から言いますと、やはり彼らは間違いなく「エスペラント」を共通言語として使っています。
 
今回はその証拠をいくつも列挙していきたいと思います。
 
しかし、その話をする前に、どうして彼らが「エスペラント」を共通言語として使っているのか、その理由を簡単に説明しておきます。
 
といっても、その答えは実に簡単です。
 
彼らは単に聖書の神ヤハウェに反逆したいと思っているだけです。
 
聖書には以下のような記述があります。
 
…………………
 
全地は同じ発音、同じ言葉であった。
 
時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。
 
彼らは互に言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。
 
こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。
 
彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。
 
そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。
 
時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、言われた、
 
「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。
 
彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。
 
さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。
 
こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。
 
これによってその町の名はバベルと呼ばれた。
 
主がそこで全地の言葉を乱されたからである。
 
主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。
 
(旧約聖書・創世記11章1〜9節)
 
…………………
 
このように聖書の神様は、この世の人々が一つに結束して悪巧みができないように、この世の言語をバラバラにしてしまいました。
 
もちろん、この世に善良な人々ばかりが満ち溢れていれば、神様もこんなことをする必要は全くなかったでしょう。
 
しかし、この世の中に悪人ばかりが満ち溢れ、彼らがいつも悪いことばかりを計画していたため、神様もこのように人々の言語をバラバラにして、人々が結束できないようにするしかなかったのです。

当然のごとく、悪魔を崇拝する人たちは、この神様ヤハウェに反逆するため、この世の言語を一つにしようと長きに渡って画策しつづけてきました。
 
その結果、彼らは「エスペラント」なる共通言語を作り、この「エスペラント」を全世界に普及させて、全世界の人たちが「エスペラント」で互いに意思疎通しあうようにと誘導しようとしたわけです。
 
しかも、彼らはもう既に仲間内で「エスペラント」で会話しなければならないということまで取り決めているようです。
 
(以下、こちらから転載)
 
世界連邦運動(せかいれんぽううんどう、World Federalist Movement、WFM)は、世界の全ての国家を統合した世界連邦の成立を目指す、国際的な非政府組織である。
 
現在国家単位で与えられている国連への参加資格を個人単位に移すことを主眼としており、これらは即ち、事実上の「単一世界国家(単一世界政府)」(ワン・ワールド)の建設である。
 
1955年の世界連邦運動は国連をもっと世界連邦政府に近づけたいと考えていたが、国連内にプロパガンダ要員が不足していた。しかし1965年ごろは国連のそばに事務所を構え、国連憲章18章の修正に関与したり、国際刑事裁判所の設立を提案したりした。憲章18章は改正手続を定める章であり、日本国憲法96条をめぐる議論を想起させる。
 
1977年時点で37カ国に45の組織をもち、会員は100万人に達し、本部はハーグ、初代会長はジョン・ボイド・オアで、1961年以来湯川秀樹が会長を務めていた。
 
このあと各国に国内委員会ができ、ラダ・ビノード・パールが出席したことで知られる世界連邦アジア会議も生まれた。
 
1983年にはThe Institute for Global Policyというシンクタンクを立ち上げた。
 
IGPは、国際/地域組織の民主化と、国際法の開発および世界適用を標榜する。最近ではNGOの国際会議参加を擁護している。
 
2002年にロンドンで開催された「第24回世界連邦世界大会」では、「世界連邦主義者はノン・ナショナル・ランゲージ(無国籍言語)、エスペラントを学ぶ」という決議文が採択された。
 
(転載ここまで)
 
このように、2002年の「第24回世界連邦世界大会」において、彼らは「世界連邦主義者はノン・ナショナル・ランゲージ(無国籍言語)、エスペラントを学ぶ」と決議したようです。

この「世界連邦運動」の会長を務めていたのが、かのノーベル賞物理学者「湯川秀樹」です。
 
湯川秀樹 – Wikipedia

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〈湯川秀樹〉

なぜかは分かりませんが、この「世界連邦運動」が始まったときから、「アインシュタイン」や「湯川秀樹」といったノーベル物理学者たちが、この世界統一の動きに賛同の意を示していたようです。

(以下、こちらから転載)

第二次世界大戦末期において成立した国際連合が戦争抑止力の低いことを痛感した世界の科学者・文化人たちが、より強力な世界連邦の形成をすすめることで世界から戦争を無くしていこうと決意し、1946年10月ルクセンブルクで「世界連邦政府のための世界運動」を起こした。

この運動にはバートランド・ラッセル、アルベルト・アインシュタイン、アルベルト・シュヴァイツァー、ウィンストン・チャーチル、湯川秀樹などのノーベル賞受賞者が賛同した。

このとき本部をジュネーヴにおいた。

(転載ここまで)

要するに、この世の物理学者たちは本当は物理学者なんかではないということです。

彼らはただの「世界連邦主義者」であり、つまりは「悪魔崇拝者」なのです。

だからこそ、この世の物理学は嘘デタラメだらけなのです。

RAPT×読者対談〈第70弾〉ノーベル賞創設の目的はアインシュタインの嘘を隠蔽するため。

RAPT×読者対談〈第103弾〉イルミナティはもういらない。

この「世界連邦運動」の提唱者は「カレルギー」という名の日本人で「フリーメーソン」でしたね。これは前にも書いた通りです。

NWO(世界統一政府)の提唱者がフリーメーソンであり、日本人であるという確たる証拠。

そして、「アインシュタイン」も同じく「フリーメーソン」であることが分かっています。

ですから、「湯川秀樹」も恐らくは「フリーメーソン」なのでしょうし、ひいては「世界連邦運動」を行っているメンバーのほとんど全員が「フリーメーソン」に違いありません。
 
そして、彼らのほぼ全員が「エスペラント」を喋っているに違いないのです。
 
実際、ある読者の方からの情報によると、フリーメイソンにおいて「エスペラント団体」は15〜18級の階級に属しているようです。
 
以下が、フリーメーソンの階級になります。
 
(以下、こちらから転載)
 
フリーメーソンの階級は、非常にシンプルで、わずか3階級から成っており、この3階級はBlue Lodge(ブルーロッジ)と呼ばれます。 
 
階級1  Entered Appprentice(徒弟)
階級2  Fellow Craft(職人)  
階級3  Master Mason(親方) 
 
しかしながら、これより上位階級をつくっているのが、関連組織のスコティッシュ・ライト(スコッチ儀礼)、ヨーク・ライト(ヨーク儀礼)で、スコティッシュ・ライトは30階級、ヨーク・ライトは9階級の上位階級を用意しており、Blue Lodgeよりも上位の階級をRed Lodgeと呼びます。
 
階級4  Secret Master (秘密の親方)
階級5  Perfect Master (完全な親方)
階級6  Intimate Secretary (親密な秘書)
階級7  Provost and Judge (主監と判事)
階級8  Intendant of the Building (建物の管理者)
階級9  Elected Master of Nine (選ばれた9人)
階級10  Illustrious Elect of Fifteen (選ばれた15人)
階級11  Sublime Elect of the Twelve, or Prince Ameth (選ばれた12人)
階級12  Grand Master Architect (建築の大親方)
階級13  Royal Arch of Enoch, or Royal Arch of Solomon (エノクまたはソロモンのロイヤル・アーチ)
階級14  Perfect Elu, Grand elect, Perfect, and Sublime Mason (完全なる被選抜者または完全にして崇高な石工)
階級15  Knight of the East (東方または剣の騎士)
階級16  Prince of Jerusalem (エルサレムの王子)
階級17  Knight of the East and West (東西の騎士)
階級18  Knight Rose Croix (薔薇十字の騎士)
階級19  Grand Pontiff (大司教)
階級20  Grand Master of All Symbolic Lodges (象徴的ロッジの親方)
階級21  Noachite, or Prussian Knight (ノアの末裔またはプロイセンの騎士)
階級22  Knight of the Royal Axe, or Prince of Libanus (王者の斧の騎士またはレバノンの王子)
階級23  Chief of the Tabernacle (幕屋の長)
階級24  Prince of the Tabernacle (幕屋の王子)
階級25  Knight of the Brazen Serpent (青銅の蛇の騎士)
階級26  Prince of Mercy, or Scottish Trinitarian (恩寵の王子)
階級27  Knight Commander of the Temple (殿堂の指揮官)
階級28  Knight of the Sun, or Prince Adept (太陽の騎士または熟達した王子)
階級29  Grand Scottish Knight of St. Andrew (スコットランドの騎士聖アンドリュー)
階級30  Knight Kadosh (カドシュの聖なる騎士)
階級31  Grand Inquisitor Commander (大審問長官)
階級32  Sublime Prince of the Royal Secret (王者の秘密の至高の王子)
階級33  Grand Inspector General (最高大総監)
 
それでは、それぞれの階級にはどのような人たちがいるのでしょうか?
 
階級1~3は、一般大衆から募集したもので、ライオンズクラブ、ロータリークラブ、ボーイスカウトなど、慈善団体のような活動を行っています。
 
怪しげな政治・陰謀などを期待して入会しても、入会金や年間会員費用、またボランティアでの寄付を行い、お金だけ使わされて、政治的な事に関与することはありません。
 
階級4~14では、法律・マスコミ関係で、国際的な全ての法律機関、BBC、CBS、CNN、NBC、NYタイムズ、ワシントンポスト、エンサイクロペディア・ブリタニカ、ワーナー・コミニュケイションズ等があり、特に世界で最初に百科辞典をつくったのはフリーメーソンなので、今後も関係し続けると思います。
 
階級15~18は、科学・社会思想関係で、全米アカデミー、ノーベル財団、国際人権擁護委員会、ローマクラブ、エスペラント団体、など国際的な機関で働く人々です。
 
階級19~29は、政治・経済関係で、国連、ユニセフ、国際赤十字、CFR、日米欧3極委員会、EU、ローマクラブ、NATO、CIA、BIS、IMF、ロンドンポリシークラブ、国際シオニストグループ、など国際的に影響力を及ぼす政治・経済に関する国際機関で働く人々。
 
階級30~32は、ユダヤ・キリスト教などの宗教関係で、全国教会評議会、最後の審判のプロセス教会、ウィッカ協会、アメリカ・サタニック教会、ガーター聖団、などの関係者。
 
そして33階級は、ロイヤルファミリー、ロスチャイルド家、ロックフェラー家、モルガン家、メロン家、デュポン家、オッペンハイマー家、ハリマン家、サッスーン家、ワールブルグ家、ドレフュス家、カーネギー家、ケネディ家、オナシス家、フォード家、フォーブス家、モービル家、イートン家など、王家や世界の政治経済を動かしている名門財閥から選ばれます。
 
(転載ここまで)

このように「エスペラント団体」はフリーメーソンの「階級15~18」に所属しています。しかも、「ノーベル財団」と同じ階級です。

「エスペラント」なんて我々庶民には全く関係のない言語ですが、「フリーメーソン」の内部ではかなり重要なものとして扱われているという証拠です。

そして実際、フリーメイソンでは「エスペラント」が使われていると、以下のリンクにはっきりと書かれてあります。

Mackey’s Encyclopedia of Freemasonry – L

英語ではありますが、『A Masonic Lodge using Esperanto was established at Paris, one has been planned for London, and an international group of Freemasons using Esperantohas also functioned 』と書かれてあります。

また、以下のリンクを見てみると、「湯川秀樹」が「エスペランティスト」だったということも、はっきりと書かれてあります。

『日本エスペラント運動人名事典』

さらにこのリンクには、「エスペラント」を使っていた人物として、

「秋田雨雀、安部公房、井上ひさし、伊波普猷、梅棹忠夫、江上不二夫、大杉栄、丘浅次郎、黒板勝美、瑛九、江上不二夫、エロシェンコ、大石和三郎、尾崎行雄、小田切秀雄、川喜田二郎、北一輝、木村荘太、久保貞次郎、栗栖継、小林司、小林英夫、堺利彦、佐々木喜善、佐々木孝丸、ザメンホフ、柴山全慶、周作人、新村出、関口存男、高木仁三郎、高杉一郎、高見順、出口王仁三郎、土井晩翠、土岐善麿、徳冨蘆花、中村精男、西成甫、新渡戸稲造、H. E. パーマー、巴金、長谷川テル、比嘉春潮、二葉亭四迷、宮城音弥、宮沢賢治、八木日出雄、柳田國男、吉野作造、ラムステット、魯迅、芥川龍之介、暁烏敏、東龍太郎、石川三四郎、内村鑑三、梶山季之、神近市子、木下順二、黒岩涙香、高良とみ、小松左京、西光万吉、佐藤春夫、更科源蔵、沢柳政太郎、島木健作、下中弥三郎、芹沢光治良、相馬黒光、高橋和巳、高見順、高村光太郎、立原道造、田中館愛橘、田辺茂一、都留重人、鶴見祐輔、手塚治虫、徳川家達、中野重治、野上弥生子、野間宏、長谷川如是閑、羽仁五郎、福田赳夫、星新一、穂積陳重、正木ひろし、宮沢俊義、宮本百合子、武者小路実篤、矢内原忠雄、山川菊栄、山川均、山田耕筰、湯川秀樹……」

といった名前が挙げられています。

そして、この中には「出口王仁三郎」の名前まで入っています。(「内村鑑三」とか「芥川龍之介」とか「手塚治虫」といった人の名前もあります。実は彼らもフリーメーソンだったのかも知れません。)

これまで何度も書いてきましたように、「出口王仁三郎」は「満州国」の建国を提唱し、かつ全世界を征服して一つの宗教国家をつくることを目標としていました。

RAPT×読者対談〈第106弾〉出口王仁三郎と日本軍による世界征服計画とその失敗。

今現在の「大本教」も「エスペラント」を普及させようと必死で活動しています。

大本とエスペラント of 大本公式サイト【日本語】

つまり、世界を統一しようと画策している悪魔崇拝者たちは皆、昔から「エスペラント」を使って意思疎通し、実際に世界を統一した暁には、全世界の人々が「エスペラント」で話し合えるようにしようと計画してきたわけでしょう。

ちなみに、「エスペラント団体」というのは、「世界エスペラント協会」や「日本エスペラント協会」といった団体のことを指していると考えられます。

世界エスペラント協会 – Wikipedia

日本エスペラント協会 – Wikipedia

このうち、「日本エスペラント協会」は「八ヶ岳」にも研修施設・図書館分館を建てています。その名も「八ヶ岳エスペラント館」と言います。

八ヶ岳エスペラント館 | 一般財団法人日本エスペラント協会

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〈八ヶ岳エスペラント館〉

またしても「八ヶ岳」です。

彼らイルミナティの連中ははなぜか「八ヶ岳」を重要拠点としていて、この「八ヶ岳」に様々な悪魔崇拝の施設を建てようとしています。

その一例が「ビル・ゲイツの別荘」と称する巨大な地下施設です。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

軽井沢の「ビル・ゲイツの別荘」は悪魔崇拝のための宗教施設である可能性大。

そして、この「八ヶ岳」も実は「エスペラント」と非常に深いつながりがあります。

というのも、「軽井沢」に初めて「別荘」を建てたのが「アレクサンダー・クロフト・ショー」というキリスト教の宣教師なのですが、実はこの「ショー」は後に「世界連邦建設同盟(現、世界連邦運動協会)」の初代会長となる「尾崎行雄」に洗礼を授けているのです。

尾崎行雄 – Wikipedia

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〈尾崎行雄〉

この「尾崎行雄」も上にリンクを貼った『日本エスペラント運動人名事典』に「エスペランティスト」としてその名が記されてあります。

ということは、この「尾崎行雄」に洗礼を授けた「ショー」もまた「エスペランティスト」だったに違いありません。

そして、恐らく二人ともフリーメーソンだったのでしょう。

さらに言うなら、「エスペラント」のシンボルマークは「緑の星」でしたね。

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この「緑の星」をそのまま建造物にしたのが、北海道にある「五稜郭」です。

五稜郭 – Wikipedia

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〈五稜郭〉

この「五稜郭」は、かつて北海道にあった「蝦夷共和国」のトップ「榎本武揚」が、明治政府と戦うための拠点として使っていた場所です。

ここに「蝦夷共和国」と「エスペラント」のつながりが見えてきます。

ジョン・タイターの予言は既に着々と実現しています。「蝦夷共和国」はユダヤ人を北海道に移住させる「河豚計画」の一環として誕生する予定です。

そして、この「榎本武揚」を題材にして小説を書いた作家の一人に「安部公房」という人物がいます。

安部公房 – Wikipedia

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〈安部公房〉

その作品が以下になります。

この「安部公房」はノーベル文学賞に最も近いと言われていた作家でしたが、もともとは歴史小説を書くような人物ではなく、非現実的、幻想的な小説ばかりを書いていた人物です。

ノーベル文学賞に最も近かった男・安部公房 – NAVER まとめ

にもかかわらず、彼はなぜか「榎本武揚」を題材にした歴史小説を書きました。

しかも、彼が書いた歴史小説はこれだけです。

これだけ見ても、彼がいかに「榎本武揚」を尊敬しているかが分かります。

そして、このように「榎本武揚」を崇拝している「安部公房」もまた、『日本エスペラント運動人名事典』に「エスペランティスト」としてその名が挙げられています。

ですから、「五稜郭」が「エスペラント」のシンボルマークと同じ形をしているのも、単なる偶然ではないということです。

つまり、「五稜郭」を作ったのも「エスペラント」を作ったのも、すべては同じ輩たち、ということです。

しかも、「安部公房」の本籍は「北海道」で、彼の祖父母は香川からやってきた北海道開拓民とのこと。

ここに北海道に島流しにされた淡路島の領主「稲田家」とのつながりが連想されます。(さらに言うと、実はここに「毛利家」も関わってくるのですが、詳細は後日に譲ります。)

RAPT×読者対談〈第121弾〉清和源氏と日本会議と蝦夷共和国と緑の星。

それだけではありません。

実はこの「安部公房」は、幼少期を「満州」で過ごしています。どこまでも悪魔崇拝とズブズブの人物です。

(以下、こちらから転載)

安部 公房(あべ こうぼう、1924年(大正13年)3月7日 – 1993年(平成5年)1月22日)は、日本の小説家、劇作家、演出家。本名は公房(きみふさ)。

満州医科大学(現・中国医科大学)の医師である父・安部浅吉と、母・よりみの長男として、東京府北豊島郡滝野川町(現:東京都北区西ヶ原)に生まれる(本籍地は北海道上川郡東鷹栖町(現旭川市)。

母のよりみは、公房を妊娠中の1924年に小説『スフィンクスは笑う』(2012年に講談社文芸文庫で復刻)を執筆したが、その後筆を折る。祖父母は香川県からの北海道開拓民であった)。

《RAPT註:どうして「スフィンクス」が出てきたのでしょうか。笑》

1925年(大正14年)、家族と共に満州(現・中国東北部)に渡り、奉天市(現・瀋陽市)で幼少期を過ごす。

小学校での実験的な英才教育、「五族協和」の理念は、後に彼の作風や思想へ大きな影響を与えた。

《RAPT註:「五族共和」とはまさに世界統一のことですね。》

五族協和 (満州国) – Wikipedia

1940年(昭和15年)、満洲の旧制奉天第二中学校を4年(飛び級)で卒業。

帰国して旧制成城高等学校(現・成城大学)理科乙類に入学。

ドイツ語教師であった阿部六郎に多大な影響を受け、戯曲や実存主義文学を耽読する。

また、高木貞治の『解析概論』を愛読し、成城始まって以来の数学の天才と称された。

(転載ここまで)

この「安部公房」はノーベル賞を受賞する前に死んでしまったため、代わりに「大江健三郎」がノーベル文学賞をとることになりました。これは文学界では有名な話です。

そして、この「大江健三郎」も「燃え上がる緑の木」という「緑」をネタにした(タイトルに冠した)小説を書いています。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第121弾〉清和源氏と日本会議と蝦夷共和国と緑の星。

また、「安部公房」も「緑色のストッキング」という「緑」をネタにした戯曲を書いています。

緑色のストッキング – Wikipedia

こうして見てみると、過去にノーベル賞をとった人物たちの大半が実は「エスペランティスト」であり、ひいては「連邦主義者」、かつ「フリーメーソン」だった可能性大、と言えそうです。

そして、この日本には「五稜郭」の他にも「緑の星」をかたどった巨大な建築物があります。その名も「龍岡城(たつおかじょう)」と言います。

龍岡城 – Wikipedia

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〈龍岡城〉

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この「龍岡城」も「五稜郭」と同じく、本来なら「星型要塞」として建設されるはずでした。

しかし、幕末の動乱のさなかで予算的にも制約があり、かつこの城を建設していた「松平乗謨」も幕府の要職に忙しかったため、最後まできちんと工事を完遂できなかったようです。

しかも、「龍岡城」の建築はその後も中断されたままとなり、やがてこの敷地内には小学校が建てられることになりました。もっとも、この小学校も現在では使われていないようです。

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この「龍岡城」がどこにあるのかというと、これまた「八ヶ岳」なのです。詳しくは「長野県佐久市」です。

(以下、こちらから転載))

龍岡城(たつおかじょう)は、長野県佐久市田口にある日本の城跡。

幕末期に築城され、龍岡藩(田野口藩)の藩庁が置かれていた。

日本に二つある五芒星形の西洋式城郭のうちの一つであり、もう一つの西洋式城郭である函館の五稜郭との対比から龍岡五稜郭、あるいは桔梗城とも呼ばれている。

国指定の史跡。

(転載ここまで)

このように「エスペラント」と「八ヶ岳」とは実に深いつながりがあります。

つまり、「八ヶ岳」を自らの拠点として様々な悪魔崇拝施設を建設しているのは、「エスペラント」を使っている「フリーメーソン」であり、「世界連邦主義者」たちということです。

さらに具体的に言うなら、「出雲族+月派」プラス「秦氏」の片割れということになります。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

安倍晋三・稲田朋美をはじめ緑の勢力が「第三次世界大戦」を引き起こそうとしている厳然たる事実。

そもそも、「エスペラント」の普及に尽力した「新渡戸稲造」は「南部氏」の用人の末裔ですが、この「南部氏」は「甲斐源氏」の末裔で、「甲斐源氏」はもともと「甲斐国(山梨県)」を発祥とし、かつ「信濃国(長野県)」をも支配していました。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第122弾〉現代日本の支配構造は、安土桃山時代と全く同じ。

この「山梨県」と「長野県」を跨ぐようにして「八ヶ岳」が聳え立っているわけですね。

ですから、「エスペラント」と「八ヶ岳」はどうしても切っても切れない関係にあるわけです。

しかも、「南部氏」は「奥州」に土着して「盛岡」を自らの根拠地としていたようですが、この「盛岡」から「宮沢賢治」が生まれていて、実はこの「宮沢賢治」も「エスペランティスト」だったようです。

実際、上の『日本エスペラント運動人名事典』の中に彼の名前が出てきますし、「宮沢賢治」の作品には以下のように「エスペラント」が多用されています。

(以下、こちらから転載)

■宮沢賢治

主に東北地方の地名をエスペラント風にした架空地名を作中に登場させていた。例を挙げる。

「イーハトーヴォ」← 岩手県
「シオーモ」← 塩竈市
「センダード」← 仙台市
「ハームキア」← 花巻市
「モリーオ」← 盛岡市

宮沢賢治原作の劇場用アニメ映画「銀河鉄道の夜」では、劇中に登場する文字は全てエスペラントである。

(転載ここまで)

このように「奥州」と「エスペラント」もかなり深いつながりがあります。

「奥州」といえば「蝦夷」であり「出雲族」であり「あらえびす」であり「安倍晋三」でしたね。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

RAPT×読者対談〈第105弾〉関ヶ原の戦いより千年前に起きた天下分け目の戦いの真相。またはカタカムナと安倍晋三の深いつながり。

要するに、「エスペラント」を積極的に普及させてきたのが、彼ら「出雲族」の連中であったということです。

また、「宮沢賢治」原作のアニメ映画「銀河鉄道の夜」では、劇中に登場する文字が全て「エスペラント」になっているとのこと。

つまり、この映画を制作した人たちも皆、「エスペランティスト」だったということでしょう。念のため、映画の製作者たちの名前をここに挙げておきます。

(以下、こちらから転載)

監督:杉井ギサブロー
原案:ますむらひろし
脚本:別役実
音楽:細野晴臣
アニメーション制作:グループ・タック
配給:日本ヘラルド映画

(転載ここまで)

しかも、この映画では見ての通り、主要な登場人物が「猫」として描かれています。

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この劇場アニメ版「銀河鉄道の夜」の主人公を「猫」として設定したのが、漫画家の「ますむらひろし」です。

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〈ますむらひろし〉

「ますむらひろし」とは、巷でよく見かける以下のような絵を描く人です。

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この「ますむらひろし」はどうやら昔から人間のことを獣以下の存在と見なしていたようです。

以下、「ますむらひろし」のウィキペディアの記事です。

(以下、こちらから転載)

デビュー当初から2015年現在に至るまで作風や表現方法は劇的に変化しているが、どの時代も一貫して言えるのは童話的或いは教訓的な作風である。

作中に登場する動物は高い言語能力を持ちファッションや享楽を嗜好する等、地球の何処かに存在する架空の獣人種族として描かれている。

(氏曰く、人間を他の動物よりも優れた種として描くのが好きになれず対等の存在にするために人間と同様に他の動物も進化した種として描いているらしい)

そのため一つの種族にスポットを当て、「その種族がどこで生まれたか?」や「どんな文明を築いているか?」を軸に話を構築していくためか、SF小説のような掘り下げ方で話を進行させていくパターンが多い。

初期は愚かな人間に対して制裁を加える動物(化け猫に近い)の話が多く、氏の感性自体も人類の存在を否定的に捉えるような見方であった。

絵柄の方も痩せ細ったような描き方で人間を描いており、全体的に暗い作風であった事が分かる。

(転載ここまで)

このように「人間」を「動物」以下の存在とみなす思想は、まさに「シュタイナー」の「人智学」そのものです。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

RAPT×読者対談〈第111弾〉人工地震3.11を起こした真犯人は出雲族である。

この「人智学」にかぶれていたナチスドイツの知識人たちの多くが「緑の党」に所属していました。

緑の党 – Wikipedia

(以下、こちらから転載)

シュタイナーの思想はカール・グスタフ・ユング、パウル・クレー、アルベルト・シュヴァイツァーにも何らかの影響を与えた。

ドイツ哲学研究者の三島憲一は、1970年代以降のドイツで緑の党に集まった知識人たちのなかに人智学に学んだ人々が多いと述べているが、その一方で、1920年代にヴァルター・ベンヤミンはシュタイナーについて「前近代への願望でしかないと見て深く軽蔑していた」(三島 2002 : 596)とも指摘している。

(転載ここまで)

ここで「エスペラント」と「緑の党」がものの見事に結びつきました。

やはり「緑」を自らのシンボルカラーとしている人たちは皆、「人智学」を崇拝し、かつ「エスペラント」を使って意思疎通をしていると考えて間違いなさそうです。

彼らが我々「人間」のことを「動物」以下の存在だとみなしているからこそ、平気で「3.11」なる人工地震を起こして、あれほど大勢の人々を一夜にして殺戮することができたのでしょう。

そんな彼らこそ、まさしく「動物」以下の存在だと言うしかありません。

また、上の「銀河鉄道の夜」の「猫」の絵を見て、私はふと映画「アバター」を思い出しました。

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〈映画アバター〉

このように「アバター」に出てくる宇宙人も、「銀河鉄道の夜」の主人公の「猫」とそっくりです。

ちなみに、この「アバター」は世界の歴代興行収入ランキング「1位」を記録した大ヒット映画です。

世界歴代興行収入ランキング 1位 – 100位 – 映画ランキングドットコム

この映画「アバター」も森を神聖視し、森を守るために戦うという「ドルイド教」的な内容になっています。

アバター (映画) – Wikipedia

しかも、その敵は「人間」です。森を大事にしない「人間」のことを「動物」以下の存在として描き、「敵」として殺していくわけです。

これはまさしく「ますむらひろし」の世界観と全く同じものであり、このような思想が「3.11」に発展したことは間違いありません。

この映画を作った映画監督「ジェームズ・キャメロン」も、やはり「ドルイド教」の発祥地「スコットランド系」の人物です。

ジェームズ・キャメロン – Wikipedia

このように、イルミナティの連中は「猫」を重要視しているわけですが、ではなぜ彼らがそんなに「猫」を重要視するのかというと、恐らく彼らが「バステト神」なる「猫」の神様を崇拝しているからでしょう。

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〈バステト神〉

(以下、こちらから転載)

バステトは猫の女神として知られる。

猫は古代エジプト人が初めて家畜化した動物と言われており、エジプト先王朝時代の遺跡の墓より猫の骨が発見されていることから、紀元前4000年紀後半には家畜化されていたと考えられている。

バステトは当初、猫ではなく雌ライオンの頭部を持った姿で崇拝された。

しかし、紀元前1000年頃には猫の姿、あるいは猫の頭部を持つ人間の姿とされるようになった。

人間の姿の場合は、しばしば手にシストラム(英語版)という楽器、盾、籠を持っている。

バステト崇拝の中心地としては、ブバスティス(英語版)が挙げられる。

もともと、バステトはブバスティスの地方神であったと考えられる。

ブバスティスにおいて猫はバステトの聖なる獣とされ、ミイラ化した状態で多数の猫が地下墓地に埋葬されていた。

他の崇拝地としては、メンフィス、ヘリオポリス、テーベ、レオントポリス、ヘラクレオポリスが知られている。

バステトは、ファラオの守護者、家の守護者といった役割を持ち、人間を病気や悪霊から守護する女神である[2]という。また、多産のシンボルとみなされ、豊穣や性愛を司り、音楽や踊りを好むともされる。

ギリシア人は、バステトをアルテミスあるいはアプロディーテーと比較した。

神話上においては、通常、バステトは太陽神ラーの娘とされる。しかし、ラーの妹、あるいは妻とされることもある。

後代においては、創造神プタハの妻とされた。

ライオンの姿を持つ神マヘスはバステトの息子とされる。

また、アヌビスも時としてネフティスではなくバステトの息子であるとされる。

バステトはしばしば、雌ライオンの頭を持つテフヌト、あるいはセクメト・ハトホルといった他の女神と同一視される。

これによりバステトは、ラーが人間を罰するために自らの左目を女神として送り出し、女神が地上で大殺戮を行なったという「遠方の女神」や「ラーの目」といった物語群に属することとなる。

また、テフヌトと同一視された関係で、アトゥムの敵であるアペプを倒すものともみなされる。

(転載ここまで)

見ての通り、この「バステト神」は「ラーの目」のことであり、つまりは「ホルスの目」のことです。

ホルスの目 – Wikipedia

ですから、大雑把に言うと「猫の神様」イコール「ホルスの目」とも言えます。

そして、この「ホルスの目」が「フリーメーソン」のシンボルマークとして使用されているわけですから、彼らがそれだけ「バステト神」つまり「猫の神様」を重視しているという証拠です。

だからこそ、「ますむらひろし」も「アバター」の監督「ジェームズ・キャメロン」も「猫」を映画の主人公として設定したわけでしょう。

しかも、「ますむらひろし」の出身地は「あらえびす」と同じ山形県。

ますむらひろし – Wikipedia

「あらえびす」も「シュタイナー」の信奉者でしたし、「あらえびす」の古いホームページも「緑」でしたね。

あらえびすポータルサイトーaraebisu.jp

もちろん、こういったことも単なる偶然の一致ではないでしょう。

さらに言うなら、「エスペラント」とはエスペラントの単語で「希望する者」という意味だそうですが、「小池百合子」が始めた政治塾も、その名前が「希望の塾」で、そのホームページもまさしく「緑色」。

小池百合子政経塾 希望の塾 公式ホームページ

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やはり「小池百合子」も「エスペランティスト」に違いありません。

そして、彼女もまた「世界連邦主義者」であり「フリーメーソン」なのでしょう。

さらに、「世界連邦運動」のウィキペディアの記事を見てみると、以下のような一文が書かれてありました。

(以下、こちらから転載)

2005年8月2日、衆議院に「国連創設及びわが国の終戦・被爆六十周年に当たり、更なる国際平和の構築への貢献を誓約する決議案」を、川崎二郎外20名が提出し可決。

本決議の中に「世界連邦実現の道の探求」という部分があり、本決議を受けて、麻生太郎外務大臣の指示により、2005年12月14日に、外務省総合外交政策局・政策企画室に世界連邦運動の窓口を設置することが決定した。

(転載ここまで)

ここに「川崎二郎」という名前と「麻生太郎」という名前が出てきます。

そして、「川崎二郎」のホームページも「緑色」で、「麻生太郎」のホームページもやはり「緑色」。

衆議院議員 川崎二郎のページ

麻生太郎オフィシャルサイト

「川崎二郎」は「北海道開発庁」の長官をやっていたそうです。

まさしく「蝦夷共和国」の建国に向けて何らかの下準備していたのでしょう。

川崎二郎 – Wikipedia

北海道開発庁 – Wikipedia

一方の「麻生太郎」も「吉田茂」の孫であることは有名な話ですが、「吉田茂」の側近が「白洲次郎」で、「白洲次郎」の先祖も「八ヶ岳」に住んでいました。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

軽井沢の「ビル・ゲイツの別荘」は悪魔崇拝のための宗教施設である可能性大。

やはり「八ヶ岳」と「エスペラント」、そして「世界連邦運動」は切っても切れない関係にありそうです。

そして、実を言うと、かの「坂本龍一」も過去に「エスペラント」という名前のアルバムを発売しています。はっきり言って、ただの雑音にしか聞こえない曲ばかりです。

〈坂本龍一・エスペラント〉

(以下、こちらから転載)

エスペラント(Esperanto)は、1985年10月5日に発表された坂本龍一の5作目のオリジナルソロアルバムである。

前衛舞踏家モリサ・フェンレイから依頼されて作られた。

タイトルはルドヴィコ・ザメンホフが考案した人工言語「エスペラント」からとられている。

「架空の民族音楽」という坂本本人のコメントを反映するアルバム全体の楽曲構成となっている。

フェアライトCMIの導入、サンプリング音源の使用など、いわゆるテクノ音楽の手法をエスニック音楽に取り入れており、ポップではない新しい音楽の構造を志向している。

作中に現れる多くの間と静かな音は、ダンサーの衣擦れや床の鳴る音を意識しているためである。

制作には著名なパーカッショニストであるYAS-KAZが参加している。

坂本は本作の出来に納得したらしく、2004年にリリースしたアルバム『キャズム』のインタビューにて「本当、大満足。『エスペラント』と同じくらい、自分にとって大事なものが出来たという感じがしています。」と述べている。

1986年に発売された映像作品「ADELIE PENGUINS」には本作の音楽が使われている。

(転載ここまで)

このように「坂本龍一」はこのアルバムのことを「エスペラントと同じぐらい自分にとって大事なもの」と語っています。

つまり、彼がそれだけ「エスペラント」を大事にしているという証拠です。

彼は「満州国」の最後の皇帝をテーマにした映画「ラスト・エンペラー」の主題曲をつくり、かつ彼自身もイルミナティの重鎮であることは前にもお話した通りです。(詳しくは以下のリンクをご覧ください。)

RAPT×読者対談〈第89弾〉ニューエイジと満州と大本教と蝦夷共和国。背後にいるのは同じ一族。

このように、どこからどう見ても、「満州国」や「蝦夷共和国」に関わるイルミナティの連中が、「エスペラント」を使って意思疎通しあっていることは間違いありません。

ということで、最後に「エスペラント」を作ったユダヤ人「ザメンホフ」について、ざっと簡単に補足しておきます。

「ザメンホフ」は一男二女をもうけていて、そのうちの二女は「バハイ教徒として布教活動をする傍らエスペラントの翻訳活動を行った」とウィキペディアに書かれてあります。

ルドヴィコ・ザメンホフ – Wikipedia

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〈ルドヴィコ・ザメンホフ〉

彼の娘もユダヤ人のはずなのに、「ユダヤ教徒」ではなく「ハバイ教徒」になってしまったというわけです。

では、「バハイ教」とはどんな宗教なのか。

やはりこれも「世界の宗教を一つにした宗教」なのだそうです。

(以下、こちらから転載)

バハーイー教(バハーイーきょう)は、19世紀半ばにイランでバハーウッラーが創始した一神教である。

バハーウッラー自身の家系、また、その神学の聖約もアブラハムへ遡るところからバハーイー教は基本的にはアブラハムの宗教の系列に含まれるものだが、モーセ、イエス、ムハンマドらに足して、アブラハムの宗教に含まれていないゾロアスター、釈迦などの世界の全ての大宗教の創始者も神の啓示者であり、バハーイー教の創始者バハーウッラーはそれらの最も新しい時代に生まれたひとりであるとされる。

この他宗教を排除しない寛容な思想の影響もあり、相手を改宗させる目的での布教活動は禁止されている。

(転載ここまで)

しかも、この「ハバイ教」も「世界統一」を目指し、「国際補助語」つまり「エスペラント」を推進しているようです。

(以下、こちらから転載)

人類の平和と統一を究極の目標とし、真理の自己探求、男女平等、一夫一婦制、科学と宗教との調和、偏見の除去、教育の普及、国際補助語の採用、極端な貧富の差の排除、各国政府と法律の尊重(暴力革命の否定)、アルコールや麻薬の禁止などの教義、戒律を持つ。

発祥地のイランや中東にとどまらない世界的な普遍宗教としての性格を有する。

(転載ここまで)

ですから、「ハバイ教」の信者たちもいずれ「八ヶ岳」にやってきて、「ビル・ゲイツの別荘」と称する地下施設で悪魔崇拝を行うことになるかも知れません。

ちなみに、「バハイ教」のシンボルマークは以下のような「九芒星」です。

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〈バハイ教のシンボルマーク「九芒星」〉

これは「大本教」のロゴマークにもやや似ています。

「大本教」のロゴマークも、1つの円の周りを「9つの円」が取り囲んでいるからです。

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そして、ある意味、これは「九曜」という家紋とそっくりです。(「九曜」の場合は、周囲を取り囲む円が「8つ」しかありませんが。)

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〈九曜〉

「九曜」のことをウィキペディアでは以下のように説明しています。

九曜 – Wikipedia

(以下、こちらから転載)

九曜(くよう)とは、インド天文学やインド占星術が扱う9つの天体とそれらを神格化した神である。

中国へは『宿曜経』などにより漢訳された。

サンスクリットではナヴァグラハ (नवग्रह, navagraha) で、「9つの惑星」という意味である(実際は惑星以外も含む)。

部分的に訳して9グラハとも言う。

繁栄や収穫、健康に大きな影響を与えるとされた。東アジアでは宿曜道や陰陽道などの星による占いで使う。

九曜のうち七曜は実在する天体で、残りの2つも古代インドでは実在すると考えられた天体である。

同じ陰陽道の九星は名前は似ているが実在に拠らない抽象概念で、大きく異なる。

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■インド神話

これらの多くがインド神話に登場する。

スーリヤ、ソーマ、ブリハスパティは『リグ・ヴェーダ』をはじめ多くの聖典にみられる。

またブダはイダー(イダが呪いで女性化した人物、イラ、イラーとも)との間に、ウルヴァシーとの恋愛物語で知られるプルーラヴァスをもうけた。

■ラーフとケートゥ

月の交点(黄道と白道の交点)のうち昇交点がラーフ、降交点がケートゥである。

シャニ、ラーフ、ケートゥは凶兆の星とされ、南インドの寺院ではよく祀られた。

月の交点は、日食と月食の食に深く関係する。そのため神話化されインド神話のバラモン教の聖典「ヴェーダ」では、乳海攪拌の時不老不死の霊薬であるアムリタを盗み飲んだがスーリヤ(太陽神)とチャンドラ(月神)の告げ口でヴィシュヌのチャクラムで首を切られたアスラであった。

アムリタを飲んだ首が不死のラーフ、胴体がケートゥという星となった。

ラーフは太陽と月を飲み込むが胴体がないのですぐに太陽と月は現れてしまい、これが日食・月食になる。

ラーフ(羅睺)は転じて「障害をなすもの」の意味で、ラーフラ(Rāhula)(羅睺羅、らごら)として釈迦が息子に名づけたといわれる。

■日本への影響
 
土曜(聖観音)、水曜(弥勒)、木曜(薬師)、火曜(虚空蔵)、金曜(阿弥陀)、月曜(勢至)、日曜(千手観音)、計都(釈迦)、羅睺(不動明王)の9つの星を「九曜曼荼羅」として信仰した。平安時代には交通安全に霊験があるとして車文に多く使用された。
 
羅睺星は平安時代の神仏習合の際、日食を引き起こしたスサノオと結び付けられ災いを引き起こす天体と考えられた。
 
また、羅睺星を祭り上げる場合は黄幡神として道祖神のように奉られる。
 
ちなみに土曜から日曜は「七曜」(北斗七星)といい、また土曜から金曜の5星より五行説が表れたとされる。
 
(転載ここまで)
 
要するに、太陽と月とその他、主要な星々すべてを神とするのが「九曜」のマークであり、「九曜」にはこの世のほとんど全ての悪魔教を拝んでいます、という意味が込められているわけでしょう。
 
ということは、「バハイ教」の「九芒星」もこれと同じく、「我々はこの世の全ての悪魔を拝んでいますよ」ということを表しているのではないでしょうか。
 
つまり「バハイ教」が「一神教」である、というのは大嘘だということです。
 
結局のところ、その本質は「八百万の神」を信じる「神道」と全く同じなのです。
 
だからこそ彼ら悪魔崇拝者たちは、当の「神道」の発祥地である日本に、世界の宗教を統一した宗教の施設を作り、そこに世界中の要人たちを招いて、悪魔崇拝を行おうと企んでいるわけでしょう。
 
我々としては、そんな彼らの計画がことごとく挫折することを心から祈るばかりです。

いかがでしたでしょうか。

この世界の人々が、悪魔の洗脳から脱出してクリアな世界を見渡せますように。

そして、一人でも多くの人が救われますように。

新約聖書

ヨハネの黙示録

新しいエルサレム 22ー1〜5

天使はまた、

神と小羊の玉座から流れ出て、

水晶のように輝く命の水の川をわたしに見せた。

川は、

都の大通りの中央を流れ、

その両岸には命の木があって、

年に十二回実を結び、

毎月実を実らせる。

そして、

その木の葉は諸国の民の病を治す。

もはや、

呪われるものは何一つない。

神と小羊の玉座が都にあって、

神の僕たちは神を礼拝し、

御顔を仰ぎ見る。

彼らの額には、

神の名が記されている。

もはや、

夜はなく、

ともし火の光も太陽の光も要らない。

神である主が僕たちを照らし、

彼らは世々限りなく統治するからである。

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